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スレッドNo.397

chocolat doux et amer



「明後日、バレンタインやけん。」

帰り際の玄関先で、ちょっと早いけど、と
希代美が差し出したのは、黄色いフラワーデザインが
施された、正方形の小さなキャラメル箱だった。

「そういや、そうだっけな。」

「少し甘いけど、苦味もあるブラウニーにしといたよ。
ジャックダニエルだっけ?お兄ちゃんがたまに飲むやつ。」

「…あー。まあ、うん。」


つい1週間前、無茶苦茶な飲み方で空にした酒のボトルに
確かそんな名前のラベルがついていたような気がした。


「そーゆーのにも合うと思うよ。あ、保存は常温でも
4〜5日は大丈夫だからね。じゃ、またね。」

「おう、サンキューな。」

「遊さんによろしく。お休みが全然ないみたいだから、
体に気をつけてって言っといてねー。」



笑顔で帰って行く妹に、少しばかりの申し訳なさを覚える。
訪問日が昨日ならば、火野さんは久々のオフで在宅してると
事前に分かっていたのに、敢えて教えなかったのは俺だ。

希代美が火鷹遊の熱烈ファンで、今も本人を慕っていると
知ったのはつい先程だが、バレたら、多分恨まれるだろう。


「………。」


リビングに戻りながら貰ったばかりの小箱を開けた。

ミニサイズにカットされたブラウニーが、ひとつひとつ、
ワックスペーパーとマスキングテープでラッピングされ
箱の中を、カラフルに、行儀よく彩っている。
取り出したひとつを剥いてひょいと口に放り込んだら
サクッとした食感の後にしっとりとした濃厚さ、そして
ほんの少しの苦味と、ほどよい甘さが口腔に広がっていく。


「今年は、この一個だけかもな。」


ひょっとしたら同居人が気を遣ってくれるかもだが、
火野さんは今週、かなりハードなスケジュールに
なりそうだと言っていたから、帰宅出来るかすら怪しい。


「昨日のオフで、疲れが取れてりゃいいけど。」


彼女が、インペリアルホールの前で出会った女性だと知り
思わず抱き締めたのがちょうど1週間前。

温もりを、腕がまだ覚えている。

翌日、変わらない様子で接してくれた火野さんに
心の中で感謝しつつも、俺は滑稽な程ぎくしゃくしてしまい
無理矢理関係を迫ろうとした蛮行さえ謝りそびれたままだ。


そして昨日は、そんなこんなでどうにか普通に話せるように
なってきた矢先に迎えた休日だった。
つまり俺は、彼女と過ごす初めての休日に動揺しながらも
妹に邪魔されたくない程度には、楽しみにしていた。


実際。その時間は、価値のあるものとなった。



『火野さん、NYではどんな勉強してたの?』

『…………観る?』 



俺の質問に、彼女は一枚のDVDを観せてくれた。
誰かが個人撮影したものなのか、
映像の状態はあまり良いものではなかったけれども、
次々と披露されるその内容の素晴らしさに、目を見張った。


『これ、オープンマイクか?』

『そう。ここのオーナーがね、
モータウン・サウンドで有名な、熱い店なんだ。
タイミングが合えば、アドバイスくれたりもしてさ。』


歌う人もいれば、楽器を演奏する人、ラップする人様々の
オープンマイクは、誰でもパフォーマンスが可能なイベント
だと認識してたが、とてもリハーサルなしでやっているとは
思えないぐらいハイレベルなステージに驚かされる。

やがて、火野さんが現れた。

ロールアップしたデニムに白いシャツを身に付けた彼女は、
まだミディアムショートくらいの髪の長さだった。



『これがNYに戻って1年目。たまたまオーナーが居たから
何か言って貰えるかもって、緊張したのを覚えてる。』

『…まだ、火鷹遊っぽい歌い方してるな。』

『キミの歌には色気がないって、アドバイスされたよ。』


そう笑う火野さんの、美しい弧を描く口元に見惚れる。


『ハーレムの教会で歌わせて貰ったり、
バンドのボーカルオーディションに合格してハイスキルな
メンバーの中で鍛えられたことも勿論役に立ってるけど…
ここでのオープンマイクが、実は一番印象に残ってる。』

『色気がないなんて、抽象的なアドバイスが?』

『言われたんだ。惚れた男を想像してごらんって。その彼が
女の自分を熱くじっと見詰める視線を感じながら歌ったら、
そんな負けん気だけの歌にはならないだろうって。』


だから…、と言い掛けて。

火野さんは曖昧に微笑んだあと、黙り込んだ。


『…………。』


「女になりかけの火鷹遊」は、熱唱を終えて
緊張から解放された晴れ晴れしい顔で拍手を受けている。


─── 俺だったらいいのに。


カーペットに直接座って、横並びでテレビを観ていた
二人の指先が、身動ぎしたことでふっと軽く触れた。

気付いたけど、わざと触れたままにしていた。

火野さんも、そのまま動かなかった。

もどかしくも、嬉しい、ほんの少しの密着。


映像では、黒人男性のパフォーマンスが始まっていた。
パワフルな声量と歯切れ良い弾んだビートが耳に心地好い。


"今こんなに綺麗なのは、そのアドバイスのお陰なんだな"


『……ハウス・バンドの演奏力も高いな。』

『そうだね。普段は、有名アーティストの
バックを務めてる凄腕ミュージシャンばっかりだよ。』


" あんたの想い描いた男が、俺ならいいのに "


『…この歌、サビにくるまで原曲がわからなかった。』

『うん、アレンジが本当面白くて。全部アドリブなんだ。』


" 今の俺は、あんたにどう映ってる……? "


『…そりゃ、すげぇな。』


伝えられない言葉を持て余す。

流れ聴こえる歌に身を委ねる振りをして、指先の、
僅か1�p四方の触れ合いへ心を注ぎ、温もりに浸った。








"  龍へ  よかったら、食べて下さい。
希代美ちゃんと一緒に作ったから、同じ味でごめん。" 




火野さんのメモがテーブルに置かれていたのは、
そのオフから3日後の朝だった。
昨夜、深夜に帰宅したらしい彼女は、今朝も早かったのか
俺が目覚めた時にはもう出掛けた後だった。


「そうか、今日、」


呟き掛けて、疑問符が浮かぶ。

メモの横には一昨日妹がくれたものと同じサイズの小箱。
柄違いらしく、青紫とピンクのリンドウの花が描かれた
その箱を開けてみると、中はやっぱりブラウニーだった。


「一緒に作った……?」


そう言えば、オフの日。
火野さんは買い物に行く、と、2時間程家を空けた。
本当に食料品等を買い込んで帰宅したから
気にしてなかったけど、
希代美と会ったのだとしたら、その時だ。

でも。


『遊さんがオフなら、昨日3人で会えたじゃなかね。』


なんて文句は、翌日、希代美の口から語られなかった。
それどころか、" 休みが全然ないみたいだ "と、
火野さんの体を心配していたくらいだ。

恐らく希代美は、
オフがあったことを火野さんから知らされていない。


つまり。


彼女も、妹に内緒であの休日を俺と過ごした。


「……………。」


理由を考えようとしたけど。

それは、ただの願望になりそうで。



「……いただくよ、火野さん。」



箱の中のブラウニーを、ひとつ摘まんで取り出した。

ワックスペーパーの包み方も、
マスキングテープの貼り方も、
かなりダイナミックで、これをラッピングした人間が
あまり器用ではないだろうことを物語っている。

けれども。

先日よりも丁寧にその包みを剥き、パクっと口にする。



「──── 同じ 、なのかな。」



口の中に広がる味は、
妹がくれたものより、甘さも、苦さも、深い気がして。




「わかんねぇ…。」




少しだけ、胸が苦しくなった。
















chocolat doux et amer 【noise 中編より】
(ショコラ・ドゥ・エタメール)〜甘く苦いチョコレート〜

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フライング気味にバレンタインエピソードを
貼り逃げさせて頂きましたm(__)m
暴行未遂→バレンタイン→ごわごわのパスタ料理という
流れなので、あんまり甘〜い感じになりませんでしたが…。
ちなみに、遊ちんが贈ったブラウニーの箱にデザインされた
リンドウの花言葉は『貴方の悲しみに寄り添う』です。
皆様、良いバレンタインデーをお過ごし下さいませヽ(*´▽)ノ♪

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ぺこさん♪
わぁーい!happy Valentine♪
ありがとうございますうぅ〜

甘くて、そして苦い(そしてやっぱり切ない二人の)バレンタインエピをありがとうございます。
私、今回の「noise」を読んで、イメージアルバムの中の歌詞がぐるぐるしております。

〜想い出よりも昔に二人もどって 友達じゃない愛し方…

この歌詞のようになってしまっている二人がこの先どうなるのか気になりますー(>ω<)

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ぺこさん、おまけのバレンタイン、ありがとうございます♪

遊ちんの精一杯のラッピング(チョット見は雑だとしてもw)、
微笑ましいわ〜(*^o^*)


> 思わず抱き締めたのがちょうど1週間前。
> 温もりを、腕がまだ覚えている。

何があったの、ナニがあったの〜!?
早く後編を読みたい(≧▽≦)

私のバレンタインデーは
今さら義理チョコも本命チョコも友チョコもなく、
自分チョコを美味しくいただきます。(* ̄∇ ̄*)エヘヘ
あ、ランチ会があるわー。女ばっかだけどw

皆様はラブラブバレンタインでしょうか?( ̄m ̄* )ムフフ

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万里さま♪
tresorにちなんで、フランス語タイトルのバレンタインエピでした!

>想い出よりも昔に二人もどって 友達じゃない愛し方…

わぁ〜っ、Secilさんの『I AM A GIRL』ですね(///∇///)

ゆーうきがーほしいー あーなたーがずぅとーさーがしー
つーづけたあーいーはー めのまーえーのー
ほほーえーむーわたしーですー

もうもう脳内再生余裕です!そんな二人の行く末は、
また3月ごろに是非お世話にならせて下さいませ〜m(__)m

シャナさん♪
自分チョコ良いですね!私は今回の貼り逃げ妄想のお陰で
ブラウニー作った気分&ラッピングした気分だけ味わいましたw

>何があったの、ナニがあったの〜!?

あ、わかりにくかったですね。すみません(汗)時系列に書くと…


2月5日:龍呑んだくれて遊ちんを襲いかける→和解?して抱き締める

※2月11日:オープンマイクの映像観賞しながら二人で休日を過ごす
※2月12日:希代美がブラウニーを持って龍に会いに来る
※2月14日:メモと一緒に遊ちんからのブラウニーが置いてある

2月28日:龍、初めて遊ちんに夕飯作るがパスタごわっごわ
3月1日:リベンジでもう一度パスタ料理を作る龍。膝枕イベント

…となりまして。全て中編のなかでの出来事です。
2月5日が中編の冒頭。3月1日が中編のラスト。
※印部分が今回の貼り逃げ妄想パートでございまーすf(^^;

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ぺこさん♡
ビター&スイートなバレンタインありがとうございます!
NYでの遊ちんの様子がちょっと知れて嬉しかったです。
そして、
> " 俺ならいいのに "
って、いつもの自信はどこへやら、な純情少年龍が可愛すぎ(≧▽≦)
『もーアンタしかいないでしょうが!』と突っ込みたくなりました(*^^*)
遊ちんに膝枕を所望した時も、実はすっごいドキドキしてたに違いないと思うと、胸キュン度倍増です♡

本当に『I AM A GIRL』の歌詞にピッタリ!!
涙を堪えて頑張る遊ちんのためにもオトナ龍に早く戻ってきて欲しいけど、少年龍もとっても愛おしい…
遊ちんもそんな気持ちなのかなって、またちょっと切なくなりました( *´艸`)
3月…待ち遠しいです(≧◇≦)

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ぺこさん♪
バレンタイン妄想 ありがとうありがとうございます‼
なんか自信のない龍の葛藤が伝わってきてキュンキュンしてしまいました〜


こりすさん同じく
【俺だったらいいのに】
って アナタですから‼
でも火野さんにだんだん惹かれていく過程が堪らない〜(*≧∀≦*)

そして皆さまが感じているように 切ないところが
ホントに I AM A GIRL の歌詞にぴったり!!

続き 楽しみに待ってます(*^^*)

こりすさん♪

あの red rose の続きが読めるのですね〜(#^.^#)
ありがとうございます‼
ラブラブっぷり期待してます☆

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こりすさん♪
>NYでの遊ちんの様子がちょっと知れて嬉しかったです。
わーい(*´∇`*)こんな機会でもないと書けないな、
と思ったので私も書けて嬉しかったのです、がっ。
オープンマイクネタは既にたまおさんが書かれていたので
何だか申し訳ない気持ちですf(^^;
ただ、その活動記録をだしに、触れた指先の感触にドキドキしてる
青春?みたいなのが個人的には萌え!というか(笑)
なので、この1週間前は、インペリアルホール前で出会った女性で
あると知り思わず抱き締めたけど、すぐ「あ、ごめん…っ。」とか
身を離して「う、うん。」とかなって勿論まだ一線は越えてません。

たまおさん♪
まずは、オープンマイクネタかぶり大変失礼致しましたm(__)m
>火野さんにだんだん惹かれていく過程が堪らない〜(*≧∀≦*)
ありがとうございます〜。中編本編では、遊ちん視点だったので、
イマイチ龍の心の動きがわからんなぁっと思っていたところの
バレンタインエピ飛ばし発覚(笑)でしたもので、龍の気持ちの推移?
的なものが書けて良かったです!
色々すっきりしたので、ほぼ出来上がっている後編の手直し作業に
入りたいと思います。ソルジャーボーイのイメージアルバム聴きながら(笑)

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