MENU
165,329

スレッドNo.982

近所づきあいについて考える

Q 
 最近、アルバイトを始めました。その職場に近所の人も勤めています。その方とは仲が悪いわけでも良いわけでもない。今までおつきあいはほとんどなかったのですが、何となく気詰まりです。ご近所の関わりと職場の関わりは別のほうが無難かなと、いろいろ考えてしまいます。仕事自体は楽しくやっています。

A
 「考える」というのは何のためか?人間は、だいたいマイナス向きに考えます。そもそも「考え」の役割がそうで、何か新しいことを始めるとか一歩を踏み出すとか、違う展開に持っていくためには考えない。できるだけ保守的に、今までのやり方を続けるとか、元へ戻るとか、逃げ出すために考える。それが悪いとは言わないけど、考えるという人間の心の働きの役割は、だいたい保守的です。
 逆に、感情というのはある場合には革命的です。結婚なんか理性的に考えたらできないよ。1人の女の人と結婚したら残り全部ダメなんですよ。どんなにオッパイが大きくてウエスト細くても、子どもを2,3人も産んだら全部垂れ下がって腰は太くなるに決まっている。すぐわかる。若い男の子がじっくり冷静に考えると、絶対に結婚できない。それを恋愛だとかで目がくらんで、感情でもってつい結婚する。それで、今日まで種族を保存してきた。
 いつも感情的なことと理性的なこととが車の両輪になって、バランスを取っている。ここでこんなふうに、近所の人と職場が一緒だとイヤだなと考え始めると、きっと消極的な結論になって、例えば仕事を辞めるとか、その人とお友だちにならないようにするほうへ行くに決まっている。こういうのは、考えるという力を大変つまんない使い方をしていると思う。別に考えなくてもいいんじゃないですか。なるようにしかならないから。私は、あまり消極的に考えたくないので、神様仏様のお計らいだと思うことにしている。神も仏も実は信じていないのだけど、神様仏様のお計らいだと思うと、何となく自分で自分を説得できる。近所の人と同じ職場に勤めた。これは神様仏様のお計らいで、きっといいことなんだ。ここでこうやって働いていると、自分の勉強になることとか自分が成長するとかお友だちが増えるとか、何か得することがあると思うからこういうことになっているはずだから、ひとつどんな得するか見てみよう。そうすると、あんまり臆病にならないで、勇気を持って新しい状況へ入っていけるんです。私の場合はね。
 この質問者がそれで元気になるかどうかはわからない。でも、自分が元気になって、自己勇気づけして新しいことを引き受けていくほうが、きっと面白いことが起こっていくと思う。この方がおいくつかわからないけど、年を取ると、新しいことを始めるのが億劫になる。何となくやっていて今まで暮らしてこられたんだから、今さらやったことのないことを始めなくていいじゃないかと思う。そんなことを思っていたらきっとボケますよ。新しいことに挑戦したほうがいい。危険を引き受けていったほうがいい。勇気づけの“勇気”とは危険を引き受けること、リスクテイキング、賭をすること。絶対に安全路線を取らないこと。安全・確実・有利は進歩も喜びもないから。この人といっぺんつきあってみてください。すごくイヤなことも起こるかもしれない。何しろ賭ですから。損することもあるでしょう。でも、たぶんいいことのほうが起こりそう。初めから臆病になってたくさん考えないこと。考えは臆病の印ですから。(野田俊作)

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top