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スレッドNo.116

Lovers2(trésor番外編)




『悔しかったな。』

受話器の向こうで
遊が微笑んだのがわかる。
ちっとも悔しそうじゃないその声を
もっと聴いていたいと龍は思った。

『格好良かった。胸が震えて、切なくて  泣きたいような気持ちが溢れてきたよ。 …ちょうど、今みたいに。』

「あの曲は……」

会えない距離を埋めるように
本音を伝えようとした。
けれども、龍は結局
その先を言うことが出来なかった。



*****************************************


矢崎は、神妙な面持ちで一枚のファックス送信用紙を龍に手渡した。

『火野鷹子さんは
 同じ歌手として、とても大きな存在で
 尊敬しています。』

遊の直筆と思われる文面は、そう始まっていた。文字を、慎重に目で追う。

『ただ。
 彼女には彼女のtrésorがあったのだと
 思います。そして、私にも
 私のtrésorがあることを
 今後も歌を通して伝えて行けたらと、  そう思っています。  hino 』

「……。」
「明日の朝イチでマスコミ各社に届くよ  う手配している。」

送信表紙と共に、用紙を書類ファイルにしまいながら、矢崎は軽く息を吐いた。

「予測していたことだが、こういう方向に 拗れるとはな。」
「CMの契約は? 」
「代理店の話によれば、スポンサーサイド は今のところ問題なさそうだ。」
「火野はどうしてる?」
「外出を控えるように言って自宅待機中  だ。いまマスコミに捕まるとやっかいだ からな。」
「自宅は大丈夫なのか。」
「今のところは…。おい、龍。頼むから
 今は遊と接触はしないでくれよ。」

騒ぎが更に悪い方へと大きくなることを懸念したのだろう。矢崎の表情は、真剣だ。

「…そこまで馬鹿じゃねぇよ。」

言い捨てるように、龍は部屋を後にした。


(参ったな。これじゃ逆効果だ。)


独り思案して大きく息を吸い込んだとき
背後から声が掛かった。


「龍、少し話せるか?」

セントラルレコードの廊下を
足早に歩いて来た桂木俊は、トーンを落として言葉を続ける。

「遊の件の詳細が知りたい。」

俊の小脇には、いくつかのスポーツ新聞や雑誌類が抱えられていた。

「…入れよ。」

自室に促したのは
俊の表情から心配の度合いが見てとれたのと、trésorのミュージックビデオに関しては、この男に借りがあったからだ。

「報道記事、読んだよ。何でこんなこと  に…」
「きっかけは、フルフェスだ。」
「フルフェス…だって、あれは大成功   だったんだろう?」
「ああ。」

FLUIDITY主催の音楽フェスにて
遊は、その存在を不動のものにした。

「だったらどうして…?」

注目の新人歌手が、初めて公の場に姿を
見せたのだ。観客の視線は、最初こそは
好奇一色だった。しかし、遊とFLUIDITYの息の合ったセッションは彼女たちの心を瞬く間に奪い、気が付けばステージ上だけでなく会場も一体となって大いなる盛り上がりを見せた。

「もしかして、trésorでのあんたとの共演 が関係してるのか?」
「いや。それが直接の原因だとは俺は思わ ない。」

龍は、きっぱりと否定する。 
 
確かに、trésorのミュージックビデオ出演
そしてコーラス担当の件は
大谷龍の一部ファンの間で
『あれは、龍なのではないか』との声が既にあがっていたし、最近では妙な尾鰭まで付いた噂に発展していたが。

「あいつの力は、俺の存在に左右される  ほどちっぽけじゃねぇよ。」

実際フルフェスでの反響は懸念されたが
遊がその実力を遺憾無く発揮し喝采を浴びた後に、渦中の龍が登場した際は
会場の反応は、むしろ好意的だった。

勿論、方々でどよめきが起こり
『やっぱり!!』といった
絶叫もあがりはしたが、 歌が始まると
叫んでいた女の子達でさえも、遊が創り出すtrésorの世界に惹き込まれ
二人が紡ぐサビのメロディに聴き入り
高揚し、やがて大熱狂となった。

「まあ、座れよ。」

促されソファーに腰を降ろした俊は
手にしていた雑誌や新聞をドサリとテーブルに置いた。
複数の見出しが目に飛び込む。

『hino私生児 母親は火野鷹子!? 』
『七光りでランキングトップか?』
『母を踏み台?裏切りのカバー曲』  

引きの強い、というよりも
悪意を感じる見出しの数々。
マスコミ各社がこぞって遊の記事を取り上げていた。

「簡単に言うと、フルフェスで予想以上の 人気を集めたのが今回の引き金だ。」

向かいに座って、要点を簡潔に述べた。

「どういうことだ…?」
「興味が集中し過ぎたんだよ。」

俊が眉根を寄せるのに
抑揚のない声で説明を加える。

「メディアに露出がない火野の事を
 より多く知りたいファンの欲求と、
 売れる記事を書きたいマスコミの野心  が合致したのさ。」

でも、と
俊が責めるようにこちらを見据えた。

「矢崎さんは織り込み済みだったんだろう ?なんでマスコミを上手く誘導出来なか ったんだよ。」

対する龍の口調は、いたって事務的だ。

「こちらの根回し不足だな。それと、
 悪い方へと情報操作した外部の輩がいる ことは否めない。」

競合他社のな、と言外に含みを持たせる。

「なんで、そんなに落ち着いていられるん だ。」

俊の声に
苛立ちが混ざるのは無理もない。
無意識ではあったが
龍がそう仕向けているのだから。

「取り乱した所で、事態は好転しないだろ う?」

その冷めた物言いに
バン、とテーブルを叩く音が部屋に響く。
やや間を置いて、
憤りを納めるように息を吐いて
俊は立ち上がった。 

「その調子で、冷静なフォローをお願いし たいもんだね。」

皮肉たっぷりの捨て台詞だったが
全ては遊への心配が起因しているのだと
思うと腹は立たなかった。

(結局、人の本質ってやつは
 簡単には変わらないもんだな。)

俊が出ていく後ろ姿を眺めながら
漠然と考えていた。

(あいつが火野の心配をするのも。
 矢崎さんのツメが甘いのも。
     そして、俺が……。)

龍の口角が、自嘲気味に歪む。

『甘ちゃんなんだよ、お前は。』

かつて、言われたことを思い出す。

遊に、甘えるなと叱咤して
今回のデビューを決意させた。
それなのに、彼女のことを守れなかった。

(俺は、何も変わっちゃいない。)

「全く、嫌になる。」

独りごちて
デスクの受話器に手を伸ばした。

声が聞きたいと思った。
情けない話だが
遊の声を聞くことで、安心したかった。
しかし、
呼び出しのコールは10回以上続く。
コールごとに不安な澱がまたひとつ、
体の奥底へたまっていく気分だった。

『……もしもし。』

ようやく、探るような声と繋がる。
そのたった一言で
人知れず龍は安堵を覚えた。
 
「火野か?」
『龍…?』
「今、大丈夫か。」 
『うん。こっちはヘーキだけど…』
「そうか。……悪かった、な。」

電話越しにクスッと笑う声がした。

『なんで龍が謝るんだよ。』
「俺の責任でもある。」

窮地の筈なのに 
遊は、とても呑気な口調で言った。

『矢崎のおっさんの無茶には慣れてるよ。 昔からどれだけ付き合わされたと
 思ってるのさ。』
「記事は、読んだのか。」 
『テレビでやってるのを観たよ。
 それより、大変だったんだからね?』

何かを思い出したように、遊の声が
語気の強いものに変わる。
受話器を握る手に力が入った。
だが、
彼女の不満は意外な所にあったらしい。

『ファックス。漢字は苦手なのにさ。
 もう、何枚書き直したことか。』
「…。」
『龍、聞いてる?』
「ああ。そりゃ…悪かった。」 

拍子抜けした龍が、呆気に取られつつ
とりあえず謝罪すると、声は更に興奮を
増したようだ。

『悪いと思ってないだろ。本当に大変   だったんだから!』
「だから、悪かったって。つか、もっと  大変なことはあるだろ…」

ピントがずれた抗議に
思わず龍が突っ込みを入れると
不思議そうな声が返ってきた。

『なにが?』
「何がって、お前。」
『関係ないよ。マスコミがどう書こう   が、私は私だから。』
「……。」

アッサリと返す潔さに唖然とする。
そうだ。
彼女は、こういう人間だ。
いつも真っ直ぐで、芯が強い。 
昔から。

『負けないよ、こんなことぐらいで。』
「……はっ。」

呆れたように龍は笑った。

(本当に、人の本質は変わらない。)

「…だな。らしいよ。」
『あんたとの差が開いちゃうのは、
 ちょっと悔しいけどね。』

ほとぼりが冷めるまで
動きの取れない遊に反して
龍には、レコーディングが控えていた。

「よく言うぜ。フルフェスで全部持って  いきやがった癖に。」

ようやく龍は、軽口を叩いた。

『出番が終わってから、袖で聴いてたよ。 龍の新曲。』

まだフルフェスの会場でしか披露されていないそれは、観客の心を魅了するに止まらずCD発売の問い合わせが殺到している。

『悔しかったな。』

あの日。
歌う目の端で、遊が袖に佇んでいること
を本当は知っていた。

『格好良かった。胸が震えて、切なくて  泣きたいような気持ちが溢れてきたよ。 …ちょうど、今みたいに。』

きっと、これから当分の間
二人が会うことは叶わないだろう。

電話越しに言葉を交わして
心を通わせるだけの日々が
どれだけ続くのかは分からないが
きっとその度に、
彼女の言う「今みたい」な気持ちが
互いの胸に訪れるのだ。

「あの曲は……」
『うん。』

お前を想って作った、なんて台詞は
いくら電話でも言えそうになかった。

「来週からレコーディングだ。」
『うん。…頑張ってね。』 

負けたくないと言いながら
贈ってくれるエールに宿る温もり。
それは鼓膜を通して、心の深い場所に
じわりと広がっていく。

「火野。」
『ん?』


龍は、観念したように全身の力を抜くと
繕うことのない胸の内を声に乗せた。


「好きだ。」


電話の向こうで、
小さく息を飲む気配がした。
そして、長い沈黙。


『今、なんて?』
「二度も言うかよ。」
『…けち。』

とても不満そうには聞こえない
幸せに満ちた呟き。

「ばーか。」

ぶっきらぼうに返す心のなかで
龍は初めて、これが電話であることを
誰にともなく感謝していた。



 

END

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ぺこさん♪

ぺこさーんっ!!

連載ありがとうございます〜〜(*^m^*)
「会えない時間が〜愛育てるのさ〜」って歌がありましたが、恋愛始まったばかりの二人には試練ですね。
まぁこの二人には障害、試練が似合うから...(笑)←そんな二人を見るのも好きなドSな私...

HP、只今制作中です!この「trésor」シリーズもUPするべくページを作ってます♪

あ、ところでこの「trésor」の遊ちん、髪の毛の長さってどのくらいのイメージですか?

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万里さま

きゃー!!ホムペのご準備進行中なんですね( 〃▽〃)
そしてtrésorのページもだなんて
有り難き幸せでございますっ♪
遊ちんは、肩にはついてるけどあまり長過ぎず
二の腕の上部くらい?の髪のイメージでーす(*^^*)

妄想垂れ流しに没頭してスマホから投稿したら
タブレットで見直した際に、謎の空白や改行が
ある妙な文体になってしまいお恥ずかしい( ;∀;)

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ぺこさん
続きが…続きが、待ち遠し過ぎます( *´艸`)
坂巻のおっさんの嫌がらせはソルジャーボーイ本編の必須アイテムでしたから(笑)
逆境の中、気持ちはどんどん近づくのに、なかなか会えない二人…シビレます(私もかなりS入ってます^^;)

万里さん
もうすぐ万里さんの素敵なイラストにまた出会えると思うと嬉しいです!
楽しみにしてます♡

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こりすさん

坂巻社長、ブレないですよね〜(((^_^;)
そして
こりすさんのコメント「万里さんの素敵なイラスト」で
もしかして!遊ちんの髪の長さを聞いて下さったのって!
今回の妄想遊ちんが、イラストで見られるって事!?!
と、勝手に期待して一人テンションあがりまくりの
私なのでした(о´∀`о)

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万里さん 皆さま こんばんは(^-^)

ぺこさん♪
連載ありがとう ありがとう ありがとうございます‼
キャー(*≧∀≦*)龍が告白してるぅぅぅ〜
なんか 本誌に連鎖中だったドキドキ感を思い出します‼
続き 楽しみに待たせていただきますね〜はぅぅぅ

万里さん♪
私も 「会えない時間が〜愛そだてるのさ〜」
の曲を思い出しました(笑)
そして HP準備中という嬉しいお知らせありがとうございます‼
これでもうすぐ万里さんの素敵イラストに出会えますね〜
以前の作品はすべてプリントしましたので ぺこさんの
trésorをよんだ後 以前トップにあった黒シャツのはだけた龍を
取り出してはニマニマしておりますが 早くHPでみれるのを楽しみにしてます‼

こりすさん♪
坂巻のおっさんの嫌がらせ…のコメントの一文の
素晴らしい表現力に同感です‼さすが妄想部員‼
もう坂巻のおっさんが裏から手を回したんではないかというような
障害…そして近づいていく二人の気持ちにキュンキュンしてます。



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たまおさん

すごい!以前のイラストをプリントなさっているとは
流石でございます(о´∀`о)
私も早く万里さまのイラストでニマニマしたいです!

今回は「告白する龍」が書きたくての妄想でしたが
そういえば遊ちんは、難しい漢字は読めなかったよな…
などと思い出して楽しかったです(笑)

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番外編が出ている!?しかも2話!!
うわぁぁぁっすっかり出遅れすみませんっ。←スライディング土下座
ぺこ先生(すでに売れっ子作家扱いw)ありがとうございます。

先輩歌手である龍に対して敬語を使うソトヅラ遊ちんが新鮮です。
ちゅーで自制がきかなくなりそうな龍の葛藤が美味しい。

「そりゃあ、疑惑は出るよね〜」と思いつつ、
あまりにも悪意ある記事に裏操作している影を感じずにはいられません。
そうです、こりすさん、
>悪い方へと情報操作した外部の輩がいる
>競合他社
これは私も「坂巻かっ!!」と膝を打ったところでした。笑

そして万里さん、HP再開&新イラスト、
ドキドキしながらお待ちしております(≧▽≦)

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シャナさん

うぎゃ。先生だなんて止めて下さいまし
(スライディング土下座返し)!!
作家ではなく、妄 想 家 で す (ドヤァ)
それは、こちらにいらっしゃる皆様そうですよね(*^^*)

ちなみに。そろそろ、私の妄想のなかで
二人が、掲示板ではお見せ出来ない関係性に発展
しそうな予感がしておりますW

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