大森浩のカウンセリングケース:高1男子の母親カウンセリング(2)
□3回目 10月15日 母親のみ
(S)
毎晩夕食の支度を手伝ってくれる。献立も様々に工夫してくれるし、電子レンジも私は温めるのにしか使っていなかったが、息子は説明書を見てはいろいろの機能を駆使する。男の子が台所にいるなんて許せなかったが、最近は助かっている。この頃は、よく話し合えるようになった。父親が商売をしているので、手伝ってはどうかと勧めてみた。何とも答えなかった。
学校から休学の手続きをするよう勧められた。内緒でしたくないので、息子に「どうしようか?」と尋ねた。「それなら休学にしておいて」はっきりたのんできた。「あんた、やめるんじゃなかったん」と言うと、「いや、わからん」と。
大検用の予備校へ説明を聞きに出かけたが、途中で目まいがしたといって結局帰ってきた。相変わらず、昼頃まで寝ている。テレビを見て笑ったりしている。以前は部屋の隅へ引っ込んでいたのに。先日、何か月ぶりかに友だちの家へ遊びに行った。ご機嫌で帰ってきた。 休学届けに、カウンセラーの意見書を添えなければいけないそうで、それを作ってほしい。
(O)
かなり表情が明るくなった。態度に余裕がある。息子の様子を楽しそうに語れる。
(A)
まだ不満を残しながらも、息子のありのままを受け入れ始めている。「父親の商売を手伝うかと勧めた」と言ったのはとても良いことだと思う。勇気づけの仕方をティーチインするチャンスだと思う。大検は、あるいは乗り気でないのかもしれない。もしかすると、来年1年下のクラスへ入ってやり直すかもしれない。このことを言うと、3月生まれだから、1年早すぎたのかもしれないと。脈ありの様子。
“勇気づけと勇気くじき”(『アドラー心理学トーキングセミナー2』)の一覧表をコピーして、プレゼントした。
(P)
子どもが自分で決められるのを援助できる親になってもらう。
(SVC)
経過報告書にカウンセリング目標がはっきり出た。これで定型にぴったりはまった。(Kさん)
□4回目 11月1日
予約がかち合ったので、初回の来談者を優先させてもらった。10分だけ経過を聞いて、次週来てもらうことにした。
(S)
とても良くなっている。朝早く起きて退屈な様子ですが、夕食の支度はきちんとやってくれている。塾の案内が頻繁に来るのを怒っていた。土曜日にスーパーへ買物に行くというので連れて行ったが、高校生の下校と重なって、自分の学校の生徒が見えたら急に「苦しくなった。もういい。」と言ってすぐ帰った。
(O)
ますます明るくなっている。このごろ、息子が7時には起きるので「1日が長いなー」と皮肉を言ったと、やや嬉しそうに照れて語った。
□ファイナルレポート
11月8日
(S)
朝はどんどん早く起きるようになった。1日が退屈だろうなと思う。雑誌「高1コース」を私に買いに行かせては読んでいる。自分で買いに行けばいいのにと思う。
<息子さんのために役に立つことがあって、良かったですね。>
テレビを見て大声で笑っている。こんな状態なら、学校へ行けるのではないか。
<部屋の隅に引っ込んでいるのとどっちがいいですか?>
それは今のほうがいいですが……。ほかの普通科へは転校できないでしょうか?
<1年から受け直せばできるでしょう。学年途中の転校は普通、一家転住の場合だけみたいです。>
息子が学校へ行かなくなって以来、家を空けられなかったが、先週2泊3日の旅行へ行ってもいいと言ってくれたので行った。留守中、夕食を作って父親に食べさせたそうです。娘ならこれでいいのに、どうも男の子がこれではねえ……。
<そうでしょうか?>
今心配なのは、運動もしないで家に篭もっていたら、鬱病やノイローゼになりはしないかということです。几帳面なタイプの子がなりやすいと、本に書いてあった。うちの子が当てはまるような気がする。
<そうして心配していると、本当になるという話もありますよ。>
そうですか。だいぶ楽になってきましたから、しばらく何とか、自分でやっていけそうです。
(O)
不安を訴える割には、顔色は良く表情も明るい。
(A)
少し子どもの状態が良くなると、1日も早く外へ出したいし、料理好きの男の子をまだ本心から好きになれないらしい。買物については、言葉できちんと頼んでいるからとりあえずは引き受けていればいいと思う。今はまだ、頼み方の注文をつける時期ではなかろう。息子のために何かしたい親なので、買物の使いでも役に立っていることに気づいてほしい。学校や将来の進路については、まだ相談に乗れる段階ではなさそう。鬱病やノイローゼへの不安がなければ、当面穏やかにやっていけそうだとのこと。
休学手続き以後、関係が好転しているのは、親が現状のままの息子を受け入れ始めたからではないか。
鬱病やノイローゼについて、少し説明する。親が追い詰めなければ、病気にならないのではないかと。病気になって、親に期待を捨ててもらいたいほどでもない。
自分でやっていけそうだとい言うので、ここらで「凍結」してみることにした。
(SVC)
1)買物や料理が、子どもの自主決定に役立つことを言ってあげるとよい。(Wさん)
2)終結が少し早い。凍結にしても早い。母親が躁鬱気質の「ドライバー」だとこういう終わり方をする。このあと、10分ずつでも経過報告をしてもらうほうがよい。今後、親子関係がどれだけ良くなっているか、少しは疑ってもよい。(野田先生)
3)日常会話の具体的な様子をもう少し聞いて、親子コミュニケーションの改善を確認してから終結へ持っていくとよい。全体としては良い流れです。(Kさん)
4)鬱病や登校拒否のために、母親にできなくなったことは何か?治ったら何をしたいか?「特殊診断質問」をして、母親にライフスタイルをつかんでもらうと、母親がもっと楽になるのではないか。(Nさん)
5)休学届けに添える「意見書」の書き方のコツ
受け取る人を勇気づけするなら、わかりやすく書く。
勇気くじきするなら、難しく精神医学用語や心理学用語を駆使して絶対理解できない内容にするとよい。これ以上登校を強制すると発病の恐れがあると書く。(野田先生)
3、考察と謝辞
このケースもまた、父親の影がうすく、母親が支配的という、平均的な日本の家庭です。もちろん、それを子どもの不登校の原因であるとは考えません。アドレリアンは原因探しをしませんから。母親の様子から、たぶんこの親子の関係は、注目関心の段階から権力闘争の段階を行ったり来たりしているものと思われます。母親の要求の1つである、「外向的な男らしい子であれ」に反発して、家事料理などを好むので、実際母親に、「この子が女の子であったらよかったのに」と思わせるなど、期待をはずしています。そうなると、母親がその線で、期待をさらに強要すると、次の段階である復讐期に入る危険もありますが、さいわいまだその時期には至っていないようです。
したがって、子どもに料理を手伝ってもらうなど、家事への協力を通して、子どもの価値を再発見していくにつれて、関係が改善され、最初、部屋の隅に閉じこもっていたのが、次第に部屋の中央へ出てきて、親子の対話はもちろん、積極的に夕食の支度などもするようになり、明るさと自信を取り戻していったようです。
しかしながら、凍結を決めた最終回においてさえ、一面で子どもとの関係改善を喜びながら、他面まださまざまな期待を子どもにかぶせている状況があり、なるほど、野田先生のコメントのように、終結が早すぎたと思います。カウンセリングは、いつまでもクライエントに寄り添うのではなく、クライエントの「自助を援助する」という原理に、少し教条的にこだわりすぎていたかもしれません。実際、最終回でいつくかの不安材料を出しているのは、もうしばらくカウンセリングを必要としていることの現れであったかもしれません。自分でできそうだというクライエントの言にそのまま従って、凍結したのは、やはり、根強く残っていたロジャース派カウンセリングのなごりかもしれなくて、とても消極的でした。「ま、そうおっしゃらずに、あと2~3回ほど、様子を聞かせていただけませんか?」と、延長に持ち込むべきでした。『スマイル』のような親教育セミナーへの参加予定が立たない場合は特に、しばらく仕上がりを確認する必要があると思います。
さらに、初回にIPが来ていたにもかかわらず、それきり逃がしてしまったことはとても残念です。いきなり35歳のイメージを求めていますが、それきり次の回から来なくなりました。提案を急がず、もっとIPとのラポールづくりに努め、カウンセラーは親の味方ではなく、IPの味方であることをはっきり打ち出しておけばよかったです。せっかく、面接開始早々に「私立の特別コースのほうがよかった」と、今の学校の代替案らしきものを示唆しているのだから、親教育とは別路線で、直接本人を援助していけたのではないかと悔やまれます。予備校の大検コースに行ってもなお不安だと訴えていましたが、筆者は、この「不安」でIPが母親を操作しようとしていることを読み落としていたと思います。未熟でした。
しかしながら、このカウンセリング中に1回、凍結後に1回、休学届に添える意見書を書きましたが、その書き方を野田先生から丁寧いに教えていただけたし、アドラーギルドの事例検討会では、いつもよりずっとたくさんの方々から、毎回ご親切なコメントをいただけたことで、とても勇気づけられました。ここにあらためて感謝申しあげます。
---参考文献---
・野田俊作監修(1986)、実践カウンセリング、ヒューマンギルド出版部
・野田俊作(1993)、続アドラー心理学トーキングセミナー 勇気づけの家族コミュニケーション(アニマ2001)
・野田俊作監修(1986)、SMILE 愛と勇気づけの親子関係セミナー、ヒューマンギルド出版部
完