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スレッドNo.79

論語でジャーナル

11,孔子曰く、善を見ては及ばざるが如くし、不善を見ては湯を探(さぐ)るが如くす。吾その人を見る、吾れその語を聞く。隠居して以てその志(こころざし)を求め、義を行いて以てその道に達す。吾その語を聞く、未だその人を見ず。

 孔子先生が言われた。「善を見ると、取り逃がしはしないかと急いで追求し、不善を見ると熱湯から手を引くように急いで身を引く。私はこういうことを実行する人を見たし、そういう言葉も知っている。下積みの隠遁者として生活しながら自己の理想を追求しつづけ、正義を行なってその道を通そうとする人、私はそういう言葉を聞いが、現実にはまだ会ったことがない」。

※浩→貝塚先生は現代語訳だけで解説はありません。吉川先生が少し解説されています。前半の善者もむろん優れた道徳者ですが、より忍耐を要する、より困難な事態として、後半の善者が考えられています。「現実にはその人を見ない」というのは、その可能性が未来に向かってはあくまで希求されていることを示します。希求が深いゆえに、嘆息も深い。嘆息のゆえに、希求は強まる。これはよく理解できます。希求は「目標」で、困難な事態は「現状」ですから、その差が「劣等感」を生みます。希求が深いゆえに嘆息も深いということから「劣等コンプレックス」を連想させます。古今東西、目標=理想の高い賢者は、その現実との差に嘆息しています。隠遁生活に入るのもしごく当然だと思われます。そういえば、ギリシャのエピクロスも「隠れて生きよ」と説いていました。エピクロスは「快楽主義」の「エピクロス学派」の始祖です。サモス島に生まれ、18歳でアテナイに上京し、20歳代は地中海の島で暮らし、ペリパトス派の哲学や原子論を学びました。35歳でアテネに戻り、アテネ郊外に土地を手に入れ、庭園学派とも呼ばれるエピクロス学派を創設しました。
 エピクロスの庭園は「エピクロスの園」として有名になり、親兄弟の他に大勢の弟子たちが集まり、親密な共同生活を行いました。召使の奴隷にも哲学を学ばせたことが記録に残っています。エピクロスが71歳で没したあとは、弟子が庭園を引き継ぎました。
 エピクロス派はセネカが代表するストア派とともにヘレニズム期の「ヘレニズム思想」を代表する学派です。ヘレニズム期とは、アレクサンドロス大王が没した紀元前323年から、ローマが地中海一帯を統一する紀元前30年までの約300年の期間です。
 ストア派は、快楽や欲求の衝動に打ち勝つ「アパテイア」という精神の強さを理想として、「禁欲主義」と呼ばれます。
 エピクロスは国事や世間の煩わしさから遠ざかり、心の平安を大切に生きることを説きました。その生き方を意味する「隠れて生きよ」という言葉がよく知られています。
 エピクロスは「デモクリトス」の原子論を思想の基底とする、原子論的唯物論や原子論的自然観を展開しました。霊魂は死によって消滅するとし、また感覚を徳や幸福の基準としました。この思想の上に快楽主義が築かれています。
 エピクロスの説く最高の善は「快楽」で、その快楽とは苦痛からの解放や心の平静である「アタラクシア」を意味するものでした。
 エピクロスは、人間の欲求を3つに分類します。1つ目は「自然かつ必要不可欠である」欲求、2つ目は「自然だが必要不可欠でない」欲求、3つ目が「自然でもなく必要不可欠でもない」という欲求です。3つ目の欲求は、贅沢や豪華への欲望でこれはきりがないとします(アドラー心理学で言う、「ボディ」「マインド」「ハート」を連想しています)。
 このように欲求について考察し、選択することが身体の健康と魂の平静を可能とするものであり、それこそが幸福な人生の目的であるとしました。エピクロスは質素な生活の中にアタラクシアを求め、パンと水の質素な生活は、健康を手に入れ、運命に対しても恐れない者にしてくれる、と弟子に説いています。

 エピクロスは弟子への手紙で次のように書いています。
 快楽が人生の目的であるとわれわれが言う場合、その快楽とは、一部の人たちが無知であったり誤解したりして考えているように、放蕩や享楽の中にある快楽のことではなくて、「身体に苦痛のないことと、魂に動揺がないこと」に他ならない

 エピクロスは、アタラクシアの追及とともに、「死」の恐怖を克服することも唯物論の立場で説きました。死とは、生の構成要素であるアトムへ解体することであり、解体されたものは感覚を持たず、感覚を持たないものは人間にとって何ものでもないと主張しました(これも野田先生の「チベット仏教」のお話を連想させます)。

 名言を紹介します。↓
#全生涯の至福をめざして知恵が整えてくれるもののうち、何にもまして一番重要なのは、友情の獲得である。
#人はまだ若いからといって、哲学することを先に延ばしてはならないし、もう年をとったからといって、哲学に飽きるようなことがあってはならない。なぜなら、誰だって、魂の健康を手に入れるのに、若すぎることもなければ、年をとりすぎていることもないからである。(『徒然草・四十九段』を連想します。「老来りて、始めて道を行ぜんと待つことなかれ。古き墳、多くはこれ少年の人なり。はからざるに病を受けて、忽にこの世を去らんとする時にこそ、始めて、過ぎぬる方の誤れる事は知らるなれ。誤りといふは、他の事にあらず、速やかにすべき事を緩ゆるくし、緩くすべき事を急ぎて、過ぎにし事の悔しきなり。その時悔ゆとも、かひあらんや」とあります。)
#死はわれわれにとって何ものでもないと考えることに慣れるようにしたまえ。というのは、善いことや悪いことはすべて感覚に属することであるが、死とはまさにその感覚が失われることだからである。
#死はやがてやってくるだろうという予測がわれわれを苦しめると語っている者は、愚かな人である。なぜなら、現にやってきている時には何の悩みも与えないものが、予期されることによってわれわれを苦しめるのだとしたら、それは根拠のない苦しみだからである。
#死は、もろもろの災厄のなかでも最も恐ろしいものとされているが、実は、われわれにとっては何ものでもない。なぜなら、われわれが生きて存在している時には、死はわれわれのところには無いし、死が実際にわれわれのところにやってきた時には、われわれはもはや存在していないからである。

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