論語でジャーナル’25
15,子曰く、孟之反(もうしはん)は伐(ほこ)らず。奔(はし)って殿(でん)たり。将(まさ)に門に入らんとして、その馬に策(むちうち)て曰う、敢えて後(おく)れたるには非(あら)ず、馬進まざるなりと。
先生がおっしゃった。「孟之反は、自分の功績を自慢をしない。軍が敗北したときに、殿(しんがり)を務めた。遅れて城門に入ろうとするときに、馬を鞭打ちながら言った。「わざとみんなのために殿(しんがり)を守って遅れたわけではない、ただ馬が前に進まなかっただけだ」と。
※浩→魯の猛勇な勇士として知られていた孟之反は、自分の手柄や功績を顕示して自慢することがまるでなかったそうです。孔子はその謙譲の徳に敬意を覚えていて、斉との戦争で一番苦しい殿(しんがり)軍を勤めた功績を讃えています。
“しんがり”というのは、戦いに敗れて撤退する軍の最後尾です。これは敵からの追撃があるので最も危険なポジションだということを、NHKの大河ドラマでも何度か見たことがあります。“秀吉もの”や“家康もの”でよく出てきます。確か、『功名が辻』で山内一豊がつとめたシーンがあったように微かに記憶しています。
私は大学ではボート部で、シェルフォアという艇の「2番」を漕いでいました。艇はもちろん後ろ向きに進みます。艇の最先端(トップ)を「バウ」と言い、その前が「2番」「3番」「整調」そして舵取り「コックス」という配置です。「整調」はクルーのリーダーで、頭の切れる冷静な人が最適で、向かい合わせのコックスと作戦を協議できる位置にいます。「3番」と「2番」はいわばエンジンで、パワーが必須です。「エンジンペア、アホでも漕げる」とひやかされたりしていましたが、機動力を支える重要なポジションです。トップの「バウ」は対抗相手の艇と小競り合いなどになって緊張すると、クルーの戦闘意欲に影響しますから、これも動揺しない、根性の座った選手が最適です。全日本選手権(1962年@戸田)で準優勝したときのメンバーがまさにそうでした。コックス=新谷勝義くん(1学年下)、整調=水野久隆さん(主将、同期生ながら年齢は4歳上)、3番=今村穣さん(同期生、滋賀県甲賀出身だったのであだ名が「ドロン」)、2番=私、バウ=三宅一雄さん(同期生ながら4歳年上)。このうち、現在は新谷くんとドロンの消息はわかりません。三宅一雄さんと水野さんは80歳ころまでマスターズに出場されました。三宅さんは惜しくもすでに他界されました。水野さんは俳優の里見浩太朗さんと同じくらいの年齢で、私は石坂浩二さんと同い年です。お二人とも大河ドラマ「べらぼう」に出演されていて大活躍です。私もまだ当分は頑張れそうです。この月曜日に血圧のお薬をもらいにかかりつけのお医者へ行きました。お薬がよく合い安定しています。血液検査の結果も先生から「100点です」と言われ、おまけに「長生きしてください」とも言われました。そんなことを言われる年になりました(笑)。