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スレッドNo.101

trésor 3

「普段はまとめてることが多いんですか?」

ヘアメイク担当の女性が、鏡越しに尋ねた。

「そうですね。おろしてることはほとんど…」

女性に視線を返した遊は、着ているドレスに相応しいエレガントなメイクが施されている。
彼女は自身の『作品』の出来栄えに満足気な笑顔を向けた。

「え〜。もったいない。こんなに綺麗な髪なのに。」

ストレスを全く与えない手が、慣れた仕草でゆるやかな巻き髪を作っていく。

「こんなにドレスアップすること、ないですから…。」

(胸元がスカスカする…。)

露出された肩から胸元ぎりぎりまでを
幸い今は、ヘアメイク用のタオルやケープが覆ってくれているが
この後の事を思うと、なんとも言えない気持ちになった。

デビュー曲『 trésor』。

今日はミュージックビデオの撮影日だ。

レコーディングを無事に終えて、この撮影を乗り切ればいよいよ再デビューとなるのだが。

「大谷龍さん。」

女性が口にした名前にピクリと肩が反応する。

「あ、すみません。動いて。」
「いーえ。でも緊張しますよね、デビューのお仕事であの大スターと絡むんですもの。」

アイロンで火傷してませんよね?と掛けられた声に返す笑顔がひきつる。

「さ、完成です。お疲れ様でした。」

鏡に映る秀麗な姿は
その魅力には不似合いな、ひどく心もとない表情を浮かべていた。


****************************************** 


クラシカルな彫刻があしらわれた小箱。

この中に、彼女の宝物が入っているのだろう。

撮影は順調に進んだ。

残るサビパートは、遊がこの小箱を胸に抱いて歌う。

正確には、スタジオに流れる実際のレコーディング曲に合わせて口を動かすリップシンクで良いのだが
口を開くとどうしてもメロディを伝えたくなる。

(彼女の大切なもの…)

この曲をカバーすると決めた頃
浮かぶイメージは、母親のそれが多くを占めていた。
けれども今では、まるで違う歌として感じられる。

(大切な。)

閉じた瞳に映るのは
インペリアルホールの前で、涙を拭ってくれた優しい手。
彼の部屋で知った龍の意外な素顔。
寄り添った肩の温もり。

(龍…。)

あの夜。
キスして欲しい、と願ってしまった。

これまで、一人で想ってきた気持ちだけが強かったのに
龍も同じだと知って、その鼓動を知って
もっと近くに行きたいと思った。

だけど、意識すればするほど
その距離はもどかしく二人の間を隔てる。
想い合う男女が
こんなにも不器用に、ささやかに、幸せな時間を重ねて行くなんて知らなかった。

(あんたが好きだよ。前よりも、ずっと。)

いつの間にか、本域で歌っていた。

「はい、オッケーです。頂きました!」

その声を合図に曲が途切れる。

そして現実に引き戻されて初めて
想い描いた本人が、スタジオの隅に立っていることに気が付いた。


「では、サビパートのパターン2撮影に入ります。」

アンティークな家具に囲まれたセットの中央には
レッドベルベットのカウチソファーが置かれている。

「ここからは、大谷龍さんが入られます。」

歓迎するスタッフ達の声や拍手に、軽く会釈を返し龍が歩いてくる。

黒いシャツを素肌に纏い、胸元を大きく開けたそのスタイルは
ともすれば、安っぽいホストに見えがちなのだが
そんなことを微塵も感じさせないのは、本人の着こなしと
衣装そのものの質が格段に良いことを物語っている。

「よろしく。『火野さん』。」
「…よろしく、お願いします。」

カウチソファーの前で、向かい合った龍が自信に満ちた笑みを見せた。
憎たらしいぐらい絵になる立ち姿に、
自身の闘争心を奮い立たせながら思う。

(今日は、仕事の顔だ。)

『hino』という名でデビューを決めた遊が
trésor のサビコーラスに龍が参加したと知ったのは、レコーディングを終えてからだった。

「では、大谷さん。ソファーの中央に深く腰掛けて下さい。
足は開き気味で…そうそう、いい感じです。」


コーラスを担当しているのが龍だということも
『hino』という芸名の由来も、一切公表の予定はない。
表向きは。
だが、きっと暴かれる。
そして、騒がれ注目されるのだろう。

(ホント、矢崎のおっさんが考えそうなことだ。)

「ヒノさんは、大谷さんの足の間に浅く腰掛けて。
少し斜めに、そうです。右肩を大谷さんの胸に預ける感じです。」

遊の露出した肩が、同じく素肌の龍の胸に触れドキリとする。
だが、龍は全く動じない。

「先に撮影したサビパートの映像と、クロスフェードで差し込んでいく予定なので、ヒノさんの色んな表情の画が欲しいです。
大谷さんは顔バレしない範囲の画角にしますんで、後ろからどんどん話題を振っちゃて下さい。」

スタジオには、 trésorの曲が再び流れ始めた。

物理的な距離が接近したので
小声で会話する分には、二人の言葉は互いにしか届かない。

「もっと寄り掛かれよ。ソファーから落ちちまうぞ。」
「大丈夫だよ…。」

(こないだは、肩が触れただけでぎこちなかったくせに。)

自分一人動揺しているのが
悔しいような、情けないような気分に、
なかなか柔らかい表情を作れない。

「おい。」
「な、なに。」
「ヘアメイクの女性がいただろう。」
「…?…うん。」
「あれ、桂木の嫁さん。」
「!?」

「あー、ヒノさん。表情が、曲のイメージからちょっとズレてます。」

「すみません…!」

肩越しに、龍の胸が小刻みに震えているのが伝わる。笑っているのだ。

「なんで今そんなこと言うのさ。」
「や、ほぐれるかなと。」
「……。」
「本当は、育児が落ち着くまで休業中なんだけどな。」
「そうなの?」
「だから、今頃桂木が家でおむつ替えしてるぜ。」
「えっと…」
「笑うなよ。」
「いや……俊に悪いことしたのかな…?」
「構わないさ。普段から子供の寝顔以外見られないって嘆いてたくらいだ。」
「でも、なんでわざわざ。」
「今回は矢崎さんが特別にお願いしたんだと。」
「もしかして事情を知ってるの?」
「それはない。」
「じゃあ、腕を買われてるんだ?」
「そりゃそうだろ。だって…」

龍の左手が、ドレスを纏った細い腰をぐっと抱き寄せる。
間を置いて、ボリュームを抑えた低い声が耳元に降ってきた。

「めちゃくちゃ綺麗じゃん。」
「……!」


「ヒノさん、今の表情いい感じです!」


龍の表情は読めない。
今の言動が、撮影を盛り上げる為なのか
あるいは本心なのか。
いずれにせよ、遊はわかりやすく反応してしまった。

「あと、追加でワンアクション下さい。」

(なんか、龍にいいように誘導されてる気がする。)

「愛情表現だと伝わる感じのをお願いします。」


(悔しい。見てろよ。)


意趣返しに、龍の鎖骨を食むように口付けた。
艶めいたルージュで肌を包み
龍にしかわからない繊細なタッチで、捉えたラインを舌でなぞる。
予想外の行動に、腰を抱く龍の手が少しだけ強張るのを感じる。
だが、それは一瞬で
その手は、腰よりも更に下へ滑り降り
然り気無くかつセクシャルな動きで遊を抱き直した。

龍を見上げる瞳が
意図せず、切なく潤んだものになったところでカットの声が掛かる。

「大オッケーです。バッチリ頂きました!」

興奮気味のスタッフの声。
お疲れ様でした、と方々で労いの声が飛び交い、スタジオが活気に溢れた。

「仕事じゃなかったら」

立ち上がった背後で龍が呟く。

「ヤバかった。」

振り返ると、龍が自身の鎖骨をそっと撫でて軽く苦笑いした。
遊の顔に朱がさす頃には、
もう『大谷龍』に戻っていたけれども。

「こっちこそ、だよ。」
「そりゃ…」

言い掛けたところで
二人のもとへ駆け寄るスタッフに気付いた龍は、ごく自然なトーンで次の台詞を続けた。

「楽しみだな。」
「…負けないから。」

仕事上の宣戦布告と思われるように
遊も、精一杯勝ち気な笑みで応えた。
ただ本当は、身体中が心臓になったようにドキドキしていて
恥ずかしさで叫び出したいのを堪えていたが。


かろうじて取り繕えているのは
きっと龍も同じだろうと思ったからだった。


END

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ぺこさん
うきゃぁ〜♪このミュージックビデオ、見たいんですけどーっ(≧∇≦)
遊ちんの再デビューへの道のりと二人の距離がジワジワと近寄って行くのを見られて(読めて)幸せ〜

デビューはきっと成功で(^-^)...でも火野鷹子のカバーで「hino」というシンガー。間違いなく暴かれて、色々と騒がれるんでしょうね。
矢崎のおっさん、ホント相変わらず(笑)

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万里さま
またもや書き逃げすみません(^o^;)
「公私混同する二人」妄想が止まらず
暴走気味の私に寛大なレスを
ありがとうございます!
自分で書いておきながらアレですけど
本当、矢崎のおっさん たいがいですよねw

エレガントな遊ちんに
セクシーフォーマルな龍…
ああ、見てみたい(*´ω`*)

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ぺこさん 素敵です〜♡
ゴージャスなミュージックビデオを見たような満足感で幸せです*^^*(妄想脳フル稼働で脳内映像化)

俊の奥様はメイクさんだったんですね!もしかしたら年上とかw

ギリギリのプラトニックなおあずけ感がたまらなくツボです♪

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ぺこさん ぺこさん ありがとう ありがとうございます‼
皆さまこんばんは♪
すっかり出遅れてしまったたまおですが このじわじわと少しずつ寄り添う大人の2人が 2話まとめて 一気読みできて キャー‼幸せ過ぎます(*^^*)
万里さん こりすさん同様 わたしもミュージックビデオが見たいです…そして コミックス8巻にして発行しましょう‼
ってことで 連載よろしくお願いしますm(__)m

私の年齢が今の半分くらいだった頃(笑)
このタイトルと同じ香水のコマーシャルが
よく雑誌に掲載されていました。
銀幕スターの二世女優がイメージキャラクターで
写真の色合いが
まさにジャストにコミックスのカラーと同じでした。
香水も甘く温かく重厚な感じで 妄想部員としては
ぺこさんのお話の5年後の二人にぴったりと思ってます。
続き…楽しみにお待ちしてます(*^^*)

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こりすさん
脳内映像化ありがとうございます!
俊の奥様、具体的な描写が何もないままで
アレなんですが…きっと…
腕よしタレントさんのフォローにも優れた
出来る女なんだろう→傷心の俊は、そんな
彼女の港のような大きさに包まれたのね、
と勝手に思っています(笑)

たまおさん
こんばんはー!
え?!そんな香水があったのですか??
それはまさにピッタリなイメージですね♪
『宝物』というワードが先行し、
翻訳アプリで変換してタイトルにした私は、
最近やっと日本語発音で『トレゾア』だと
知ったレベルでして(^o^;)…勉強になります!

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第3話があったなんて迂闊…っ すっかり出遅れました^^;

私もこのミュージックビデオ見たい〜!
いっそ、香水のCMとタイアップしてテレビで流しましょう。(笑)
あのCMの美女は誰だ!?って一気に注目浴びること間違いなし。
でもってホストな龍wが画面からはギリ見えない、でもネットで検証されて身バレして大騒ぎになるんだわ、きっと。

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シャナさん
香水のCM とタイアップ!
たまおさんから香水イメージを
お聞きしたばかりだし、めっ…ちゃくちゃ
妄想が広がるネタですね(じゅるる)!!
ホストな龍(笑)は、顔が映ってないのに
「あの胸筋は…!」とかってファンバレ
するんでしょうね(*^^*)むふ

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