頼藤和寛くんの講演 野田俊作
頼藤和寛くんの講演
2002年05月31日(金)
第1回日本アドラー心理学会総会は、1984年に大阪大学医学部で開催された。そのときに頼藤和寛くんに特別講演をお願いしたのだが、講演テープがないかと事務局を探したら、出てきた。そこでこれもCD-Rに焼いた。その総会のときの頼藤くんの写真が家にあったので、それを背景にして、ラベルを作った。
昨日から、彼の最後から2番目の作品『人みな骨になるならば』(時事通信社)を読んでいる。新しい発見はほとんどなくて、彼が思春期から言い続けていたことが書いてある。この本を書いているときは、ガンであることを彼は知らなかった。けれど、人生の総決算みたいな本だ。無意識が死期を知っていたのだろうか。まだ読了していないので、感想は書けないが、ここ数日なんとなく彼と縁の深い生活をしている。
冬写真コンクール
2002年06月01日(土)
仲間内で、冬の間に撮った写真のコンクールをした。2001年11月1日~2002年3月31日の間に撮影された写真を1人5枚提出できる。大阪のオフィスに来るお客さんは、誰でも3票投票できる。題材はなんでもいいが、動物と子どもの近接写真は禁止だ。というのは、写真のことをあまりよく知らない人の点がたくさん入って、不公平だから。被写体で点が入ってはいけないと思うのだ。写真の作り方を評価されるのでなければ。
今日、投票を締め切った。だいたい予想どおりの作品が入選した。私も出したが、予想どおり落選。どうも試合になると弱いんだよな。それに、冬は沢へいけないので、いい写真が撮れない。夏写真コンクールもする予定なので、そちらはがんばろう。
味覚
2002年06月02日(日)
浜松へ行った。むかし(2001/07/21)、「浜松のウナギはあまりおいしくない」と書いたことがあって、因果応報は世の習い、浜松の仲間に、ウナギ屋へ連れ込まれた。もちろん、きわめてきわめておいしかった。だって、そう書くしかないじゃないか。
そこでの話なのだが、このごろ大阪の食べ物がおいしくなくなってきている気がする。ひとつには、「旦那衆」がいなくなって、すべてが大衆化したためだと思う。お金持ちはみんな東京へ行っちゃったんじゃないか。いいお客がいないから、いい料理が出ない。需要がなければ供給もとだえる。もっとも、私は高級料亭などというところで食べたことがないので、あるいはそういうところへいくとおいしいものもあるのかもしれないが、中級クラスの料理店の味は、ぜったいに落ちてきていると思う。
しかし、私の味覚はそれほどアテにならない。学校給食のおかげで、「何でも食べる元気なよい子」になって、味覚を破壊されてしまったのだ。味覚というものは、なんでも、中学生くらいまでに鍛えておかないと育たないものなのだそうだ。だから、私がマズいと言っても、実はおいしいのかもしれない。
味覚の発達といえば、このごろは高校を出てから調理師学校へ行くので、料理店の味が落ちたのだと、調理師の友人が言っていたっけ。そういうこともあるかもしれない。子どものころから弟子入りして鍛えないと、とくに日本料理用の味覚は育たないのだそうだ。職人芸はなんだってそうだね。漁師だって大工だって、子ども時代から学ばないと学べないことがあるみたいだ。今の教育制度には多くのメリットもあるけれど、こうしたデメリットもある。なにか工夫はないのかな。
経験の共有
2002年06月03日(月)
パートナーさんを誘って、中国映画『活着huó zhe(活きる)』をもう一度見にいった。終わったあと、パートナーさんは「なんでこんな映画に連れてくるのよっ!」と、とても機嫌が悪い。悲しすぎて、心がつぶれそうなんだって。「男は暢気に生きていて、苦労するのはいつも女と子どもよ」と、過激フェミニストみたいなことを言ってヤツ当たりしたりもする。主人公の男性はともかく、ずいぶん苦労していた男もいたよ。
ともあれ、二十世紀後半の中国はこんなだったんだ。日本人は第二次大戦後、平和でのんびりした生活を送ることができたので、こういう悲惨を知らない。中国人は、次々と変わる政治情勢に翻弄されながら、やっとのことでサバイバルした。もちろん、サバイバルできなくて命を失った人もたくさんいた。命を長らえた人々にも、悲しい出来事がたくさんあっただろう。
経験を共有しているときだけ、言語が疎通すると思っている。パートナーさんと私とが話し合えるためには、経験を共有していなくてはならない。だからこの映画に誘ったのだ。しばらくは機嫌が悪いだろうが、そのうち、この映画をネタに話し合える時がくるだろう。政治的な嵐に翻弄される状況は、一種のスピリチュアルな危機だと、私は思っている。そういう意味で、いくつか話し合わなければならないことがあると思うんだ。そのためには、この映画を見ておいてもらわなければね。しかし、ご機嫌が予想より悪いので、ちょっと参ったな。
唯骨論
2002年06月04日(火)
頼藤和寛『人みな骨になるならば』(時事通信社)を読みおわった。思想的な人間の知的骨格は、10代後半から20代前半に作られるものなんだね。学生時代に話し合っていたことが、それほど発展せず、ただ証拠になる文献はうんと分厚くなって、主張されている。結局、次のようなことが言いたかったようだ。
このように、われわれがしでかすあらゆることが無駄になる。「全てには意味があり、この上なく重要なのだ」といった言明も、同様の妥当性をもって提唱できるだろう。しかし、それは願望の表明でしかないがゆえに信憑性を欠く。「何かは無駄かもしれないが、それ以外に無駄でないものがある」というのが聞き慣れた常識だろう。だが、これもまた「何が無駄でないのか」について人々のあいだで見解が統一されず、論争の火種になるだけのことである。結局のところ全てが無駄であると観るほうが、永遠や宇宙をひきあいに出した時に一層真実味があり、また自他に欺かれるリスクに最小にできそうである。
しかし、これまで何度か指摘してきたように、「全て」が何々であるというのは、実は何も示していないことと同じである。確かに全ては無駄なのだが、その中でわれわれはどんな無駄を選ぶのかというのが問題なのである。そして、無駄と知りつつ何かに熱心に取り組むことができるかどうかが、われわれの人生の質を決めることになる。いや、むしろ「なにをしても無駄」と覚悟していることが、「それでも、なおこれをする」という決断に重みを加える前提でさえある。信者がお百度を踏むことは単に迷信と御利益の期待に基づくだけだが、ニヒリストがお百度を踏むとすればそれには相当深い意図と決断が隠されているはずなのだ。(pp.230-231)
知的な誠実さを追い詰めた結果、こういう結論に達したようだが、私は彼よりもうちょっと動物的なので、知というものをそれほど信じない。知というのも、ライオンの牙や鳥の羽根と同じ、適応のための道具にすぎないだろう。だとしたら、誠実に事実と向かい合うニヒリストよりも、自己欺瞞的に宗教や政治や経済を盲信する大衆のほうが、適応がいいじゃないか。だとすると、知的誠実よりも自己欺瞞のほうが、脳の本来の使いかただぜ。
ま、そうはいうものの、私も知的に誠実な生き方のほうが好きだが。なぜなら、スピリチュアルな生き方を求めていて、しかも知的誠実さというのがスピリチュアリティの骨格だと思っているからだ。彼もそうだったのだが、自分のしていることがきわめてスピリチュアルな探求だということに、気がついていたのだろうか。『唯骨論』の提唱者だから、「スピリチュアル」という言い方は、いずれにせよ嫌いだったと思うがね。