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スレッドNo.6679

アイビーの俳句鑑賞 その1

アイビーの俳句鑑賞 その1

はしゃぎたきおさなをなだめ歌留多会 (ABCヒロ)
俳句の表記について考えてみたい。この俳句は座五の「歌留多会」以外、全部、平がな表記で統一されている。これは幼児が主役であることと無関係である筈がないと考える。俳句にも時と場合によって、表記を使い分ける周到さが望まれる。これについては、蛇笏の推敲が知られている。「おりとりてはらりとおもきすすきかな」この句は幼児は登場しないが、芒のしなやかさを強調するためにひらがな表記したと思われる。その意味をよく味わいたい。

年賀状添書の字を添書む (にゃんこ)
型通りの年賀状より、本音が窺える添書の方に熱心に読む。そんな心理を巧みに取り上げたのがこの句だ。実際、印刷された本文より、手書きの方の添書の方が読み応えがあって面白い。何よりも手書きのいうのが嬉しい。書いている人柄の温もりに触れるようで、懐かしさも一入だ。

これと言ふいさかいもなく初茜 (えっちゃんあら)
この作者にしては穏当な表現で、それが正月の厳かな気分にマッチしている。何事も起こらないのが最高。それに気づかされるのが正月だろう。こころ静かに越し方、行く末に思いをはせる時、平凡の有難さが身に染みる。

背広族行ったり来たりの五日かな (ラガーシャツ)
今年の仕事始めは5日というのが多かったのではないか。私にも経験があるが、仕事始めの日は仕事にならないことが多い。正月気分が抜けきらないのもそうだが、偉いさんの年頭挨拶があり、各社の年始回りを受けて、逆に取引先を年始回りをして、席を温める暇がない。世の「背広族」も大差なしであろう。事程左様に仕事始めは仕事にならない。そんな仕事始めの風景を軽妙に描写した。

風花やまず箸割るは鍋奉行 (かをり)
二句一章の俳句だが、最初「風花や」をポーンと置いて、あと徐々に本題に入る「二物衝撃」の手法を駆使した。季語と本題とが響き合えばよいが、さもないと無残に失敗するリスクがある。そこで、季語「風花や」と内容が、どう響き合っているのかが問題となるが、私自身も一票入れた。私はそう感じたが、感じない人もいるだろう。分かる人には分かる、分からない人には分からない。「二物衝撃」とは、そういうものと割り切る必要がある。

除夜の鐘飢えし日遠く米寿かな (和談)
一年が終わった。除夜の鐘を聞きながら、心静かに回顧するのは苦しかった戦中、戦後のことだろう。特に、年齢的に言っても食べ盛りの成長期と合致する世代で、寝ても覚めても食い物がチラつく強烈な思い出がある世代だ。飽食が言われる昨今の風潮からは想像もつかない。今昔の思いに耽る作者。一定の年齢以上に達した者にとって、堪らなく共感を覚える句だろう。

エアコンも主婦も忙しお正月 (ヨヨ)
なるほど、そういう見方もあったかと虚を突かれた思いだ。言われてみればその通りだ。「エアコン」と「主婦」を同列に置いたところがユニークなところ。作者は登場人物でありながら、どこか突き放した姿勢がみられる。冷静な観察者としての姿勢は大事なことだ。自分が感情移入するあまり、観察者の姿勢が疎かになになり勝ちだ。俳句実作者には貴重な資質ではないだろうか。

以下次号、不定期掲載。

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アイビーさん
拙句を鑑賞していただきありがとうございました。
年賀状も年々少なくなってきて少し寂しい気がします。添え書きの手書きの文字にほっとします。

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アイビーさん、鑑賞選句ありがとうございます。
中七以下はまあ、いかにもあるあるで、読み手に忖度、媚びた風情です。
風花という美しい季語をぶつけて、それを少しでも解消しようかと。
・風花や美しき夜に入らむとす 星野立子  のように読めればなあと。

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アイビーさん。これと言ふいさかいもなく初茜。。を鑑賞していただきありがとうございます。初茜に見とれてしまいました。

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