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スレッドNo.846

神戸    野田俊作

神戸
2002年01月15日(火)

 むかし勤めていた神戸家庭裁判所へ行ってきた。震災の直後に慰問品を持って訪問して以来だ。震災前も、1987年に退職して以来、ほとんど行くことがなかったので、ほんとうに久しぶりだ。
 震災で建物にひびが入って、すっかり新築したので、むかしの面影はない。入り口のロビーなどは、まるで高級ホテルみたいで、「裁判所」という名前から連想するいかめしい雰囲気ではない。面白かったのは、あるドアを開けると、その向こうにエレベータがあったことだ。廊下からはエレベータが見えない。なぜそんなことをしてあるのか尋ねると、少年事件の被疑者を運ぶのに使うエレベータで、プライバシーを保護するためだそうだ。こまやかな心遣いだ。むかしの建物にはこういうのはなかったと思う。記憶が曖昧だが。
 家裁の真向いの少年鑑別所はむかしのままみたいだ。筋向いにある神戸大学病院は新築していて、とてもきれいになっている。その他の周囲の建物は、むかしのものと新築したものとが混在していて、どれがむかしからあったのか、どれが新築なのか、うまく判別できない。界隈の全体的な雰囲気がそう変わっていないのは、新築したとしてもそう突飛な建て方をしないで、それまでの街の雰囲気に調和するように設計したということだろうか。神戸の人は、大阪の人と違って、節度があるといつも思う。
 仕事が終わったあと、神戸駅の近くの神戸ハーバーランドへ食事に行ったが、ここは震災前はなんだったんだろう。なんだかみすぼらしい界隈だった気がする。今は、函館とか小樽とかを連想させるような、落ち着いた繁華街に変わっている。神戸駅もすっかりさま変わりして、きれいになっている。デザインがおしゃれだ。神戸の人は、噴水や照明をとても上手に使う。
 神戸には足掛け5年いた。けれども、神戸人になれなかった。大阪人とはセンスが違う。とてもあんなにおしゃれに生きることはできない。大阪人のよさはアクの強さでありしつこさであり下品すれすれの(ちゃんとした大阪人はけっして下品ではない)生命力だ。それが神戸とはちょっと不調和なんだよ。



娘と会う
2002年01月16日(水)

 小田原に住んでいる上の娘が帰ってくるというので、大阪にいる下の娘も連れて、三人で私の母のところへ挨拶に行くことにした。みんな忙しくてなかなか時間の調整がつかず、とうとう上の娘が小田原へ帰る日を一日遅らせて、ようやく折り合いがついた。スケジュールをいっぱいにして生活しないと不安なのは、母方の遺伝なのだな、きっと。父は開業医ができたくらいだから、出不精で、毎日家にいて同じような生活をしていても平気だった。母は家にずっといるのが嫌いで、かなりの旅行好きだし、旅行していなくても、なにか新しいことが起こっていないといやみたいだ。私もそうだし、上の娘もそうだ。下の娘はそれほどでもないようだが。
 性格に対して、遺伝の影響が大きいのか環境の影響が大きいのかは、決定する方法がないので永遠のテーマなのだが、このごろ私は多重人格論者なので、遺伝の影響でできた人格(ペルソナ)や環境から学んだ人格をいくつも持っていて、適宜使い分けているのだと考えている。だから、遺伝・環境論争は意味がないと思うのだ。要するに、私は父の生き方よりも母の生き方をより好んでいるので、自分の中にある母に近い性格を使うことが多いし、娘も私の生き方を好んでいるようなので、私に近い行動特性を選択しているのだろう。
 母が作った夕食をいただいて、2時間ほど一緒にいて、別れた。子どもが成長してしまうと、一緒にいる時間がすくなくなって、とても貴重だ。向こうはそうも思わないだろうね。だって、成人になった子どもが、少しでも長く親と一緒にいたいと願っていたとしたら、それは育児の失敗だもの。だから、子どもは別にさびしくないのだろうが、親のほうは、もうすこし一緒にいられる時間が長いといいのにと、別れ際にいつも思う。もっとも、一緒にいてすることがあるわけでもないのだけれど。



トールキンの文体
2002年01月17日(木)

 小説は読まないことにしているのだが、禁を犯して、J. R. R. Tolkien "The Lord of the Rings"(トールキン『指輪物語』)を読み始めてしまった。むかし和訳を読んで、激しく感動したので、原文を買って読み始めたのだが、途中で挫折していた。ほとんど20年ぶりで、もういちど読みはじめた。まだ第1部のはじまりだが、ものすごく引き込まれて読んでいるので、今回は最後まで読みとおせそうだ。
 話はもちろん素敵だが、その前に、英語がおそろしく美しい。どこをとっても美しいが、たとえば次のような部分だ。

Sam sat silent and said no more. He had a good deal to think about. For one thing, there was a lot to do up in the Bag End garden, and he would have a busy day tomorrow, if the weather cleared. The grass was growing fast. But Sam had more on his mind than gardening. After a while he sighed, and got up and went on.

It was early April and the sky was now clearing after heavy rain. The sun was down, and a cool pale evening was quietly fading into night. He walked home under the early stars through Hobbiton and up the Hill, whistling softly and thoughtfully. (Houghton ペーパーバック版 p.44)

サムは黙って座っていて、それ以上なにもいわなかった。彼には考えることがたくさんあった。そのひとつは、もし明日天気がよくなれば、バッグエンドの庭ですべきことがたくさんあって、忙しい一日になりそうだということだった。草が生えるのは速い。しかしサムは庭仕事以外にも気にかかることがあった。しばらくして彼はため息をついて立ち上がり、歩き始めた。

四月のはじめで空は激しい雨のあと今は晴れ渡っていた。太陽は沈み、冷たい青白い宵が静かに夜の中へ消えていった。彼は輝き始めた星の下を、ホビット庄をぬけて丘を登り、静かに考えつつ口笛を吹きながら、家に向かって歩いた。

 "He had a good deal to think about."なんて、よく言うねえ。"He had many things to think about."くらいなら、私でも言うかもしれないが、トールキンのは桁違いにきれいだ。"a cool pale evening was quietly fading into night" という句に至っては、私ごときは逆立ちしても思いつかない。古風な言い回しや、スコットランド(アイルランド?)風の方言もあるが、全体としては難しい文体ではない。しかし、きわめて簡潔に詩的に書かれていて、朗読するととても口調がいい。この調子で第3部まで読めるのかと思うと、とても楽しみだ。私があこがれている魔法使いガンダルフも、重々しい英語でしゃべってくれるしね。



トールキンの文体(2)
2002年01月18日(金)

 ある友人が、「20年ほど前に(年がバレちゃうよ)指輪物語を英文で読みました」と言う。彼女は英文科卒なのだそうだ。邦訳は当時ハードカバーしかなくて、もって歩くのが大変だったから、ポケット版の原書を読んだのだそうだ。ちょっと豪傑かも。
 私は、専門書の原書はよく読む。大学の教養部に入ったら、一般化学の教科書が英文だった。Sienko and Plain: "Genral Chemistry" だかいう本で、日本語の教科書を押しのけて選択されたほどだからなかなかよく書けていたが、生まれてはじめて使う英文の教科書だったので、ずいぶん苦労した。それでも1年すると、コツがわかって、なんとか読みこなせるようになった。中原という教授だったが、彼には感謝している。その余勢で、学部に入ってからは、何科目か英語のテキストを使うことができた。専門書は、単語や文体も決まりきっているし、文体を味わったり深い暗喩を汲み取ったりしなくてよくて、ただ意味が理解できればいいので、慣れれば楽に読める。
 しかし、文学はそうはいかない。なじみのない単語や文体が頻出するし、なんだか奥深い意味がありそうだし。そんなこともあって、英米文学の原書はまず読まない。翻訳文学(たとえばロシアやイタリアの文学など)は英訳で読むと、和訳で読むよりはもとの味わいに近いかなと思って、たまに読むことはある。それでも、専門書みたいに簡単には読めない。
 今回、『指輪物語』を読み始めたのは、気の迷いなのだが、それでもいくらか気負いはあって、前回挫折しているだけに、最後まで読みとおせるかどうか心配している。しかし、先に最後まで読んだ知り合いがいると、なんだか心強い。もちろん、日本人でこの本を最後まで読んだ人はたくさんいるはずだが、具体的な個人として前にあらわれると嬉しいのだ。その人と知り合いだからといって、私の英語力が向上するわけでもないんだけれどね。
 しかしまだフロド・バギンズはホビット庄でグズグズしていて、ガンダルフが指輪の来歴について長々と話し続けている。話はまだ始まっていないのだ。先は長いな。

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