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スレッドNo.517

講師を依頼されたがやりたくない

Q
 最近、研究会の講師などを依頼されるようになりました。でも私はあまりやりたくなくて、知人を紹介したりしています。でも、人にチャンスを与えているとも言えるわけで、そういう自分が疑問です。人と争うわけでもなく、向こうから来たチャンスに対してこういう対応をしてしまう目的は何でしょうか?またどうしたらこのパターンを変えられるでしょうか?

A
 目的はようわからへん、これだけのことでは。「あまりやりたくない」というのは、なぜやりたくないのかがわからないからよくわからないのですけど、2つ言いますからどちらでも好きなほうを取って。1つは僕自身はどう思っているか。私自身は、「何かわからないことがあったらそれについて人に教えろ」という西洋の諺がある。あることを知らないと思う。例えば、最近のファッションの動向とか知らない。でも知りたいと思う。どうするかというと、「最近のファッションの動向」について講演をするとか、本と書くとかすれば、絶対知るんですよ。それが一番良い方法だと思うから、なるべくそういうチャンスがあれば引き受けるようにしている、どっちかというと。これが1つのやり方。もう1つのやり方は、孔子聖人か誰かが言った「よく知らないことは人に教えるな」。完全に知ったら自然に言葉の中に出てきて、向こうが「来てください」と言うようになるだろうから、それまでは断ろうという線もある。これはあんまり賢くならない気がする。私はD型ですから、他人がどう思おうと自分が賢くなる線が好きなんです。たまたま今『脳と心』という日経サイエンスの別冊が売られていて、その中に私の書き下ろし論文が1つあるんですが、あれはね通産省の偉いお役人がここへ電話をかけてきて、「野田さんの話を東京大学の人か誰かに聞いたんだけど、ラポポートというアメリカの僕もちょっと知っている学者が『強迫神経症という病気は脳の病気で脳の代謝異常がある』と書いてあるけど、あれに反論してもらえないか」と言うんですよ。「僕も代謝異常あると思います」と言うと、「まあそう言わずに、それはそれとして、何か心理学の側から『それだけではないよ』という話を書いてほしい」と。しかも『全人格的な心の治療』(浩→うちにあります)という題名を向こうで勝手に決めてきて、しかも2週間後までに書けというんです。「そんなん無理です」「そりゃ無理とわかっているけど、日本中でそんな短い時間に論文かけるのはあんただけだ」と言うんです。「わかった」と言って2週間で書いたんです。そんなのをやっぱり引き受けたら、たとえ短期間でも勉強するし、その分だけ賢くなるからやろうかなという主義でいってます。これは私のライフスタイル、人生目標ですから。

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年11月29日 14:51)

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