コモンセンス 野田俊作
コモンセンス
2002年06月16日(日)
朝、広島から福岡に来て、講演をした。話の中で「大きな物語」が崩壊したこと、物語が「コモンセンス」を作るので、コモンセンスも崩壊したこと、アドラーはコモンセンスの養成を重視したことなどを話した。たとえば、「人に迷惑をかけてはいけない」ということをコモンセンスとして子どもに教えなければならない。
ところが、これに対して、「何が迷惑で何が迷惑でないかは、話しあわないとわからないじゃないか」という質問があった。こういう質問が出ることが、まさに「大きな物語」が崩壊していることを示している。今から50年ほど前なら、何が他人に迷惑であるかは、話し合うまでもなく自明だったと思う。こういうことについて、大人が自明性を見失っていることが「非常識な」若者たちを作っているのだと思う。
別の質問で、「『大きな物語』が崩壊したということは、多様な価値観を認めるということで、いいことではないか」というのがあった。私はそうは思わない。哲学者が「大きな物語」というのは、キリスト教とかジェントルマンシップとか儒教道徳とか、そういった、多かれ少なかれ超越的な、価値の根源のことだ。それらが死んでしまうと、資本主義(=拝金主義)という不道徳な物語だけが生き残っていることになる。それに対抗するものが何もないのだ。「多様な価値観」などというアイデアは、結局は大勢順応主義、ことなかれ主義、ミーイズムでしかないと思う。
アドラー心理学は、ある意味で、きわめて保守的だ。コモンセンスという言葉が、イギリスのジェントルマンシップと関係してできてきたことを考えると、よくわかる。産業革命後勢力を持つようになった平民の有産階級が、それ以前に権力を握っていた貴族たちの道徳的堕落を批判しながら、ジェントルマンシップというものを作り上げた。それは、急速にヨーロッパ社会全体に広がって、たとえばトルストイの『アンナ・カレーニナ』に出てくる、アンナの夫のカレーニンは、いかにもジェントルマンだ。良くも悪くもね。
ジェントルマンシップは、一方ではヴィクトリア朝風の形式主義とも結びついていたので、形式主義に流れ、偽善的だった。アドラーはその部分を「自己欺瞞」という概念でもって批判しつつ、コモンセンスのいい部分だけを取り出そうとしたのだと思う。しかし、なんだか、そういうのんびりしたアイデアでもって救済できる時代じゃなくなってしまった気もする。人類の未来は大丈夫なんだろうか。
粟国島
2002年06月17日(月)
博多から那覇に来て、そこでパートナーさんと落ち合って、その夜は那覇に泊まって、今朝の飛行機で粟国島に来た。カウンターにある量りで体重を量られてしまった。それによって乗る場所を決めるのだそうだ。天候不良で、飛行機が飛ぶかどうかちょっと心配したが、なんとか飛んだ。10人乗りの双発プロペラ機で、パイロットのすぐ後ろの席に座った。パイロットの席の隣にも一人お客さんがいる。ベンチシートで、ちょうどタクシーのようだが、幅はうんと狭くて、2人座るといっぱいだ。ダイビング器材は先に宅急便で送っておいたが、持ってこなくてよかった。とても乗せるスペースはない。操縦席のメーターを覗くと、時速110ノットで飛んでいる。約200キロだ。のんびりしたものだ。20分間ほどで粟国空港に着く。着陸が、なかなか迫力があって怖い。
ホテルから車で迎えに来てくれる。ホテルに着いて、ダイビングショップに電話をかけると、歩いてくるように言う。ホテルのおばさんは、「あの店は迎えに来てくれないんですよ。もう一軒の方は車で来てくれるんですがね。だから、うちに先に予約されたお客さんには、もう一軒の方を紹介しているんです」と言う。あらま。
ショップに行って手続きをするが、風が強く、かなり波がある。1時間ほど待機したが、結局ボートは出せないことになって、今日はダイビングはできない。ショップの人が気の毒がって、午後から島内観光をするという。
ホテルに帰ったら、昼食が作れないという。そのかわり、ホテルの車を貸してくれて、それで食堂へ行くことにした。食堂といっても、別の民宿だ。そこのおじさんが、「日帰りか?」と聞く。「いいえ、○○に泊まっています」と言うと、「あそこは昼食が出ないし、高いので、はじめて来た人は泊まるけれど、二度目からは泊まらない。うちへ泊まればよかったのに。三食つきで安いよ」と言う。ううむ。
洞寺という鍾乳洞、マハナ展望台というところ、それに粟国塩の工場へ行った。おのおの、それなりに面白かった。ダイビングのガイドさんが運転してくれたのだが、彼の話のほうがもっと面白かった。
話1:この島では、10年程前までは天水を溜めて使っていた。石をくりぬいた天水桶を置いておくのだが、それを犬や猫が舐めてはいけないので、島には犬は持ち込み禁止だった。ただ、食べるために移入することはあって、那覇から船で運んだが、その場合には3日以内に殺さないといけないことになっていた。今は海水淡水化装置で水を作っているので、犬も飼えるようになった。ダイビングショップに2匹犬がいるが、村人は、「いつ食べるのか?」と聞くのだそうだ。
話2:この島は今でも、土葬でも火葬でもなくて、昔ながらの風葬なんだそうだ。お墓のそばを通るとき、この話になった。ついこの間亡くなった方がいらっしゃるんだそうで、臭いがするので、お墓には近づけないんだそうだ。3年すると洗骨して骨壷に納めるとか。