今月のテーマ【2025年10月】

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【問題の整理をしてみましょう】
自己満足といわれない保健劇とは、どういうものでしょうか。
周囲からの評価が高いのであれば、活動の質自体は間違いなく高かったのでしょう。では何が足りなかったのかというと、それは 保健劇をしている保健委員会の児童自身がやりがいと達成感を感じられていたかという点だと思います。つまり、「外から見た成果」と「児童の内面の充実感」にギャップがあったということになります。このギャップを埋めることが、これから取り組むべき課題ではないでしょうか。
【考えるポイント】
① 養護教諭が児童と健康課題を共有できていたか
児童が「言われたことをやらされている」という受け身な状況になっていませんでしたか。養護教諭が把握している学校の健康課題を児童と共有することで、保健劇に対するモチベーションが上がり、委員会活動の本来の目的である「児童が自治的に活動すること」につながります。
② 児童の負担は適切だったか
児童はそれぞれの学年・学級で授業や行事等に応じて様々な活動を行っています。委員会活動は、あくまでも特別活動の中の一つです。「昼休みがなくなる」などの状況は他の活動とのバランスが悪くなっていなかったでしょうか。
【改善策】
① まずは児童との対話の場を設ける。
保健委員会の児童と率直に話ある時間を持ちましょう。「昼休みがなくなる」「セリフを覚えるのが大変」という声を受け止め「どうしたら楽しく取り組めるか」を一緒に考える姿勢が大切です。
② 活動の選択肢を増やすことを検討する。
保健劇が唯一の活動形態になっていないでしょうか。児童の特性や状況に応じて、複数の選択肢を用意することも一案です。5分程度の短い寸劇、動画制作、紙芝居などを組み合わせたり、年度によって変えたりすることで児童の負担を減らしながら、目的を達成できるかもしれません。
③ 「やらされ感」から「やりたい感」へ転換する仕組み
活動のプロセスに児童の意思決定を組み込みましょう。
例えば
・台本を児童と一緒に作る(完成品を渡すのではなく、ストーリーやセリフを考える段階から参加してもらう)
・健康課題の選定から児童を巻き込む(「今、学校で一番問題だと思うことは何?」と問いかけてみる。
・練習スケジュールを児童自身が決める。(「この日までにここまで仕上げるにはいつから始める?」)
・年度末に保健委員会児童から活動の評価をしてもらう(反省と次年度への提案を出してもらう)
このような取り組みにより児童は「自分たちの活動」として主体的に取り組めるようになるでしょう。
【学校組織全体との連携も忘れずに】
委員会活動は学校経営全体の中に位置付けられるものです。養護教諭が1人で抱え込まず以下の点を確認しましょう。
・学年団との相談:行事や学習の繁忙期と重ならないよう活動時期や内容を調整する。
・職員会議での共有:保健委員会の目的と活動内容を全職員で共有し、理解と協力を得る。
他の児童や保護者・職員からどんなに評価を得られたとしても、労力対成果を考えたときに、児童の負担が大きすぎるようであれば、活動の見直しが必要です。これは学校経営の観点からも当然のことです。
【保健劇を続けるか、形式を変えるか】
改めて考えてみると保健劇は手段であって目的ではありません。
本来の目的は「児童の健康意識を高める」「児童が主体的に活動する力を育てる」ことのはずです。この目的を達成するために、保健劇が最適な方法なのか、他の方法もあるのではないか、と柔軟に考えてみることも大切です。
【もし保健劇を続けるのであれば】
あなた自身の保健室経営の方針として、「保健劇を中心とした委員会活動を通して保健目標の達成を目指す」という明確な考えがあるのであれば、それを学校全体で理解してもらう努力をしましょう。
ただしその場合は、
・児童の負担を減らす工夫を具体的に示す。
・児童の主体性を引き出す仕組みを作る。
・「大変な面もあるけれど、学校にとって今必要なことなのだ」と職員と児童に根気よく説明する
こうした取り組みを重ねることで、職員の理解が得られ、児童にとってもやりがいがあるものとなり、今後の良い経験になるでしょう。
【もし形式を変えるのであれば】
それも勇気ある決断です。6年間続けてきたものを変えることには抵抗があるかもしれません。でも、児童の声に耳を傾け、より良い方法を模索することこそが、プロフェッショナルとしての姿勢ではないでしょうか。
「今までのやり方」にこだわるのではなく、「何のためにやるのか」という本質に立ち返って判断しましょう。
「満足していたのは私だけだったのか」という問いに苦しんでいるあなたの真摯な姿勢に、私たちは深く共感します。完璧な教育活動など存在しません。大切なのは、気づいたときに軌道修正できる柔軟性と、常に児童の声に耳を傾ける謙虚さだと思います。
保健劇を改善するにしても、新しい形式に挑戦するにしても、児童と一緒に考え、共に作り上げようとするあなたの姿勢こそが、最も価値ある教育になるはずです。
まず言えるのは、劇の出来栄えはその他の児童や参観の保護者・教員からお褒めの言葉を頂いているとのこと。素晴らしいことだと思います。決して自己満足などではありません。毎年恒例になっている保健劇の指導を熱心に行い、効果をあげているあなたは素晴らしい養護教諭だと思います。
児童が、練習が大変だから保健委員会には入りたくないというのであれば、入って保健劇を頑張りたいという児童を募ればいいことです。児童数が少なく、それも難しいというなら、保健委員会活動の一環としてではなく、学校行事とか保健指導の時間を使うなどし、特別に児童の出演者を募集するというのもいいかもしれません。いずれにせよ、児童が演じる保健劇は一般教員が指導するのとは一味違う効果が期待できると思います。頑張ってください。
成果としてまとめあげることは本当に大変なことと思います。
先生の熱い思いや一体感は素晴らしいところですが、
子どもが先生と同じ方向を向いていない場合は、取組がもったいないなと感じます。
きっと先生もお辛い気持ちかと思います。
おそらく劇は、大切なメッセージを伝えるための【手段】だと思います。
劇を行うことが目的になってしまうと、せっかくのメッセージ性も薄れる気がします。
もし【手段】が適切ではないのであれば、他の【手段】に変更することも時には必要ではないでしょうか。
子どもたちに目的意識を持たせたり、子どもたちが考えて主体的に進めていく児童保健委員会でありたいと常々考えています。
私は楽しさと大変さは同居するものだと思っているので、バランスが大事だと思います。実際に、希望者がゼロで、入る人がいないというのであれば、運営方法を考えなければいけないと思いますが、希望者もいるのであれば、希望者は、保健委員会の活動を理解して入ってくるので、大変だけどやりがいがある、楽しい委員会としてやっていけるのではないでしょうか。ただおもしろおかしく楽しいだけであれば、教育現場としての魅力はないと思います。
