PTAの委員として……
Q
小学校のPTAの委員をしています。期待しないように覚悟して引き受けました。ベタベタした昔ながらの習慣や支配的な構造にうんざりしています。
A そうでしょうね。
Q 1人でものを言ってもなかなか通じないので、あまり意見を言わないようにしていますが、とても健康に悪い。
A そうでしょうね。
Q まず他のメンバーと仲良くなることかなと、それだけを目標にしてきました。他にできることはあるんでしょうか?私は、もっと民主的で、子どものためになる活動をするPTAにしたいと思っています。
A 私もそう思います。ご苦労さんです。あれは、なんでああなるんでしょうね。
PTAじゃないけど、お葬式や結婚式で親戚が相談をするとどうなるか。うるさいおばさんがいたりするでしょう。その人が一番丁寧な結婚式・葬式を主張したりするでしょう。それに逆らえないでしょう。だんだんめんどくさくなる。ご詠歌を毎回唱えるとか、四十九日は全員集まってやるとか、ご飯を出さないといけないとか。だんだん出費がかさむ。その人自身は全然出費しない。きっと自分のところの葬式は簡素にするんでしょう。他人の葬式にはうるさい。建て前としてめんどくさいことを言う人に逆らえない。つい、めんどくさい形式が決まっていって、ダラダラと惰性で守られていくことになる。
日本アドラー心理学会は、理事会がそうならないように工夫している。1つは、なるべく相談しないことにしている。みんなで相談して決めようとしても、みんなが共同無責任になるだけだから。ある問題を決めるときは、“タスクフォース”を作る。実体は、理事1人に全部お任せ。「1年間考えて、何か案を出してよ」。1つでもいくつかでもいいから、叩き台を作ってもらう。その人が責任を持って1年間やって、「こんなのどうですか?」と。それを見てから、「これ!」って、みんなで決めればこれは集団でできる。そういう形の民主主義です。
それから、前例としてやってきたこと、会則に書いてあることをする場合には、会長さんが「はい、やってください」で動ける。前例がないこと、今までと違うことをやるときは理事会を開かないといけないが、できるだけ理事会を開かなくていいようにしている。みんなめんどくさいから、前例と違うことをやらないから。あとは機械的に動く。なるべく顔を合わさない。なるべく相談しない。誰かが決めたことに「いいですよ」と言っていると、何とかうまく動くシステムです。だから因循姑息なPTA的集会にならない。
PTAなんかも、タスクフォースを決めて、その人に全部やってもらって、最後追認だけして、あと日常のめんどくさいことは会長さんが決済しておいて、「今までどおりで結構です」で動いてもらって、相談はなるべくしない。顔はなるべく合わさない。必要最小限だけ相談するのが一番民主的ではないでしょうか。(回答・野田俊作先生)