帰国子女の中1男子が無気力
Q
友だちの子どものことです。中1の男の子が無気力で、母親が「勉強しなさい」としつこく毎日言っていますが、ただ机の前で鉛筆を持ってずっと座っているばかりです……。
A
瞑想状態ですね。この子は将来大物になるかもしれない。
Q
この子は、小学校1年から5年までアメリカにいたせいで、国語力が乏しいというハンディがあります。友人としてどうアドバイスしたらいいでしょうか?
A
このお母さんには育児の勉強をしてもらうとして、帰国子女というのは今問題になっています。外国の教育システムと日本の教育システムがいろんな点で違うので、テンポが合わない。アメリカだったらまだ幾分マシだけど、インドネシアから帰ってきた子どもたちは、とてものんびり勉強します。日本はとても急いで勉強しているので、途中で帰ってきたら、とてもしんどいです。だから、のんびり勉強して、のんびり追いつく覚悟をすること。同じ速度で走ろうと思わないこと。
何もある年齢にある教材を一緒に勉強しなくてはならない理由はない。小学校2年生になった子どもが全員、九九を覚えなければならないという理由はない。もっと早い時期に九九を覚えたくなる子もいるし、5年生くらいまで覚えたくない子もいる。それはそれでちっともかまわないし、要するに大人になったときまでに仕上がっていればいいわけでしょう。だから、慌てなくていい。日本の場合には、原則的に留年はないし、達成度評価でないし、また子どもが落ちこぼれたときの救済策を学校は持っていないので、結局ついて行かせるという妙なことになってしまっている。
“アドラー学校”というのが世界にいくつかあります。ここは完全な達成度評価です。6年なら6年間のカリキュラムを200か300に細かく分けてある。ある子が例えば国語が126で、算数が118で、理科がうんと遅れて55とかと評価する。そして授業は、120代のクラスに行く。だから、そのクラスに来ている子は年齢はまちまちだけど、その科目に関しては、みんな同じ達成度です。だから、落ちこぼれ0です。うんとゆっくり勉強している子もいるし、うんと早く勉強している子もいる。それと関係なくクラスを見れば同じ達成度です。だから、教師はすごく楽です。しゃべっていることをほとんど全員が理解しているから。
現在“アドラー学校”は小学校と中学校の9年の一貫教育ですが、1週間の授業時間のうち3分の1しか授業をしていない。残りは何をしているかというと、「社会性」の時間と「創造性」の時間と言って、いわゆる勉強とは関係のないことをしている。では、おバカさんになっているかというと、なってなくて、全国共通テストをやると他の普通の学校の平均とほぼ一緒です。なんでそんなことになるかというと、能率がいいから。落ちこぼれ云々がないから。
これは日本の制度の中では難しいからどうしたらいいかというと、自主的にやってしまうことです。うちの子は落ちこぼれたと思ったら、のんびりさせようと覚悟すること。慌てないこと。何も15歳の春に高校に入らなくても天地は崩壊しないから、そこでのんびりしてもらってもいい。今の日本の親は昔に比べるとリッチですから、子どもが17,8で働かないと餓死するということもないので、30歳くらいまでブラブラさせておいたところで、そう困ったことでもないでしょう。
だから、「中学3年までは仕方ないから落ちこぼれてください。中学を出た時点でじっくり時間をかけて、ちゃんと水準を合わせてから、高校へ行くんだったら行ったらどうですか?高校を出た時点で、またじっくり時間をかけて、大学に行きたいのだったら行ったらどうですか?」という線で子どもと相談してみる。そうすると子どもは楽です。絶望したりしなくてすむ。
子どもが勉強嫌いになる理由の1つに、「課題が難しすぎる」ということがあります。「この問題は僕には解けない」と思ったときには、子どもは勉強嫌いになる。いくら努力しても無駄だと思ってしまう。だから、認めればいい。そう、いくら努力しても無駄だと。今学校で習っていることはもういいじゃないか。その子にわかる問題を解いてもらいましょう。例えば、今5年生なら2年生や3年生の問題をやってかまわない。そのことで劣等感を持たなくていい。小学校6年分の内容を、大人に教えるとしたらどのくらいの時間がかかると思いますか。メキシコに住んでいるロシア系の学者さんで、発展途上国の人たちの福祉問題を専門にしている人がいます。教育問題にも大変面白いことを言っています。彼は正規の学校教育ではなくて、大人の識字教育に関心がある。メキシコでは文盲の大人がたくさんいる。その人たちに読み書きや計算を教えたりするクラスがあるんですが、だいたい週3回夜間の学級に通って、どれくらいの期間でスペイン語の読み書きができるようになると思いますか?文字を何にも知らない大人が、新聞を読めるようになるのにどれくらいかかるか。だいたい6か月です。日本でも、特に同和対策なんかで識字学級がありましたが、それも6年もかかりません。日本語はスペイン語に比べると漢字があって大変ですが、それでも小学生に教えるよりは、はるかに早く教えられます。とすれば、例えば今5年生で落ちこぼれていても、それは5年生でやるからついて行けないのだけれど、自分のついて行けるところまで遡ってやり始めると、そんなに時間がかからないで追いつけるんです。公文式ですね。だから、焦る必要はまったくないんです。
このお母さんは不安なんですね。このお母さんに対しては、不安にならなくていいという勇気づけをしてあげると、とてもうまくいくと思います。
みんな、乗せられているんです。政府に騙されている。教育産業に騙されているし、教師にも騙されているんです。まるで中学を出たときに高校に行けなかったら人生が破滅するかのような言葉に騙されている。中学を出たときに高校に行けなくても人生は破滅しません。
先日、元登校拒否の子どもと会いました。彼は中学の半ばから学校に行かなくて、その後大学に行きたくなり大検を受けて通った。でも大学には落ちて、これからどうしようかという相談をしに来たんです。
「大学はまだ行きたいの?」と聞いたら、「行きたい」と言うから、「どんな大学に行きたいの?」と聞くと、「有名大学に行きたい」。「有名大学に行ってどうするの?」と聞くと、「有名企業に勤める」。「バカなことはやめなさい」と僕は言いました。「あなたはだいたい登校拒否をするほどの人だから、有名企業の体質に向いてない」。
有名企業なんていうのは登校拒否をしない子ども用に作られている。何事もなく、すんなりと学校というシステムの中でやってこられた人にしか、うまくやっていけないようにできている。だから、学校でちょっとでも問題があったり、「しんどかったなあ」と思うような子は、そんなところへ勤めたら不幸になるから、ラーメン屋とかキャバレーの呼び込みとか、そういう線が絶対にいい。
「あなた、バイトしたことがあるか」と聞くと、「ない」と言う。「1回アルバイトをやってみようよ」と言った。「予備校なんか行かなくていいから、2年か3年アルバイトをしながら遊んでみよう。その間に1つの仕事を根気良く続けようなんて思わないで、世の中を広く見てみようと思って、次々と職を変わってみよう。そのうちに、きっとあなたがすごく気に入る仕事が見つかると思う。そうしたらそこに就職してみよう。そして、2年か3年その仕事をやってみて、それでもやっぱり自分には大学卒の肩書きがあったほうがいいとか、あるいは大学で勉強してみたいと思ったら大学に行けばいい。そうやって大学に行ったら、その大学は君にとって意味のある大学だから、すごくいい生活ができる。だから、そうなさいよ…… 」。
京都大学に行こうと思って挫折した子がいます。その子は高校半ばで挫折して、3年くらいくすぶったのち、僕(野田俊作先生)のところへ来ました。初めは食堂でアルバイトをしていて、だんだん料理が好きになって、最終的には就職したのは、京都大学の前の食堂でした。京都大学生に物を食わせるという仕事を選んだ。彼はその仕事にすごく満足している。京都大学の学生とたくさん友だちができて、まるでそこの学生のように大学の事情をよく知っている。きっと彼はそこでずっとやっていくんでしょう。おじさんになっても学生たちの面倒を見て暮らすんでしょう。すごく素敵なことだと思う。
そうやって、子どもたちはいろんなことをやっていく中で、自分が一生やる仕事を見つけていくだろうと思います。それが、一生やっていく仕事の一番幸せな見つけ方です。配偶者を見つけるにも試着があったほうがいいように、就職も試着がいるわけで、いきなりエイッと会社を決めて勤めるということは危ないと思いませんか?
「しまった!」と思っても、大学なんか出ていると、「時すでに遅し」で、転職はなかなか難しいかもしれない。だから、みなさんのお子さんたちにもお勤め願いたいんですが、高校を出たら一度就職してみるといいと思う。ちょっと就職してみて、世の中を見てみて、やっぱり大学に行きたいと思ったら行けばいい。うちの息子はそうするでしょうね。「すんなり大学に行くのはつまらなそうだから、ひとまず就職をしてみる」と言うんです。「いったい何をするつもりですか?」と聞いたら、トラックの運転手らしいです。まあ、真夜中に宅急便で全国を走り回るのもきっと面白いだろうと思います。
外国の高校生はそうするのが常識だそうです。ヨーロッパ諸国だったら、中学校を出たら自分の力で高校に行くのが常識なんです。中学を出たら2年か3年働いて学資を稼いでから高校へ入る子もたくさんいますし、途中で学費がなくなったら休学してまた働く。1人で暮らすと高くつくから、4,5人で1つのアパートを借りて、いろんな物を分け与え合って暮らす。アメリカは高校生まではだいたい親が養ってくれるんですが、大学になると自分の力で行くのが普通で、1年大学に行ったかと思うと、1年はバイトというのがザラにいます。大学院になるとだいたいが夜間です。昼間就職していて働いていて、夜になったら勉強しに来るというのが当たり前になっていて、昼間の大学院なんて滅多にない。みんな年を取っていて、30代40代になっています。だから、学生時代を丸抱えしてやろうと、親が思い込んでいるのは日本だけです。経済的にはいくらか見てあげてもいいですが、世の中に出すほうがたくましくなるんじゃないですか。
私の医学部時代の同級生に、工業高校の卒業生が1人います。彼は工業高校を出て就職して工場で3年くらい働いていて、やっぱり医者になりたいと思って勉強して医大に入ってきた人です。そういう人は大学に入ってよく勉強する。自分でゆっくり考えてから来たから。何にも考えないで入った人はダメですね。大学に入ってきたとたんに解放されてしまって何もしないから。
そんなふうに考えますので、この子ものーんびりと勉強したらいいと思います。男の子は35歳くらいまでに大人になればいいから、35歳までにはまだだいぶありますから、ゆっくりと暮らせばいい。若い時代にしかできない“おバカ”というのはいっぱいありますから、それをたくさんしてもらえばいい。(回答・野田俊作先生)