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スレッドNo.779

太陰暦    野田俊作

太陰暦
2001年10月02日(火)

 旧暦八月十六日だが、今日がほんとうの満月なのだそうだ。今夜も快晴で、ウォーキングしていると月が道を青く照らし出していた。私が住んでいるあたりは昔からの村で、街道から一歩横に入ると、まるで蟻のトンネルのように、曲がりくねった路地がある。しばしば行き止まりになったり、ぐるっとまわって元へ帰ってきたりする。昔の人は、どうしてこんな複雑な町作りをしたのだろう。
 私は釣りをするので、太陰暦はおなじみだ。回遊する魚(アジやハマチ)は大潮の時に釣れるし、底にいる魚(メバルやカサゴ)は小潮のときに釣れる。ついでに言うと、満潮の極や干潮の極で潮が動かないときは釣れなくて、潮が動く満ちきる前と引きはじめるときとによく釣れる。夜明け方と夕暮れ時に釣れる。これらの条件がうまく合うときはチャンスだ。
 登山も、太陰暦で考えると、月の満ち欠けと対応しているので便利だ。農業も太陰暦で考えるほうがいいと、どこかに書いてあったな。農業のことはよく知らないので、どう関係があるのかわからないが。物騒な話だが、戦争も月の満ち欠けを考えないといけないのだそうで、アメリカが戦争をはじめないのは、新月を待っているのだろうか。
 ともあれ、太陰暦というのは、自然と関係しながら生きるときには、太陽暦よりも便利だ。ところが、太陰暦カレンダーがけっこう入手しにくい。最近はインターネットにあるので、簡単に見ることができるのだが。
 釣りの話をして思い出したが、渓流釣りが9月末で禁漁期に入った。昨年は、冬の間は、近所の低山に出かけて暮らしたが、今年は海釣りに行こうかと思っている。両方はできない。海釣りはあまり運動にならないので、毎日のウォーキングをかかさないようにしないといけない。五十歳をすぎると、ちょっとサボると、すぐに筋肉が落ちる。来年の春の渓流釣りの解禁まで、現在の筋肉を保たなければね。



休日
2001年10月03日(水)

 今日は休暇をとった。土日に働いていることが多いので、水曜か木曜に休みをとる。いつもは山へ行ったり釣りに行ったりするのだが、今日は一日自宅にいた。もう渓流釣りも禁猟だし、山は週末に行く予定になっているし。自宅にいると、なにか書いているか本を読んでいるかすることが多いのだが、それもせずに、ただブラブラとしていた。疲れているんだろうか。とにかく、なんとなく何をする気もしないので、ボーッとすごした。
 むかしはこういうことができない人間だった。いつも動いていないと不安だったのだ。三十代の半ばごろから、のんびりするときはのんびりできるようになって、具合がよい。アドラー心理学を学んだことも関係があるし、瞑想するようになったことも関係があると思う。



人類学者の話
2001年10月04日(木)

 絵画療法を研究している友人が、遠近法を使った絵の描き方が普遍的でないことのたとえに、ある民族は、自分の家族の写真を見ても、それが家族だと認識できない、という話をしてくれた。話の出所は、おそらく人類学者の調査研究だろう。こういう話は、面白いだけに、注意深く理解しないといけない。
 まず、言葉がどれだけ通じているかが問題だ。アメリカ人の人類学者が日本に来て、日本人のインフォーマントに、「稲を食べますか?」と尋ねたら、インフォーマントは「食べません」と言うだろう。それなのに観察していると米飯を常食している。この事実から、この人類学者は、日本人のホンネとタテマエの使い分けについて、素敵な論文を書くかもしれない。「日本人は毎日ライスを食べているのに、尋ねると、ライスは食べないと言う。ここに日本人の心理的特性がある」というように。
 また、文化的・宗教的な文脈の問題もあるかもしれない。たとえばインフォーマントの宗教が偶像崇拝を禁止していて、家族の写真を撮ったりすることが宗教的なタブーになっているかもしれない。その他にも、無数の理由が考えられると思う。一枚の写真というものが持つ意味は、文化全体の中ではじめて決まる。だから、家族の写真を認識できないという事実が、遠近法の普遍性を否定する証拠になるかどうかわからない。
 こんなことは、レヴィ・ストロースが大昔に言っていることなんだけれど、人類学者のめずらしい話はあまりに面白いので、ついわれわれの文化の文脈で理解して驚いてみたり納得してみたりする。



枝雀
2001年10月05日(金)

 パートナーさんは桂枝雀が好きで、よく公演にも行っていた。彼が亡くなる寸前の公演のチケットを入手していたのだが、一度延期になり、二度目はこちらの都合で行けない日だったので人にあげた。亡くなったのを知ってから、無理しても行っておけばよかったと思ったが、後の祭だった。
 最近、『枝雀落語大全』というCDが発売され、その第1集10巻を買った。一枚に2つずつ入っている。彼女は、自動車通勤しているが、車の中で毎日それを聞いている。帰宅すると、口調がすっかり枝雀風になっていたりする。
 今日は彼女の車を借りて山に出かけた。大阪を11時に出て、目的地に17時に着いたので、6時間も枝雀の声を聞いていた。なぜ彼が芸に行きづまりを感じたのか、なぜ死ぬほどまで悩んだのか、落語を聞いているだけではわからない。たしかに、ウツ病者が死を思うときはすさまじく、医者や周囲がどんな努力をしても死のうとする。そういう状態だったのだろうか。
 まあ、それはそれとして、枝雀にせよ誰にせよ、CDやビデオの普及で、死んでからまで働かされる人々が増えた。アメリカに留学していたとき、10年以上前に亡くなっていた先生のビデオを使った講義があって、「まあ、あの世に行ってからまでご苦労さま」と思ったことがある。そういう世の中になってしまったんだ(今は、野田先生がそうなっちゃって、申し訳ありません。まだ頼り切っています←浩)。

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