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スレッドNo.2018

アニメ「逃げ上手の若君」

「逃げ上手の若君」
第12話(最終回)「がんばれ時行、鎌倉奪還のその日まで」
https://anitubu.com/archives/post-84382.html

>兵力差はあっても煙幕やら水計やら孤次郎に助っ人させたりやらで、そこそこの戦にはなりましたが、諏訪に逃げのびて再起を志す時行の目からすると、シぬこと自体が目的の戦は許しがたいようで。
撤退戦では、郎党3人それぞれ活躍し、最後は時行の逃げ上手が味方の武士団にも伝播して生きる希望を与える明るい結末に至りました。その点が特に大きな収穫だったでしょうか。

撤退の際、女性や子供を先に逃がすとか、不利な状況にあって保科弥三郎が実に天晴な態度であったでしょうか。他所の「エル・ファシルの英雄」を思わせます。
https://anicobin.ldblog.jp/archives/53385820.html

追手が二手に分かれて背後を突こうとした…、と思ったら玄蕃の変装でした、って、一体どこですり替わったのやら。
https://img.anitubu.com/imgs/2024/09/29/fPstmlsTiZJEcCx.jpg

弧次郎は、戦場で一撃離脱の大活躍。くわえて、戦陣で知り合いを作る大切さを学んだようです。もっとも、今回知り合ったおじさん連中は、もう「集中線」「四角」「化け物(オバQでしょうか?)」「ハゲ」で済みそうですけれど。
そして、敵の巨漢との一騎打ち。ここで本当に一人で勝っても熱いですが、おじさんたちが助力で勝つのも戦術として真っ当で、覚えておきたいところです。
そして、家来を大切にする時行のお陰で弧次郎は名前を覚えておいてもらっていて、まとめ役をしてくれた時行の大将としての器も発揮されたものかと。

国司はただひたすら戦場を混乱させるばかりで、ここは無能な司令官を生かしておく、という吹雪の計略が見事に生きました。これで貞宗や市河との確執が生じれば好都合ですが、はたして。

そして、時行と郎党、そして保科等の多くが生き延びられましたが、考えるまでもなく、落ち延びられたに留まる負け戦、ここからどう反転攻勢に出られるのか。
とはいえ、保科が江戸時代の保科氏とのことで、よくも動乱の時代を生き延びたものでしょうか。
徳川秀忠の四男を養子に迎えたそうですので、以後は血統的には徳川一門の親藩とのこと。
ですが、保科の名跡が残ったのはたしかに弥三郎が頑張ったからでしょうか。
「保科弥三郎(逃げ上手の若君)」>「史実」
https://dic.pixiv.net/a/%E4%BF%9D%E7%A7%91%E5%BC%A5%E4%B8%89%E9%83%8E%28%E9%80%83%E3%81%92%E4%B8%8A%E6%89%8B%E3%81%AE%E8%8B%A5%E5%90%9B%29#h2_3

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年09月29日 13:06)

>宗教心が薄いと言われがちな日本人ですが、少なくともこの一向一揆が跋扈した時代までは決してそんな事はなかったんだろうなと思えたり。
信長が一向一揆を鎮定したと思ったら、次はキリシタンを脅威と感じて秀吉がバテレン追放、信徒弾圧ですから、当時の宗教の存在感は大きかったのでしょうね。
「信長のシェフ」でも、宣教師の思惑が描かれていますが、国内の一向一揆にすら手を焼いたのですから、外国の後ろ盾があったら、そりゃあビビるだろうなと。
「「南蛮」の野望と「信長」の本音が今、手を結ぶー梶川卓郎「信長のシェフ」29」
https://takafam.com/weblog/2021/05/12/nobunaga-chef-29/#google_vignette

>視聴者から見れば悪役丸出しのような敵将でしたが、武者として一軍の将として孤次郎から見て感じるものがあった人物だったようで。
大将の首を取れば大手柄ですが、彼に教えられたことに敬意を表して首をそのままにしたのは、好感が持てました。

>確か武田信玄の信濃攻略を経て旗下に加わった信濃衆にその名を聞くことがありましたし。
>「保科氏」>「武田家臣時代から近世大名化」
ご紹介どうもありがとうございます。
「クレオパトラの日々」の作者の方も戦国物を描いているのですね。戦国時代にも「諏訪頼重」がいたとは、やはり南北朝時代の頼重に敬意が払われていたということでしょうか。

ふと以前に採り上げたことのある「哄う合戦屋」を読み返してみたら、終盤に武田晴信と対抗するために、諏訪の豪族たちの連合軍ができ、その大将が小笠原、そして副将は(主人公の主君の)遠藤と、もう一人が仁科。
そして、仁科は合戦の最中に武田方に寝返り、味方は総崩れ、という展開でした。
こういうところも、仁科の生き残りの鮮やかさでしょうか。そして小笠原とは敵同士というのも、歴史の因縁を感じさせます。

>さすがに松平容保は養子であるため、というか江戸期の大名は大概どこかの段階で養子が入る事が多いので血筋の上での直系子孫というわけにはいきませんが。
情報ありがとうございます。明暦の大火のときの保科正之など、幕閣の中でも抜きん出ていたみたいですね。
そして、松平容保は仁科の後裔に当たるわけですか。でも、仁科流の生き残りを策するなら、もっと日和りそうですが、徳川の一門になって、そちらへの忠義一徹になってしまったのですね。武家社会最大の勝ち馬である徳川についたがために、次の時代には苦労することになるという、歴史の転変を感じさせられます。
一方では、徳川四天王の一つ井伊氏が、「風雲児たち」で描かれたように、桜田門外の変の後に減封されるという扱いに腹を据えかね、戊辰戦争では早々に官軍側についたりと、去就も様々なものでしょうか。
https://x.com/korakuyoshi/status/1133673826787528704
(追記)
「戊辰戦争で井伊は官軍に立って徳川と戦った」
https://agora-web.jp/archives/2030105.html

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年10月02日 00:04)

「逃げ上手の若君」
第12話(最終回)「がんばれ時行、鎌倉奪還のその日まで」

>敵方にとってもけっこう厄介な相手でしょうか。戦国時代で言えば、一向一揆のようにシを恐れない敵というのは。
ご紹介ありがとうございます。
宗教心が薄いと言われがちな日本人ですが、少なくともこの一向一揆が跋扈した時代までは決してそんな事はなかったんだろうなと思えたり。

>撤退の際、女性や子供を先に逃がすとか、不利な状況にあって保科弥三郎が実に天晴な態度であったでしょうか。他所の「エル・ファシルの英雄」を思わせます。
同盟軍を引き合いに出されると。それこそ女性子供をほったらかして自分だけとっとと逃れるようなマネをしていたなら、リンツ少将のような悪評を背負う憂き目を見ていたのでしょうか。

>そして、敵の巨漢との一騎打ち。ここで本当に一人で勝っても熱いですが、おじさんたちが助力で勝つのも戦術として真っ当で、覚えておきたいところです。
視聴者から見れば悪役丸出しのような敵将でしたが、武者として一軍の将として孤次郎から見て感じるものがあった人物だったようで。
小笠原貞宗をはじめ、悪役丸出しなキャラであっても人として武士として何かを感じさせるものを持っている事があったりしたのも、この作品の特徴だったでしょうか。

>とはいえ、保科が江戸時代の保科氏とのことで、よくも動乱の時代を生き延びたものでしょうか。
確か武田信玄の信濃攻略を経て旗下に加わった信濃衆にその名を聞くことがありましたし。
「保科氏」>「武田家臣時代から近世大名化」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E7%A7%91%E6%B0%8F#%E6%AD%A6%E7%94%B0%E5%AE%B6%E8%87%A3%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%8B%E3%82%89%E8%BF%91%E4%B8%96%E5%A4%A7%E5%90%8D%E5%8C%96
「ここから風林火山」(柳原満月)
https://www.cmoa.jp/title/140027/vol/2/

>徳川秀忠の四男を養子に迎えたそうですので、以後は血統的には徳川一門の親藩とのこと。
あるいはコミックの「風雲児たち」では保科正之や松平容保はこのような描かれていたり。
https://x.com/tarareba722/status/1242612559280128000
https://x.com/gekkancomicran/status/1144439629212336128
さすがに松平容保は養子であるため、というか江戸期の大名は大概どこかの段階で養子が入る事が多いので血筋の上での直系子孫というわけにはいきませんが。

引用して返信編集・削除(未編集)

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