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スレッドNo.745

論理的に正しいと言うことは?

Q 
 自分が理解したと思うことがもう1つ信用できません。論理的に正しいということがわかるとは、どういうことでしょうか?ちなみに数学は苦手です。

A
 まずいな。あのー、さっき言ってたけど、「論理」は「世界の因果性」を写しているものだと思う。ということは、論理の役割は未来を予測することなんです。今起こっていることから次に何が起こるか当てたいんです。考えてきっとこうなるだろうなと思って、当たれば正しく理解しているんです。違えば正しく理解してないんです。これが一番良い方法でしょ。実験的検証と言いますね。これが結構当たらないんです。僕ら理系の学生だった人は、卒業すると研究室で実験しないといけないことになりまして、実験する前に、「きっとこうやったらこうなってこうなって、あら論文書けたってこう思って実験したら、全然結果は違うんですよ。だから結構理屈は当たらないんですよ。僕らが持っている論理というのは、とっても世界の荒っぽいスケッチだと思う。物理学や生物学という学問ですら、起こっていることの荒っぽいスケッチで近似値で、やってみると結構当たらないと思うんです。まして心理学のような扱っている対象が微妙だと、人間の心なんかについて予測をしてもかなり当たらないんです。かなり当たらないから、当たらないときは「私の考えが間違っていたんだ」と思うべきです、実験結果が間違っていたと思わないで。そういうふうにまあ一応考えて納得したということは、その納得した結果がほんとかどうか現場へ帰って確かめないといけない。もっとも、その「理解した」という言葉がわりと曖昧に使われていて、今私は物事の論理関係がわかって未来が予測できることだと言いました。これ凄い大事なお話で、過去に起こったことを納得するのは、理解したと言わないことにするんです。あとで付ける理屈はどうにでも付くから。終わってから「あれはこうだった」と言うのは、僕らは腑に落ちたりするけど、過去のことは確かめようがないんですよ。だからこんなのは科学的話題にならないんです。科学的話題になるのは、まだ起こってないことについて予測した結果それが正しく当たれば正しく理解しているし、まだ起こってないことが思っているように起こらなかったら正しく予測してないというような場合だけ実験できるわけじゃない。だから「あのときはああだったんだな」とかそういうのは確かめようがない、本来。

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