MENU
130,430

スレッドNo.866

ハートを育てるためにできること

Q  
 小学校の教師です。ハートは中高校生くらいからとお話されていましたが、学校教育の現状の中で子どもたちのハートを少しでも育てるために、明日からでもできることの具体的なヒントをいただきたいです。

A
 「あなたがたはなんのために勉強しますか?」「はーい、僕のためでーす」「その他には?」「それだけです」「そんなことはないでしょう。他の人はどうなの?他の人のためもありますね。他の人って一体誰でしょう?」「誰でしょうって?」「そりゃあなた家族でしょう」「そうか、あまり考えたくないな」「じゃあ、お嫁さんが来たらどうする?」「じゃあお嫁さんのために頑張ります」「じゃあ、お嫁さんとあなただけよければいいの?」「まあそうでもないな」…というふうに対話してよ。
 教えるということについて2つか3つあると思うんですけど、僕わりと古風で、講義をして教科書を読んで知らないことを耳で聞くというのを凄い大事なことだと思っているんですよ。そうでないと言う人も、大体第二次大戦以後いるんですけど。
 それから実験をする。知ったことをやってみるというのも凄い大事なことだと思うんですよ。ただ聞いただけの知識というのはマインドの知識にすぎないから、さっきの「アドラー心理学はわかりましたが実践できない」というようなことになりますからね。それからねえ、語る、しゃべってみるということは凄い大事だと思うんですよ。コリン・ウイルソンという正体不明の人物が、小説家なのかなあ評論家なのかようわからんけど、僕は基本的に嫌いなんですが、「ときどき嫌いなものも食べないと良い子になれない」という子ども時代の思い込みがあってね、食べてやっぱりまずいと思うんですが、コリン・ウイルソンの本の中に、クラシック音楽についての本なんですが、「何かわからないことがあれば、それについての本を書け」と彼は言うんですよ。「だから俺はクラシック音楽について本を書く」んだって。そのへんはちょっとハチャメチャで、そのへんは素敵なんですけど。人にものを教えるとか説明するとかいう形で語ってみるということは、凄い大事なことだと思うんです。僕がアドラー心理学についてよく知っているのは、アドラー心理についての説明をよくするからさ。知らないことがあったら、「知らないな」と思ってもう一回学ぶからで、語ることって大事だと思うんです。だから子どもに、人間の美しい生き方について語ってあげないといけないと思う。人ってどうやって生きるものなのか、人の倫理について、人の道徳について、人はほんとはどう生きるべきなのかについて、たくさんの物語について僕たち実は持っています。たまたま修身の教科書を読みまして、修身の教科書にもそういうのたくさんありますし、そうじゃないものもたくさんあります。子どもたちに向かって、人間はどうやって生きるべきかを語ってあげたいと思います。私の先生のシャルマンは僕に、ジョニー・アップル・シードの話を語ってくれました。ジョニー・アップル・シードはデンマーク人かな?大きな袋にリンゴの種をいっぱい持ってアメリカへ来て、会う人ごとに種を渡して、「これを育ててください。おいしい実が成りますから」と言って、アメリカ中にリンゴの種を配った人です。アメリカのリンゴの多くが、ジョニー・アップル・シードの配ったリンゴの子孫です。「あなたも日本へ帰ったら、ジョニー・アップル・シードになって、出会う人出会う人に種を配りなさい。それが大きな木になって花が咲いて実が成るように私は期待しています」と言ったんです。僕はジョニー・アップル・シードに引きつけて、それからの自分の人生を決めたんです。こんなふうに小さなお伽噺のような物語が、僕たちの行動の規範にいつもなるんです。そういうのを小学校の先生なら、いっそう集めやすいじゃないですか。美しい物語を探してほしいし、で「あなた方はどうやって生きるの?人々のために生きるってこういうことよ」と教えてあげたいし、それをじゃあどうしたらいいかをみんなに語ってあげてもらいたいと思う。おしゃべりすることが学習にとってとても大事なことだから。(野田俊作)

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top