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スレッドNo.7415

アイビーの俳句鑑賞 その2

アイビーの俳句鑑賞 その2
 
92 やんわりと練り込む母の蓬餅(ヨヨさん)
擬態語を有効に使ったのがお手柄。具体的には上五の「やんわりと」を差す。これが、擬態語やオノマトペを使わないで俳句をつくったら、感動が伝わらず、印象もずっと平板・希薄になったような気がする。中七の「練り込む」がまた良い。ヨヨさんは、当ネット句会で初めて俳句をつくったように記憶する。この間、どこの俳句会にも所属せず、独力で研鑽を積まれた。ここへ来て「一皮むけた」ような気がする。ご努力に心から敬意を表したい。

94 裸婦像の多き公園夏来る(弥生さん)
公園などに彫刻が飾ってあるのを目にすること多い。一体二体と数えるうちに、裸婦像の彫刻が多いのに気がつく。公園の管理者はその心算じゃなくても、作者は裸婦像に夏の訪れを感じたのである。これは容易に共感を呼ぶに違いない。俳句の良し悪しは口では言い表せないものだ。いつに読み手の共感を得られるかどうかにあるのではないか。作者一人が分かっている、独りよがりではどうしようもない。

以下に私は選句数の制限で採らなかった句、筆者が気になった句について言及してみたい。
12 草野球九回裏やこひのぼり (尾花さん)
推敲の行き届いた句。というのは漢字とかなの配分である。漢字ばっかりでは堅苦しいし、と言ってかなの多い句では読む方がうんざりしてしまう。程よく、漢字とかなのバランスの取れた句が一番良いに決まっている。その点、掲句の場合は、座五を「こひのぼり」と敢えてかな書きにした工夫が見られた。

18 光琳も描かずに居れず燕子花  (ダイアナさん)
燕子花図は尾形光琳の代表的な名画で、国宝に指定されている。知立の八つ橋あたりで実際に燕子花を見て、余りの見事さに感動したのだろうか。実景を見ないことには、この句は成り立たない。その感動を伝えるのに、かの尾形光琳を引き合いに出した。中七に若干、弛みが見られたのは残念。一例として「光琳の絵心を呼ぶ燕子花」

41 聖五月もう訪うことのない街に  (無点句) 
折角、良い味を出しているのに、「聖五月」と句の内容とがチグハグになってしまったのが惜しまれる。季語の選択をもっと考えてみたい。「再びは戻らぬ街に春惜しむ」

47 鳥語降る丘に樗の花こぼる (森野さん)
樗(おうち)の花は栴檀科の高木で、毎年初夏に花が咲く。「鳥語降る」というのは「囀」との季重なりを避ける意味合いがあったのだろう。季重なりについては、私自身、あまり気にする方ではないが、「囀」は春の季語、「樗の花」は夏の季語だ。季違えの季重なりは避けた方が無難と思う。このあたり、ベテランらしく目配りは確かなものがある。

アイビーの俳句鑑賞 完

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アイビーさん、裸婦像の句の鑑賞ありがとうございます。
夏に見る裸婦像はやはり冬よりも気持ち良さそうで活き活きとして見えたので句にしてみました。

聖五月の句も私のものですが、かつて異国で過ごした初夏を思い出し、
あの街はあの時と同じ爽やかな五月を迎えたのだろうと思いをはせた句です。
独りよがりになってしまいましたね。
俳句はまず句意が伝わらなければという事をあらためて感じました。
ありがとうございます。

弥生

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 おっしゃる通りヨヨさんは全くの初心者で当句会に入られました。季語や文語体などで苦労を重ねここに来て持ち前の繊細な感受性を素直に表現する術を身に付けたようです。今回の投句はこの連休に3人の子供達が車で次々と東北や関東など遠方から家族連れで帰省、多くの孫に囲まれ嬉しい悲鳴の中での作品のようです。
今後のご指導を句会を紹介した私からもお願いいたします。

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