MENU
44,134

スレッドNo.100

老子でジャーナル

老子第19章
 聖を絶(た)ち智を棄(す)つれば、民の利は百倍す。仁を絶ち義を棄つれば、民は孝慈に復す。巧を絶ち利を棄つれば、盗賊有ることなし。この三者、もって文足らずと為(な)す。故(ゆえ)に属(つ)ぐ所あらしめん。素(そ)を見(あらわ)し樸(ぼく)を抱(いだ)き、私(わたくし)を少なくして欲を寡(すくな)くす、と。

 (為政者が)聖者のさかしらを無用としてそれを棄ててしまえば、人々の利益は百倍にもなるだろう。仁義の道徳を無用としてそれを棄ててしまえば、人々は本来の孝慈(真心)に立ち返るだろう。功利のからくりを無用としてそれを棄ててしまえば、世の中に盗賊など居なくなるだろう。この三つの文章では無為がまだ主体的に語られていなくて、説明が不十分だと考える。だから、次の言葉にこれをつなげよう。生まれ持った心を素直に表して切り出したばかりの丸太のような純朴さを内に秘めよ、利己心を少なくして欲望を少なくせよ、と。

※浩→全体の趣旨は第三章と大同小異です。第三章はこうでした。
 賢(けん)を尚(たっと)ばざれば、民をして争わざらしむ。得難(えがた)きの貨を貴(たっと)ばざれば、民をして盗(とう)をなさざらしむ。欲(ほっ)する可(ところ)を見(しめ)さざれば、民の心をして乱(みだ)れざらしむ。ここをもって聖人の治は、その心を虚(むな)しくし、その腹を実(み)たし、その志を弱くし、その骨を強くす。常に民をして無知無欲ならしめ、夫(か)の知者をして敢(あ)えてなさざらしむ。無為をなせば、則(すなわ)ち治(おさ)まらざる無し。
野田先生は、日本アドラー心理学会横浜総会(1993年)の基調講演「心理学における土着思想と反土着思想」の中で、次のように老子の思想(道教として)を批判されました。
 虚無の道を極めて静寂の境地に入ると、この世に起こるさまざまのことは、結局は窮極の実在である道(タオ)の現れであるとわかる。事物は変動するが、その元に根本がある。その根本に帰ることを「静寂」と言い、静寂に帰ることを「天命に復帰する」と言う。
 聖人の教えなど捨てれば、民の利益は百倍になる。道徳など捨てれば、民は親を敬い子を慈しむ。名誉欲や物欲を捨てれば、盗賊はいなくなるであろう。学問を捨てれば憂いはなくなる。礼儀を習ってハイと答えるのも、礼儀知らずでオーと答えるのも、どれだけの違いがあるというのか。人は敬うべき人を自然に敬うものだし、礼儀を学んでも嘘つきになるばかりだ。
 ここでも根源的な力(道=タオ)がある。人間が意識的な努力を放棄したときにタオの力が働き始めるという、2つのポイントが満たされている。日本では仏教が入って来て、一時(それは)批判的思想だった。それに対する文化の側からの応答として神道が出てくる。歴史的に仏教のほうが早い。神道の思想が文化として言語化されるのはずいぶん遅れます。
 道教に関しても、孔子の儒教が批判的思想の役割を果たした時代がある。これも今は果たしていない。それに対する文化の側からの応答として老子が出てくると考えることができます。
 いつも土着思想は、外来の文化であっても、内側から起こってきたものであっても、それまでの思想を全面的に批判する思想への反動として、文化の側から出てくる。こういう思想は、いかにも美しく聞こえますが危険です。
 私はこの講演を聞くまでは、老子の逆説的な人生観で個人的には救われた体験があって、荘子とともに愛好していました。老荘思想はアドラー心理学と相容れないことを知ってショックを受けました。そのため長らく封印していましたが、最近になって心理学では理論の折衷・借用はできなくても、技法はお互い貸し借りできることを知って、特に『老子』の後篇の処世の智恵に関しては実生活で有益なため、解禁することにしました。アドラー心理学のカウンセリングやセラピーでもパラドクシカルな技法が愛用されますから、そのヒントにもなります。日本でも、例えば「負けるが勝ち」とか「急がば回れ」とかいう逆説的な教訓がたくさんあります。
 聖人の教え、道徳、名誉欲や物欲、学問を捨てれば……という前提が、必ずしも民の利益は百倍に、民は親を敬い子を慈しむ、盗賊はいなくなる、憂いはなくなって、敬うべき人を自然に敬うようになるかどうかは保障できないでしょう。礼儀を学んでも嘘つきになるとばかりは言えないでしょう。形ばかりの「虚礼」を言っているのでしょう。老子のこの主張は、アナーキズムのようです。アナーキズムはそもそも人は皆善人であることが前提になっているそうです。世の中には実際、悪い人がいますから、老子の説くような世の中は実現しにくいと思います。そこは「程度の問題」で、こうなると、やはり儒家やアリストテレスの「中庸」の出番ではないかと思います。

引用して返信編集・削除(未編集)

このスレッドに返信

このスレッドへの返信は締め切られています。

ロケットBBS

Page Top