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スレッドNo.929

心理職の資格    野田俊作

心理職の資格
2002年08月12日(月)

 鈴木二郎「臨床心理技術者の資格のあり方に関する研究」という文書が手元にある。ある経路から入手したのだが、別にマル秘文書でもなさそうだから、ここに引用しても問題は起こらないのじゃないかと思う。
 5ページの薄っぺらい報告書なのだが、中を読むと、ただの研究報告ではなくて、心理職の資格について厚生労働省が考えをまとめるための公式研究班があるらしく、そこの平成13年度の報告書らしいことがわかる。「らしい」というのは、どうも文面だけからは、そのあたりのことがはっきりと断定できないのだ。故意に厚生労働省との関係をあいまいにするように書いてあるようにも思える。あるいは、そうではなくて、それ以前の報告書にそのあたりの記載があって、もうわかったものとして省略してあるだけなのかもしれない。
 著者の鈴木二郎氏は、研究班の班長で、班員は以下のごとし。
鈴木二郎(国際医療福祉大)
東 洋(日本心理学会)
荒田 寛(日本精神保健福祉士協会)
大森秀夫(日本精神科看護技術協会
岡谷恵子(日本看護協会)
河合隼雄(日本臨床心理士会)
黒川由紀子(老年学研究所)
斉藤慶子(戸田病院)
坂野雄二(日本心身医学会)
谷野亮爾(日本精神病院協会)
樋口美佐子(全国児童相談所心理判定員協議会)
松尾宣武(慶応義塾大学)
穂積 登(東京精神科診療所協会)
三村孝一(日本精神病院協会)
宮脇 稔(全国保健医療福祉心理職能協会 )
山崎晃資(日本児童青年精神医学会)
 これに、厚生労働省の課長クラスが加わり、文部科学省からオブザーバーも来ている。しかし、日本精神神経学会の代表がいないのは、どういうわけだろう。なにか経緯があるんだな。ともあれ、エラい人たちがずらっと並んでいる。
 この研究班が、病院等で働く心理職のための国家資格がどうあるべきかについて議論したそうで、この文書では、その経過がきわめて簡潔に報告されている。その、きわめて簡潔な報告の中に、河合隼雄氏を名指しで、以下のような文章がある。

 この国家資格をきわめて限定した領域に留めるため、医療保険施設にかかわる範囲に限定した資格とすることに同意した。これは名称独占の資格である。しかし、日本臨床心理士会の代表河合隼雄委員(平成13年度のみ出席、それまでは代理として乾吉佑氏)は、繰り返しこれに強く反対し、横断的資格を作るべきであると主張し、記録に留めることを求めた。その理由は、このような限定した資格であっても、いったん資格が出来ると、類似の資格が出来にくいということと、医療保険の分野に限定すると、後述するように医師の指示に従うことになるということである。基本的に臨床心理行為は、医行為とは別のものであるという考え方があると思われる。
 河合委員(あるいは代理)は、極論すれば、臨床心理業務は医行為とは、全く別であると主張したり、(中略)いわば歪曲した認識で主張を展開された。つまり医療保健施設において、医行為と臨床心理行為が混在し、あるいは協力しあうものであるという認識ではないと思われる。しかし、精神療法(心理療法)は、少なくとも病む人を対象にすれば、明らかに医行為であり、精神科医はそれを実践しているのである。一方、精神科医は、薬物だけで治療するとか、人を見ないで病気しか見ないといった認識不足の発言があった。
 精神病院からの委員からこの〔医師の〕指示の線は変えられないという強い意見があった。これにたいし、河合委員(その代理者)は、指示という文言は、絶対に受け入れられないので、記録に留めて欲しいと要望された。理由は、さきの臨床心理行為は、医行為とは全く別であるという点と臨床心理士の独自性を侵すという点にある。また医師がすべて責任を持つという考え方は、パターナリズムに基づいているが、そういう考え方は、現代の社会に合わないのではないかという指摘もされた。
 わずか5ページの報告書の中に、河合氏の悪口をこれだけ書くということは、鈴木氏は河合氏のことをそうとう怒っているようだ。たしかに、河合氏と日本臨床心理士会の主張は、彼ら自身が発表している文書から読み取ってさえ、さまざまの点で、ひどく非現実的なものではあると思う。また、河合氏が、そのような非現実的な意見をこの委員会で言いつのったであろうことも理解できる。しかし、それにしても、鈴木氏は河合氏に完全に腹を立てているようで、主観的な意見というか、悪意というか、をはっきりと書かれている。公式の報告書に、こんなことを書いていいのだろうか。
 事情のわからない人のためにすこし補足しておくが、河合氏らの日本臨床心理士会と、その背後にある日本心理臨床学会は、「臨床心理士」という国家資格を作ろうとしている。この資格は、以下のような特徴を持っている。
 医療福祉の現場だけではなく、心理職がかかわるあらゆる現場(たとえば学校カウンセリング)で通用する。
 臨床心理に関する仕事は臨床心理士の独占業務であって、他の職種のものは臨床心理に関する仕事をしてはならない。
 医療福祉の現場においては、医師と心理士は対等かつ独立であって、心理士は医師の「指示」のもとに業務をおこなうのではない。
 これに対し、厚生労働省は、「医療保健心理士」という資格を作ろうとしていて、それについては次のように主張する。
 厚生労働省の管轄である医療と福祉の現場にだけ限定した資格を作る。
 心理相談は医師や看護師もおこなうので、心理職の独占業務ではない。
 医療福祉の現場においては、心理士は医師の指示のもとに業務をおこなうべきだ。

 私は心理職ではないので、まあ、どっちに決まってもいいのだが、いずれにしても早く決まって欲しいと思う。国家資格がないままで働いている心理職の友人がたくさんいるが、資格がないと、さまざまの問題が起こる。たとえば、役所だと行政職採用だったりして、一般事務職に配置転換されるかもしれない。あるいは、給与表の上でも不利益があるかもしれない。あるいは、専門性を認められていないので、職場内での立場が弱い。あるいは、一定水準の技術を持っていることを保証されていなくて、ひどく質の悪い人も混じっている。などなど。
 それが、こんな感情的なもつれのために、いつまでも結論が出ないでいるとしたら、それはとても困ったことだと思う。ま、この報告書のおかげで、どんなにくだらないイガみあいがおこなわれているのかが垣間見られて、それはそれで面白いのだが、しかし、面白がっていてはいけない話題なんだよ。



山に祈る
2002年08月13日(火)

 10月におこなわれる日本アドラー心理学会の総会の余興でコーラスをすることになっていて、そのための楽譜を探しに、大阪駅前第二ビルにあるササヤという楽譜専門店へ行った。あまり収穫はなかったのだが、清水脩『山に祈る』(音楽之友社)という楽譜を見つけて、つい買ってしまった。学生時代に、ちょっと思い出のある曲なのだ。
 この曲は、ダークダックスというクワルテットのために作られたのだと思う。朗読つきの合唱曲で、山で遭難する若者たちの物語を歌っている。歌詞が引用できるといいのだが、著作権の問題があるので、想像してもらうしかない。楽しい尾根歩きや満天の星のもとでのキャンプから、吹雪になってビバークするが、やがて力尽きて亡くなっていく。なんでも、ある大学の山岳会が遭難して、そのときの遭難者が残したメモ帳をもとに詩が書かれているとか。そのためか、妙にリアルなのだ。
 大学の2回生のときだと思うが、指揮者がこの曲をとりあげた。私は、山で死ぬ曲を歌うのがいやで、ステージには出ないですむようにお願いして、かわりに照明係をした。登山をしない人にはただのおとぎ話かもしれないが、実際に山に登る者としては、つらすぎるのだ。舞台の上で泣いてしまう。
 そういうわけで、この曲を歌ったことがない。しかし、山に登るとき、その一部を歌っている自分に気がつくことがある。曲そのものが嫌いというわけじゃないんだ。古臭い音楽なんだけどね。

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