MENU
63,657

スレッドNo.71

論語でジャーナル

7,孔子曰く、君子に三戒(さんかい)あり。少(わか)き時は血気未(いま)だ定まらず、これを戒むること色に在り。その壮なるに及びては、血気方(まさ)に剛なり、これを戒むること闘いに在り。その老ゆるに及びては血気既に衰う、これを戒むること得るに在り。

 先生が言われた。「君子には守るべき三つの戒めがある。年少の時にはまだ血気が不安定だから、血気の過剰による色欲の失敗を戒めよ。三十代以後の壮年のときには血気が充実して盛んな絶頂にあるので、闘争(喧嘩)好きを戒めること。老年になると血気は衰え、能動の部分が少なくなるので、貪欲への戒めが大切である」。

※浩→「血気」というのは、今日言われる「血気盛ん」の意味よりもっと、人間の生理の根本を血液の運行によるエネルギーとしていたことを意識しての言葉だと解釈します。
 ここは孔子の人間観察の深さを最も良く示していると、吉川先生は解説されます。「色」は「色欲」ですが、これを一概に否定しないまでも、若いときは生理(情緒か)不安定であるから、色欲による失敗を戒めよ、ということです。野田先生の前にカウンセリングを教わっていた、当時、東京理科大(のち筑波大学へ)の国分康孝先生は、「恋愛はハートで、結婚はヘッドで」とおっしゃっていました。結婚はいわばビジネスですから、理性的に損得勘定をして実行するようにというようなことでした。ところが野田先生はむしろ、結婚は、冷静に理性的に考えると、とうていできるものではない。あれは理性が曇っている隙にやる、とおっしゃいました。その理由は、一人の異性を選ぶことで、世界のその他のすべての異性を諦めるという不合理を結婚によって実現するわけですから。
 壮年になると、血気盛んで絶頂期にあるので、この時期に警戒すべきは「闘い(喧嘩)」です。私もアドラー心理学に出会う前は、ずいぶん闘争好きというか、負けず嫌いで、よく人と衝突しました。それでは、自分は「礼儀正しく」しているつもりでも、人からは“慇懃無礼”に見えたことでしょう。そのうち、『老子』を読んで、「勝つためにはむしろ負ける」という“逆説的”対応を覚えましたが、アドラー心理学を学ぶにつれて、次第に闘争心は消えていきました。不適切な行動の代表ですから具合が悪いです。
 老年になれば、生気が衰え、能動的でなくなるとともに、受動的な利益を欲しがるため、警戒すべきは「貪欲」です。これは私の場合はありがたいことに定年退職後はほぼ不自由なく生活できていて、「物欲」はかなり低減していると思います。むしろ、若い人たちに大胆にふるまうことさえあります。「衣食足りて礼節を知る」というのは真実味があります。

引用して返信編集・削除(未編集)

このスレッドに返信

このスレッドへの返信は締め切られています。

ロケットBBS

Page Top