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スレッドNo.145

GW中の読書

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 「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
 「わたしは二百歳まで生きようと思っている」
 「恋愛なんて他人事だと思っていたから、好きと言われるのは不思議な気持ちだ」

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 いろいろ手を出してみましたが、何と言っても面白かったのはこれかな(↓)
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 口調から『デパプリ』の菓彩あまねが思い出されて、終始頭から離れませんでしたw(天然なところも共通しているし)。この手の作品のキャラクター造形だと、主人公がチート能力マシマシの超人だったり、他人の言葉に一切耳を傾けないコミュ障の性格破綻者だったりというのが定番だと思うんですが、全然そんなことはありませんでした。

 主人公成瀬あかりは確かに変わり者ではあるものの、若干空気が読めない「器用貧乏」な秀才といった程度の存在。一見すると周囲の思惑などどこ吹く風とばかり孤高のポジションを占めていると映るが、いざ唯一の理解者である幼馴染(島崎)が引っ越してしまうと聞いた時は落ち込んで勉強も何もかも手に付かなくなってしまうし、これまで自分の奔放な言動で相手を振り回してきたことを反省し謝罪できるほどに自己を客観視出来てもいる。一方で地元への訪問客は彼女なりに誠心誠意もてなすし、自死を企図しているリーマンにわざわざ声を掛けて思いとどませるほどにお節介焼きでもある。更に将来の夢というか野望が「大津にデパートを建てること」なだけあって地元の夏祭りイベントでは率先して司会進行を務め、持ち芸を披露するなどして盛り上げ役にも徹する。それら一つひとつのディテールが成瀬というフィクションに確かな存在感と魅力とを与えている。

 作品冒頭に語られる老舗デパート(西武大津店)の閉店に象徴される、地元民にとっての「原風景」の喪失に加え、ここ数年に亘り続いた「コロナ禍における自粛」という制約下で「今出来ること」を全力で楽しむ中高生の姿を追いかけた(やや大袈裟な言い方をすれば)記録文学としての側面もあるのかなとつらつら考えながら一気に読了しました。成瀬が中二から高三へと成長する時系列に沿って作品世界が進むため続編を求めるのは正直難しいかもしれませんが、御大の言う「おもしれー女」をもう少し見てみたいなというのが正直な感想です。

 因みに帯は商業戦略上、例によって各界の著名人の方々の数行コメントで溢れかえっているのですが、一番共感したのは『ナイルパーチの女子会』の作者・柚木麻子さんの「可能性に賭けなくていい。可能性を楽しむだけで人生はこんなにも豊かになるのか。」ですね。大きなことで無くていい、今出来る「ちょっとやってみたい事」に全力で取り組んでみると、世界の見え方は確かに変わって来るのかもしれません。


>『運動の神話』
>著者の自分語り多すぎて草

 下巻は先に借りられていたため上巻のみ読了。仰る通り著者の自分語りと脱線が多くて肝心の論旨が頭に残らないw。一章の「不必要な運動を避けようとする古代からの強力な本能」のお蔭で「多くの人々(狩猟採集民も含めて)が運動を避けるのも当然である」とか、四章の「八時間睡眠の必要性は神話」に過ぎず「七時間程度の睡眠をとっている人は、それ以上またはそれ以下の睡眠をとっている人より長生きする傾向があることが裏付けられてきている。」とかの指摘は面白かったです。


>動画の中にあった走るのと歩くのとでは消費カロリーが同じっていう記述は無かったように思う

 上巻(特に第五章)を読む限り、私も無かったと思いますね~。下巻については分かりませんが。


>ニーチェとジャパニーズJK
>どの思想もかいつまんで説明すると「それなりに生きてれば誰でも学ぶ」ことでしかない

 まぁ確かに、哲学の啓蒙書ってそういうところありますよねぇ。本書の末尾にも触れられていましたが、結局は自分の人生の処方箋を自分自身で書くための素材というか、取っ掛かりを提供しているに過ぎないとも言えますね。

 話しは変わりますが、本書p.352のショーペンハウアーの言葉『運命がトランプのカードをシャッフルし、我々が勝負する』って…これアレですよね、恐らく『ピーナツ』の中でのスヌーピーの名言「配られたカードで勝負するしかないのさ…..それがどういう意味であれ」の元ネタですよね?


>気を使い過ぎて言いたい事が言えない
>最近の子供の実情に寄せている感じ

『スマイル』のれいか留学回での5人揃って大号泣の描写から随分と変わりましたよねぇ。これも時代の変化によるものなのか、単に『スマイル』が涙成分多めだったからなのか…?

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