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スレッドNo.976

学級運営が空回りしている息子の担任を助けたい

Q
 息子(小5)の担任(40歳男性)のことです。学級の運営は空回りしています。先生の対処が感情的であったり先入観であったりするので、子どもと先生の距離がどんどん遠くなり、子どもは先生を好きでない。一部ののんびりした子や手強い子を憂鬱に思っています。息子は自発性にすぐれ、学ばなくてもアドラー的生き方をしています。野田先生、「ほんならええやないか」と言わないで、息子の担任だから母親の私にできることを教えてください。
 私が先生に言いたいこと。空回りを先生に気づかせたい。「上靴が汚い」「エプロンが汚い」「着替えが早くできない」などと、細かいことを言わないでほしい。どんなタイプの子どもにも話をよく聞いてやってほしい。話さない子を増やさないでほしい。子どもたちが先生のところへ話を持っていくと、「チクリだ」と言ってそのことを非難します。それを気づいてほしい。私は担任を助けてあげたい。

A
 「担任を助けてあげたい」というのは、これは余計なお世話です。
 2つ言おう。すぐ1つとか2つとか言うところが賢いねえ。
 1つ目。親と教師と子どもと三角関係がある。今、相談者は親です。このとき、「教師─子ども」の関係はお母さんには触われない。自分と子どもが仲良くなることはできます。自分と教師が仲良くなることもできます。でも、教師と子どもが仲良くなるお手伝いは、原則としてできない。他人の課題だから。
 絶対にできないかというと、ある条件のもとではできる。それは、先生が困って、「何とか僕はクラスの子どもと仲良くなれないでしょうか、ひとつ相談に乗ってくれないでしょうか」「では乗ってあげましょう」ということになれば手伝える。
 カウンセラーの仕事がそうです。われわれがアドバイスできるのは、向こうが頼んでくるからです。契約ができて、こちらがコンサルタントだと向こうが認めてくれるからです。この先生はお母さんをコンサルタントして認めてくれそうに思わない。したがって、たぶんどんなことをしてもこの先生は変わらないでしょう。
 アドラー心理学のカウンセリングは強力だと思う。受けられるとまあ利益があるだろう。これは当たり前みたいに思われるかもしれないけど、そうでもないんですよ。よそへ行くとどんなにスカみたいかわかるから。ここだとカウンターパンチを入れられたりして痛い目に遭いますけど、とにかく「体が何をしていけばいいか」がわかります。僕のところへ来たら、「子どもを愛してあげなさい」と言われることはない。「あなたは愛が足りないからもっと子どもを受け入れてあげなさい、愛してあげなさい」と言われたら、愛してあげようと思っても具体的にどうしていいかわからないでしょう。僕のところでは、そんなふうに言わないで、例えばご飯ちゃんと食べたら、「食べてくれて嬉しいと言いなさい」。お手伝いしてくれたら、「助かったと言いなさい」とか、具体的に「体が何をすればいいか」を言う。しかも「心は伴わなくていい」と言う。“幸せは心こもらぬ言葉から”。「口先アドラーをまずやりなさい」。やっているうちにこっちも向こうも本気なるから。それは実行可能です。で、すごく強力なカウンセリングだと思う。
 じゃあ、望まない人はどうか?親御さんが、イヤがる子なんかを無理やり引っ張ってくるとダメですね。向こうにニードがないから。あちら側が困っていて、変わりたいと願っていれば強力です。全然願ってない人には何を言っても聞こえない。この先生は願ってないかもしれない。「こんなもんだ」と思っているかもしれない。また願っていても、自分の生徒の親に相談しようとは思わないと思う。だからダメ。諦めてください。
 2つ目。子どもとの関係を良くすることにしっかりエネルギーを使ったらどうか。それと、先生と仲良くするのにエネルギーを使ったらどうか。先生を改造する計画はお捨てになったほうがいい。(野田俊作)

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