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スレッドNo.993

猫の死

猫の死
2002年12月04日(水)

 パートナーさんの飼い猫のシャクティが、今朝午前2時に死んだ。血統書つきのアビシニアンだ。10歳だったから、まだ老猫というほどの年ではない。
 夏ごろからなんとなく食欲がなかった。やがて体重が減り始めたので、獣医さんと相談したら、慢性膵炎だと言う。猫には慢性膵炎が多いのだそうだ。副腎皮質ホルモン剤を使いながら、高カロリーの餌に変えたが、薬の効果はあまりなくて、それほど食べない。体重は減り続け、数週間前から自力ではほとんど食べなくなった。そこで、獣医さん指導のもと、パートナーさんが注射器で強制給餌していた。それでも体重は減る一方だった。私は猫の病気はわからないが、どうも慢性膵炎じゃなくて、癌じゃないかと思った。猫に悪性腫瘍があるのかどうか知らないけれど、症状は人間の末期癌に似ている。
 強制給餌するためには、パートナーさんは外泊することができない。シャクティはとても気の強い猫で、パートナーさん以外の人にはそれほどなついていない。私などが触ろうとすると、恐い顔をしてハーッと息を出して脅す。それでも餌をねだったりはするのだが。子どもたちは私よりはもうちょっと許してもらっているみたいで、抱くことくらいはできるが、とても注射器で餌をやったりはできない。「こうして餌をあげていると、いつかよくなって、自分で食べるようになるんだろうか」と私が言うと、彼女も「どうなんだろうねえ」と言っていた。日に日に衰えていくシャクティを見て、二人とも、そう長くはないなと思ったのだけれど、口には出さなかった。猫は人間の言葉がちゃんとわかるみたいだし。
 数日前、病状が改まって、水を入れた容器の前に座って飲もうとするが、吐き気がするのか、口をつけなくなった。食事を与えても嘔吐するようになったし、吐物の中に血液が混じっているようなので、獣医さんに連れて行って血液検査をすると、腎不全だと言われた。尿毒症だと思って最近の症状を見ると、かなり納得できる。癌の末期に尿毒症になるのはよくあることだ。月曜日に獣医さんに行って、その晩は泊まり、火曜日に帰ってきた。行ったときはまだ歩いていたが、帰ってきたときは寝たきりだった。点滴をしていたが、もうあまり意味がないと私は思った。ときどき痙攣する。眼は開いているが、意識があるのかどうかよくわからない。「痙攣がひどくなったら安定剤を注射してください」と、注射器をもらってきていた。たぶんバルビタール剤だろう。動物の安楽死に使う薬だ。
 人間だったら、意味がなくても最後まで治療する。しかし、動物は、ある時点で安楽死させてあげるほうがいいのではないかと、私は思う。回復の見込みがあるかどうはかは、医者にはかなり高い確率でわかる。それでも100%じゃないので、人間の場合は安楽死というわけにはいかない。しかし、動物だったら、ごくわずかの「ハズレ」があっても許されるんじゃないか。もっとも、パートナーさんに安楽死薬を注射させるのはむごいので、私がしようと思う。殺生はやはり殺生だからね。むかし研究室時代に、たくさんのマウスやラットを安楽死させたので、ここで猫1匹分カルマが増えてもかまわないだろう。
 12時ごろまで看病していたが、私は先に寝た。午前2時、パートナーさんが来て、「シャクティの息が止まったみたい」と言う。起きだして、懐中電灯で瞳孔を見ると、完全に散大している。頚動脈も触れない。安楽死の必要はなく、苦しまないで自然死した。
 死亡確認をして、点滴をはずし、枕経を読むことにした。医者も坊主も一人でするわけだ。本物の坊さんが臨終のときになにを読経するのか知らないが、正法眼蔵『道心』と『生死』を読んだ。両方とも、臨終のときに読むのにふさわしい内容だ。ただ、残念なことに、人間用に書いてある。道元禅師は人間の菩薩だったので、人間の言葉で人間用に書いた。猫の菩薩がいらっしゃれば、猫用の経典があるのにな。『地蔵菩薩本願経』かなにかに、地蔵菩薩は六道を輪廻して出会う衆生を済度すると書いてあったので、猫にも転生するかもしれない。そんなことをなんとなく考えながら読経した。子どもたちも起きてきて、みんなで通夜をした。
 きれいな箱に入れて、花を買ってきて入れ、好きだった鰹節とチーズを入れ、シャクティがこの家に来たときからのお気に入りの猫ジャラシも入れた。パートナーさんはかなり落ち込んでいる。

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