天才を守る 野田俊作
電線
2002年04月21日(日)
金沢に来ている。長町といって、武家屋敷のあるあたりで講演をする。繁華街の香林坊のすぐ近くだが、静かな一角だ。藩政時代の高級武士の邸宅が並んでいる。
このあたりは電線が少ない。写真撮影のことを考えてくれたのだろうか。この前京都に行ったが、電線が邪魔になって困った。写真家のためだけじゃないよ、地震のときも電柱は危ないんだって、神戸の震災のときテレビで評論家が力説していた。ヨーロッパの町には電線がないので、その気になればそういうことも可能なのに、日本ではどうしてこんなに網の目のように電線をはりめぐらせて平気なんだろうか。リルケの『神様の話』に電線の悪口が出てくるので、あの時代にはまだヨーロッパにも電線があったんだ。
せっかく電線がないのだが、今回は写真はない。カメラを持ってきたが、かなりひどい雨で、光がなくて撮れなかった。年に1回程度金沢に来るが、いつも雨か雪で、いままでいい写真が撮れたことがない。今年は後2回行くことになっているので、次の楽しみということにしよう。
徒労
2002年04月22日(月)
携帯電話の着信メロディを入力するのを頼まれて、CDから聴音して採譜し、入力した。たくさん同時に頼む人だったので、とにかく3曲入れた。さて、一覧して鳴らしてみようと思ったら、最後に入れた1曲しか入っていない。そのときわかったのだが、その機械は、自分で作曲するのは1曲しか入らず、新しく入れると上書きしてしまうのだ。くそっ!
このごろ着信メロディの入力をよく頼まれるのだが、向いている旋律と向いていない旋律がある。旋律の型を大きく分けると、「もろびとこぞりて」のように高いところから音階をたどって下がってくるものと、「蛍の光」のように和音をたどって上がっていくものと、「かごめかごめ」のように一つの音の回りをウロウロするのとがある。最後のタイプのものが使いにくい。だって、歌詞もないし音色の変化もないんだから、着信メロディにすると、ただ同じ音がダラダラ鳴っているように聞こえて、ものすごくつまらない。
今日頼んだ人は、ところが3番目が好きみたいで、選んだ曲のほとんどがそのタイプだった。仕方がないので、伴奏に工夫して面白く仕上げた。それなのに、消えてしまったんだよ、ぐすん。
天才を守る
2002年04月23日(火)
小さいころから、音楽や絵画や数学や体育の才能がある子どもがいる。ふつう程度だといいのだが、ひとつのことにほとんどのエネルギーが向けられて、他のことに向けるゆとりのないことがある。いわゆる天才だ。もし学校で、教師がその子たちに「ふつうの子」であるように圧力をかけたとすると、そういう子どもはパニックに陥ってしまって、不適応をおこす。そうして、早い時期に社会から落ちこぼれ、悪くすれば折角の才能もつぶされてしまう。そういう子どもを学校教育がどう扱うかは、大問題だと思う。
関連したお話。むかし、フランスに、エヴァリスト・ガロワという、ちょっと非行気味の少年がいた。授業についていけないし、性格もかなり変わっていたようだ。さいわい、中学の数学教師が彼の才能に気がついて、高等数学の本を与えた。彼は他のことをすべて捨てて、その本を耽読した。やがて、5次方程式の一般解法に関心を持ち、群論という新しい理論を開発して、5次方程式の一般解法は存在しないことを証明した。しかし、当時の数学者は、その証明を理解できなかった。それくらい斬新な理論だったんだ。彼は、天才だったけれど、エクセントリックな人で、恋人をめぐって友人と決闘して、21歳だかで亡くなった。ガロワのことを私たちが知っているのは、中学の先生が彼の才能を発見してくれたおかげだ。もし、この先生がいなかったら、ただの非行少年のままだったろう。
そう言えば、今やっている『ビューティフル・マインド』という映画は、精神病の数学者の話だったな。それからの連想だが、もう時効なので書いてもいいのではないかと思う話がある。Oという有名な数学者がむかしいた。フルネームを言えば、「ああ、あの人ね」と言う人が多いと思う。この方は精神病で、ときどき幻覚や妄想が出て、世間との折り合いがとても悪くなった。そうなると、仕方がないので入院していただいたのだが、第1回目の入院の主治医が私の父だった。このときは薬もない時代で、父によれば、「ただ毎日お話を伺いに行っていただけだ。そのうち症状が軽快したので退院していただいた」ということだそうだ。第2回目は、私のスーパーヴァイザーだった高石昇先生だった。そのころ、精神病の薬が発明された。試しにそれを服用していただいたところ、「これをのむと、頭が動かなくなります。そうなると、数学の仕事ができません」と言って断られた。そこで、幻覚や妄想がある間は入院を続けていただいたという。
要するに、天才は、ときとして学校や社会との折り合いがとても悪いのだ。そういう天才を保護するのも、精神医学や心理学の仕事だと、私は思っている。ちょうど今、ある天才児の親が相談に来ていて、学校との折り合いの難しさを嘆いている。担任の教師は天才をひとり潰そうとしていることに気がついていない。なんとかしてこの子を守って才能を伸ばし、人類に貢献できる人になってもらいたいものだと私は思っている。