サイコドラマの参考書
Q361
カササギ座(サイコドラマ)に向けてお勧めの戯曲か本があれば教えてください。
A361
何でしょうね。一応、芝居の本を読んだほうがいいと言っているんですけど、古本屋へ行くと、昔の戯曲名作集が筑摩書房などから出ていて、安い。数百円くらいです。そんなのを1冊買えば、だいたい有名戯曲が載っている。お勧めは、やはり日本の作品がいいです。しかも古いのがいいです。新しいの、例えば井上ひさしなんかはお勧めしません。井上ひさしという劇作家の作品が、はたして50年後くらいに観られているかどうか疑っている。一応「古典」と呼ばれるには、50年という時間を見ないといけない。司馬遼太郎は古典にならない。あれは忘れられつつあるもの。僕らの年代ではインパクトを持って覚えていますが、今は大学生も知らない。あるときに流行作家であったことが古典になる条件にはならない。50年たってもまだ普通に読まれているもの。太宰治は古典です、完全に。菊池寛は古典じゃありません。亡くなって50年たったら古典です。なんで古典になれたかというと、どの時代にも共通する人間の心を描ききれているから。古典になれなかったのは、ある時代の人間の風潮に乗っかった人間の心しか描いていないから。「古典戯曲名作集」で50年以上前の作家、小山内薫だとか岸田国士とか載っている。そういうのを読めば、「芝居ってこういうものね」とわかります。
芝居というのは滅びつつある芸術です。合唱と戯曲(芝居)は今ほとんど忘れられつつある芸術です。合唱は「カラオケ」が滅ぼしてしまった。芝居はテレビが滅ぼしてしまった。テレビドラマや映画は、全然芝居じゃない。芝居独特の緊張感が何もない。芝居で有名な台本を映画にしてもまったくダメ。芝居特有のいろいろなもの、例えば、所作(しょさ)。目のちょっとした歩き方とか顔の角度とか動きで何もかも変わる。そういうのがテレビドラマや映画では描けない。だから、ほんとに舞台演劇でないとダメです。舞台演劇でも最近できたものは、良いのか悪いのかわかりません。評価未定です。古典的な舞台は、これは観るのが難しい。東京にでも出ればあるが、大阪でもかなり難しい。古典演劇を観ようと思ったら、年に2,3本来るかなというくらいですから。今盛んに生きている芸術でないから、台本を読むしかしょうがない。台本を読んでも、所作とかはわからない、いっぺん観たことないと。それでもないよりマシです。
私は、祖母がすごく芝居が好きだったんです。歌舞伎も好きだったんですが、一番好きだったのは「新国劇」という変なものです。島田正吾とか辰巳柳太郎とかいうおっさんが、「国定忠治」なんかやる。小学生くらいで観ました。新国劇は良い芝居でした。台本はほとんどヤクザの話なんですけど、所作がすごく良かったし、あそこは殺陣(たて)が良かった。斬り合いね、チャンバラ。今テレビの時代劇でチャンバラなんかできたのは新国劇からです。歌舞伎では殺陣がない。ほんとに斬り合いないんですが、新国劇はほんとに斬り合いやります。怪我せずにやっているのは大したもんだと思う。殺陣も所作も台詞回しも良かったし、台本はまあ長谷川伸のヤクザものだっただけです。ユーチューブなんか探すと、部分的にだと出てきます。昔の芝居がチラッと。私はその影響もあって、私自身は大学生のころ、芝居のファンになりまして、劇団にもちらと書きましたが、あれは地獄です。劇団に書くと、その先破滅が待ち構えている。バックリとそこに破滅の口が見えたので、あれはほんとに中毒してしまって、麻薬のように恐ろしい世界ですから、あそこにはかまないことにしようと、早々に離れましたが、観には行きました。やっぱり、役者ってすごいと、何度も観て思いました。一番すごいのは、宇野重吉さんです。晩年、死にかけのよぼよぼのおじいさんで、大阪へ来て、フェスティバルホール(今はなくなりましたが)の舞台の一番奥におじいさんの役で座っていて、ピアニッシモで語るのが、2000人入る大劇場の一番後ろの席で聞こえる。これはすごい。ほんとに声ができている。役者は体を楽器・道具にして、全身でもって人間の運命を表現しますから、面白い。いっぺん台本を古本屋で探すのが一番よろしい。(回答・野田俊作先生)