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スレッドNo.104

芒枯れ少しまじれる芦も枯れ 爽波

投稿日: 2月25日(水)11時46分25秒

東京駅八重洲口前に大きなブックセンターがあり、入って右下が俳句・短歌・詩のコーナーになっている。横浜そごうの有隣堂と並んで俳句関連では充実しているほうだと思う。持っている「現代俳句全集」中の爽波自選四百句以外に、もう少し読んでおきたいと隅から隅まで探したが、爽波の句集は一冊もなかった。紀伊国屋WEBを検索したら一冊1万5千円の爽波全集全三巻と廉価版は花神コレクション一冊のみなので、これが置いてなければ、アンソロジーに組み入れられているものを拾い集めるしかない。とはいえ、アンソロジーも平井照敏『現代の俳句』、高橋睦郎『百人一句』、大岡 信『百人百句』、俳句研究編『現代俳句の世界』には爽波は取り上げられていない。川名大『現代俳句』と『現代俳句全集』第四巻のみである。きっこさんが言っていた爽波の評価が低いというのはこういう現実を言うのか。あとは古本屋であさりちゃんするしかない。死人よりも生きている新人を喜ぶほうだから、目くじらを立てるほどではない。今回も自選四百句のみからの感賞となる。
爽波の自選は、『鋪道の花』十四年間の営為からはたった三十句である。最初のページに十句がある。ここ一ヶ月毎日通勤の途上で見ている。わたくしの読書は 風景を見るのと似ている。ただ見る。気に入ると繰り返し読む。そうするとあるとき向こうから語りかけてくるものがある。ああ、そういう意味だったのかと合点がいくことが何十年かぶりに来るときがよくある。子どもの頃百人一首を意味もわからず覚えて長じて自然と意味がわかることに似ている。無理にわかろうとすることはない。何度も何度も読んでいるうちに、ふと得心が行く、それしかわたくしの場合、読むことにおいて自分の言葉が相手に出会う道は無い。

  芒枯れ少しまじれる芦も枯れ
  鋪道濡れ散りし柳の乾きをり
  滝見えて滝見る人も見えてきし
  大滝に至り著きけり紅葉狩

きっこさんは、わたくしに色々教えてくれた。季はひとつ、動詞はひとつ、切れはひとつ云々。北鎌倉の車窓の風景をぼんやりと見、省線にごとんごとん揺られながら、ふと、ここに揚げた爽波の若書きの句はことごとく俳句のルールを逸脱しているように見えると気づいた。途端、なぜ爽波が俳壇で敬遠されるのか、それにも関わらずなぜ爽波の句はいつまでも新しいのかがわかったように思えた。爽波の句には「ゆらぎ」があるのだ。動くということではない。陽炎のような揺曳が爽波の句にはあるのだ。
俳句は散文ではない。限られた十七文字という音数律・音韻律をもつ言語表現が、いまという、自分が拠って立つ時代を受け止め、表現への意志を持つ時、いまの時代を生きる俳句とは何なのだろう。芭蕉は月日は百代の過客と李白に借りて光陰の速さを嘆じたが、その時代よりも光速な高度情報化社会における新しい句の響きに触れたい。爽波は、自分は写生の徒であって花鳥諷詠の徒ではないと述べている。デビューした時から揚句のような句を詠んでいるとしたら、爽波はかなり新しい俳句とは何かを天性として体得していたのではないか。多作多捨以前の若書きを見れば、切れのポリリズム(多律動。細分化)、動詞や季語の輻輳、 景の心象化(有心)という、時代のスピードに合わせた表現の技法が顕著だからだ。
盆踊りを踊っている連中の中に4ビートや8ビートの若い連中がまざるどころではない、ビートでももう遅いというパルスのリズムで踊るダンサーが現れたようなもので、古い一穴主義の俳壇やせいぜい8ビートまでの前衛集団には受け入れられなかったのではないか。日記や家計簿代わりにのらくら俳句や漫然俳句を漫然と詠んで、その当然の結果として漫然とした句しかでけへんわしらのリズムはいまだ盆踊り以前じゃのお。猫踊りか。

  芒枯れ少しまじれる芦も枯れ

数日後に学徒出陣を控え今生の別れと覚悟した句会で虚子に初めて声を掛けられた句である。芒と芦の季ぶくれ、枯れ・まじれる・枯れという動詞たちの輻輳、 枯れ/芦も/枯れ/という切れの細分化。句全体が季語/動詞/切れのポリリズムに揺れる。その揺曳はかすかだが、スピードを句に刻印する。読んでいると句がななめにゆらぎゆく。

  鋪道濡れ散りし柳の乾きをり

濡れ・散り・乾くという動詞の輻輳、濡れ/柳の/乾き/をりの折りたたむような多律動。

  滝見えて滝見る人も見えてきし

滝滝、見えて・見る・見えてというリピートとポリリズム。これなどは句が滝に向って動くような揺らぎが見えるだろう。

  大滝に至り著きけり紅葉狩

大滝と紅葉狩の大季ぶくれの荒業に、至り・著きという畳み掛けるような上五と座五を強引に出会わせる切れの細分化。

新しいものを詠むから新しい句が生れるわけではない。新しいリズムで詠むから句は新しい調べをもたらすのだ。

編集・削除(編集済: 2022年10月26日 13:56)

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