選句鑑賞
8 うつ病のうつ捨てるため山登る
「そこに山があるから」とは 「何故山に登るか」に対するある登山家の答え。作者は「鬱捨てるため」と言っているがそこまで深刻でなくとも「憂さ晴らし」でも。いずれにしても自然に接して命の洗濯をすることは現代人に必要なことだ。
29 若竹や母国知らずにパンダの子
パンダは中国との友好の証といて19722年カンカン、ランランが上野動物園へ 、我が国にパンダブームを巻き起こした。
爾来何組かのパンダが来日し子どもも生まれたが現存するのは和歌山県白浜の4頭と上野動物園の2頭のみ。ところがパンダは貸与性で
時期が来れば返還しなくてはならない。白浜のアドベンチャーワールドのパンダにつづき上野動物園の2頭も来年2月が期限。我が国からパンダが居なくなるそうだ。中国は国策としてパンダ外交を推進しており各国にパンダを貸与、貸出料は1億円を超えることもあるという。この句帰国寸前のパンダのことを詠んでいる。母国を知らないパンダの子。何とも劇的な。季語がよく効いていると思う。帰国するパンダに幸あれ!
41 薔薇園の少女も婆もプリンセス
この句中七が絶妙。薔薇園に溶け込んで入る少女と老婆、正に主役プリンセスです。婆はひょっとして作者。
51 クレマチス咲いて老舗の若女将
クレマチスは鉄線花。六弁の大花を咲かせる中国渡来のつる性の花木。八弁のをかざぐるまというとある。老舗の若女将そのものである。季語が活かされて引き締まった句になった。
56 畦道は暮らしの道よ行々子
ヨシキリの生息する環境、周りは田園地帯、通常の道路はあるのだろうが日常生活は畦道が便利。畦道は四季折々の生活の息吹に満ちているのであろう。時は初夏、季語が一句を引き締めている。
62 蚊遣火や老いを受け入れ然を生く
特選に戴いたが「然」で戸惑った。辞書に「そのまま」とあった。「そのとおり」「そうだ」とも。読み直しているうちに「蚊遣火」が動き出した。気が付いたら◎印を付けていた。
9 若葉風けふもご機嫌古農機
農家の生活の一コマ。農機具に愛情が注がれている。中七の措辞が何とも言えない。擬人法を上手く取り入れている。季語を得て一句が輝いた。
14 草引くや屈む背中に青時雨
中七が全て。この中に性別、年齢等が潜んでいる。青時雨の季語が一句を引き締めている。佳句と思う。
67 尺取りや老の脳味噌掻き回す
中七下五は思い切った表現だ。ここに至った経緯は語られていないが季語の尺取虫からいろいろ想像できる。老いの胸中は他人の忖度を許さない。尺取りに訊くしかない。
69 推敲の末は昼寝の大鼾
推敲に推敲を重ねたのだろう。大鼾からきっと満足を得られたのだろう。いい夢を見ているのかもしれない。
86 蛇口からじゃかじゃか水が立夏かな
中七がユーモアたっぷり。じゃかじゃかは擬音ともとれるが作者の心の動きだろう。季語が一句を引き締めている。
87 夏旅や卓球台は洒落た黒
昔から家族で卓球に親しんだ我が家、私にとって卓球台は特別な存在だ。黄色のピンポン玉の出現に驚いた記憶がある。卓球台も折り畳み式になり扱いやすくなった。ただ台の黒いろと外枠の白は変わらない。旅先で卓球に興じている家族。作者のこだわりはここでも卓球台、洒落た黒とは言いえて妙。言われてみると確かに、
納得。
90 緑蔭や洪鐘(おおがね)までのをとこ坂
洪鐘(おおがね)の所在は関知しないが恐らく古刹の鐘だろう。ミソは下七のをとこ坂だ。少なくとも平坦なはずがない。老境の身には試練だ。目的に向かっての挑戦が続く。緑蔭が雰囲気を和らげてくれる。なお、をとこ坂と「を」を使ったのは旧仮名遣いに徹したからか。口語、文語体交じりの句が多い中見習うべき作句姿勢。
選句作品に40が抜けていました。
40 空梅雨や己が道行く三男坊 (圓人) 2
三男坊の気楽さ、空梅雨ですか。何となくユーモラスな雰囲気がぴったりですね。最近は三男坊でなくても我が道を行く時代。
未婚の子供に悩まされている親御さんの気苦労は如何に?
★なお、9.19,67.69.86.87.90は選句候補作品でした。
訂正
29・・・19722⇒1972
貸与性⇒貸与制