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スレッドNo.943

仕事をまかせる    野田俊作

いつのまにもう秋(2)
2002年09月12日(木)

 出勤前に日本橋(にっぽんばし)の電気街へ寄って、東京のオフィスで使うパソコン周辺機器を買い込む。秋葉原は土地勘がないので、大阪で買って持っていく。おかげで家電量販店のポイントが貯まって、同じ系列のCD屋さんでオペラのDVDが無料で入手できる。しかし、なんとなく会社の金を着服しているような気がする。
 大阪のオフィスでは、夕方になって仕事が終わってから、オペラのDVDをかけて見ている。家では見られないのでね。今日はワーグナーの『タンホイザー』の3幕を見ていた。スピーカーがパソコンのおまけなので、音が悪い。いいスピーカーを探そう。
 夜になって帰宅して、朝干しておいた沢登りの道具を取り入れる。風が涼しい。都会でも秋になったようだ。先日言及した立原道造の詩の全文を引用する。

   また落葉林で

いつの間に もう秋! 昨日は
夏だった……おだやかな陽気な
陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに

おまへが私のところからかへって行つたときに
あのあたりには うすい紫の花が咲いてゐた
そしていま おまへは 告げてよこす
私らは別離に耐へることが出来る と

澄んだ空に 大きなひびきが
鳴りわたる 出発のやうに
私は雲を見る 私はとほい山脈(やまなみ)を見る

おまへは雲を見る おまへは遠い山脈を見る
しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼ざし……
かへつて来て みたす日は いつかへり来る?

 昭和13年、詩人26歳の詩だ。翌年3月、亡くなっている。最初の4行はかなりよく覚えていたが、次からは恋の終わりの詩だということを忘れていた。全体を読むと、あまり好きじゃないな。「私らは別離に耐へることができる」などという言い回しは、昭和13年には、そう不自然じゃなかったんだろうか。なんとなくドイツ語の直訳みたいな言い方だ。最後の「かへって来て みたす日は いつかへり来る?」というのも、妙に翻訳調だ。そういう翻訳調に生硬なところがこの詩人の語法なのだが、私はそういう日本語が好きじゃない。これは立原道造が悪いわけでも私が悪いわけでもなくて、相性が悪いということだ。彼がおそろしく力のある詩人だということは認める。



トラブル続出
2002年09月13日(金)

 東京にいる。東京のオフィスのコンピュータのCD-ROMドライバを、CD-Rの書き込みができてDVDを見ることができるものに入れ替え、関連するソフト(Easy CD Creator 5 とPower DVD)を入れると、ものすごく調子が悪くなった。やたらにハングアップして、CTRL+ALT+DELを押しても再起動できない。しかたなく電源スイッチを切る。
 あれこれ調べているうちに、ノートン・システムワークスを見つけた。私はこんなものを入れた覚えがない。東京のスタッフは技術水準が高いので(?)、私の知らない間に入れたのだろう。これがトラブルの原因かもしれないと思い、監視体制を可能な限り解除する。それでいくらかマシになった気がするが、なお調子が悪い。
 そのうち、増設メモリが64メガしか入っていないことに気がつく。これが原因かもしれない。さしあたって増設メモリは手に入らないので、あきらめて、CD-ROMドライバを元のものに戻した。
 ところが、今度はISDNが反応しない。さまざま試行錯誤したが動かないので、間に合わせにアナログ電話線をつないだ。作業から離れて、しばらくしてふと気がついて、ターミナルアダプタの電源を切って再起動するとISDNは回復した。なんでもない故障だったのだが、頭が煮詰まっていると、最初にすべきことに気がつかないで、複雑なことばかり考えてしまうものだ。
 とにかく、今回は作業は中止だ。次回来るまでに、大阪で必要な部品を手に入れてこよう。ついでにハードディスクも増設しよう。技術水準の高いスタッフが4ギガ足らずのCディスクをすぐに一杯にするのでね。



仕事をまかせる
2002年09月14日(土)

 東京で仕事が終わってから、仲間10人ほどとインド料理屋へ行った。いつもだと私が注文をするのだが、東京のスタッフ2人に注文してくれるように頼んだ。この人たちは、人数を見計らって適当な量をみつくろうのが苦手で、ひどく多すぎたりひどく少なかったりすることがこれまでにあって、信頼していなかったのだが、そんなことを言っているといつまでたっても成長しないから、まかせてみることにした。さいわい、ちょうどよい量がきた。
 この前キャンプに行ったときも、テント設営や料理などをベテランメンバーにすべてまかせて、私はサボっていた。なにもすることがないので酒を飲んでいたら、食事ができるころにはすっかり眠たくなっていた。滝を登るのも、トップはやめにして、後からロープでつないでもらって登る。これは楽でいい。行き帰りの運転は好きなので、ほとんど自分でするけれど。
 半世紀「お兄ちゃん」をして暮らしてきたが、それだと弟や妹がいつまでたっても育たないので、そろそろ引退しようと思っている。仕事面では、ずいぶん前から、あまり積極的に前に出ないようにしている。急に手を引くと困るだろうから、何年もかけてだんだん影を薄くしている。仕事だけじゃなくて、遊びも後ろに引っ込んで、人をひっぱるのはほどほどにしようと思う。ゆっくりと世代交代していかなくては。

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