MENU
45,584

スレッドNo.297

論語でジャーナル’24

 子曰く、禘(てい)、既に灌(かん)してより往(のち)は、吾これを観るを欲せざるなり。

 先生(孔子)がこうおっしゃった。「禘という祖霊を祀る国の大祭で、祖霊に捧げる神酒(みき)を地面に注いでからあとは、私はそれ以上の儀礼を見ようとはしなかった」。

※浩→ここはとても難解です。古注によれば、孔子が魯国の士大夫として仕えていたとき、国の大祭である「禘(てい)」が六代目の文公によって行われました。そのとき文公は、自分の父親である五代・僖公を四代の閔(びん)公よりも高い地位に立てるために、「禘」の礼法に背いて不正に、僖公の祭りの順番を閔公より前にして位牌(木主)の配置も入れ替えたのです。これを見た孔子は、古代から連綿と続く礼法を無視して、都合の良い祭祀を行なった文公に憤慨しましたが、家臣の身分としてこれを正すわけにもいかず、お神酒を注いで以降の儀式をじっと目を閉じて見ないようにしたのです。うーん、言いたいことも身分を考えて我慢したということでしょうか。聴覚と視覚について、野田先生から聞いたことがあります。「見たくもない人がいたり、物があったりする。どうしたらいいか?」という質問に、先生は「眼をつぶればいい」とおっしゃいました。続けて、「音は耳を塞いでも聞こえるが、人や物は眼を閉じれば見えない」と。納得しました。ただ、自分の責任を回避するために、「あれが、あるいはあの人が邪魔になって~ができない」と、聞こえるものや見えるものを「口実」にしていることがあります。アドラー心理学の用語で言うと、「劣等コンプレックス」です。これは本当は「できない」のではなくて「したくない」のです。こうはっきり言うと「自己責任」がしょうじますし、ときに角がたちますから、言い訳として「~のせいで」と言うのです。いわば「欺しのテクニック」ですから、アドラーは「自己欺瞞」とも「人生のウソ」とも言いました。

引用して返信編集・削除(未編集)

このスレッドに返信

このスレッドへの返信は締め切られています。

ロケットBBS

Page Top