スライドの効果 野田俊作
スライドの効果
2002年10月27日(日)
アドラー心理学基礎講座の講義で6時間喋った。これまでは、スライドもノートもなしで、すべてアドリブで喋ってきたが、今回からスライドを用いている。スライドを使うと、記憶の一部が外部に固定しているわけだから、自由に脱線しても、ちゃんと元へ戻れる。その分、話が面白くなったか、あるいは単調になったか、私自身は判断できない。学会発表では若いころからスライドを使ったが、そのときは脱線するのが目的ではないので、ひたすら一直線に真面目に喋る。講義は、時間もたっぷりあるので、あちこちフラフラさまよってもいいのだが、今回ははじめてなので、まだちょっと臆病で、そんなに思い切って脱線していない。この点では、スライド使用の効果が薄いかもしれない。だから、かえって面白くなかったかもしれない。
しかし、面白いにせよ面白くないにせよ、聴衆にとっては、すくなくとも私が要点だと思っていることがスライドに提示されているわけだから、本題と余談の区別はつきやすいだろう。私にとっても、ミニマム・リクワイヤメントを漏らさないという利点はある。なにもなしで喋るのは、それはそれで楽しいが、後で、「しまった、あのことを言っていない」ということがないではない。
スライド使用の主な目的は、こういう個人的な問題よりも、他の講師にも同じスライドを使ってこの講座をしてもらうことだ。アメリカでは共通のシラバスを使って講義しているが、パワーポイントのほうが印刷されたシラバスよりも便利だと思う。安上がりだしね。何回か使って洗練させて、共有財産にしようと思っている。
さすがに6時間の講義は、体調が悪いときには疲れた。帰宅して夕食をとると、すぐに寝てしまった。寝ついたのは8時過ぎか。11時半ごろまた起きてきて、これを書いている。歩くのでは疲れないが、喋るのは、呼吸の統制が難しいのかもしれない。あるいは脳の酸素消費量が増えるのが問題なのだろうか。
論文の美学
2002年10月28日(月)
論文2報のうち1報はほとんど書きあがった。アドラー心理学と20世紀後半のさまざまの心理療法の関係について論じたもので、かなり厄介な内容だ。たくさん引用をつけてずいぶん格好よくなったのだが、まだなんとなく締りがない。もうちょっとドラマチックにしたいんだ。出だしからアレグロで読者を驚かせ、いったん基礎的な概念をアンダンテで説明し、そこからすこしずつ盛り上がってクライマックスがあって、次第に落ちついてモデラート・カンタービレのコーダで終わるという風にね。今はなんだかデコボコしていて、どうもよくない。書くべきことはすべて書かれているのだが、構成がよくない。私はそういうことがとても気になるのだ。
明日はこっちはおいておいて、もうひとつのほうを書こう。醸し出すと、いいアイデアがわくかもしれない。ひとつのは、まだ骨子しかできていないが、こちらはまったく心配していない。私の知っていることを書けばいいだけのことだから。それに、書くのがとても楽しいテーマだし。たぶん明日中に書きあがると思う。
探していた本
2002年10月29日(火)
帰り道、職場の近くの駅前で古本市をしていた。なんとなく入ってあれこれ見ているうちに、E・S・ガードナー『レスター・リースの冒険』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を見つけた。この本をもう10年以上も探していたのだ。例の父親の本棚にあって、中学生か高校生のころに読んで、とても面白かったのだ。その後、その本は行方不明になった。早川書房の新書版の本だったのだが、絶版になっていて、入手できなかった。今回見つけたのは文庫本だ。後で文庫本になって再版されたということらしい。
ガードナーというと弁護士ペリー・メイスンのシリーズが有名なのだが、この本の主人公レスター・リースは泥棒だ。それも思い切りお洒落な泥棒で、贅沢な暮らしをしている。スカットルという助手が実は警察の回し者なのだが、その目の前でまんまと盗みをする。ユング心理学風に言うとトリックスターだ。子ども時代にわくわくして読んだ本が、いま読んで面白いかどうかわからないが、論文書きが終わったら読んでみようと思う。
もっとも、論文を書いている間も本をまったく読んでいないわけではない。電車の中などで『リヒャルト・シュトラウス/ホフマンスタール往復書簡全集』(音楽之友社)をすこしずつ読んでいる。ホフマンスタールはある日とつぜん戯曲の全体像を思いつくこととか、R・シュトラウスはときどき間違って「と書き」に曲をつけてしまうとか、両者がかなり激しいやり取りをして台本を作り変えながら、できた分からどんどん作曲していくとか、舞台裏のさまざまのことが伺えて楽しい。