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ファンの考察と妄想が捗る

>タイムスリップ
 普通に考えて衣食住をどうやって賄うのか、学校は?(そこはジェット先輩がやってくれそう) 主人公が異邦人になるけど、家族とのエピソードとか深堀りしづらくなるのでは? などなど作劇に工夫が必要になりそうですよね。
 なにより2026年からではなく27年からのタイプスリップ設定。完全に最終回基準やんけ。


>みことが~良い意味でファン(キミ)の中に埋没したキャラ
 もう一回くらいメイン回があると期待してたけど、裏切られましたw


>鉄道とか路線バスとか好きな人多い
>規則性と予測可能性が高いから安心できる
 そういうイメージはあったけど、なるほど、そういう親和性なのねw


>報われる保証が欲しい
 これは不安のリスクもそうだね。予期不安。予期期待。予備の予備を持とうとする心理というのか。


>ティファの美プラ
 作中でGコン持ってたかなぁ?w 所持品少ないからしょーがないんだろうけど、リップでも良かったような。


>不可逆少年
 読了。つまり運悪く環境が悪いところに生まれてしまった人間と、生まれながらの欠陥品は違うってことだね(明快)

編集・削除(編集済: 2026年01月16日 14:07)

タイムスリップに全部持ってかれた。

 未来に行くなら現行法から逃れる為と考えられますが、27年前に行くとなると果たしてそこは「不思議の国」になり得るのか?という疑問がありますね。
 メイン視聴者の幼女先輩にとっては、産まれる前の世界だからどうとでも弄れるかも知れませんが、恐らくサブターゲットの親や大友にとっては、自分が幼女先輩をやっていた世界になる訳で…果たして何処まで世界観を弄れるのか…
 つか、99年が「不思議の国」枠だとしたら、主人公の日常パート的にいつまで居る事になるのか…最長滞在記録はみらいの魔法界滞在期間になりますが、遂に不思議の国で一年を過ごす主人公が現れる時が来たのでしょうか…?(ハレワタールさんの逆説的一年滞在期もありはしますが…)

 序でに変身アイテムが時計モチーフですが、時間操作能力があるとしたら探偵にとってはチートアイテムこの上ないのでは…(苦笑)

>街に降り続ける黒い花びら
 一年中咲き続ける変な形の桜の木(桃がなる)が更に変色した!!…とか植物学者的には逆にキラッキランラン案件なんだよなぁ…w

>最終決戦のイニシアチブを完全に握っている
 最早応援の音頭を執る後方支援担当すら必要無いっていうね。
 みことがそのポジションになると思っていた頃が懐かしい…良い意味でファン(キミ)の中に埋没したキャラですよね。

>その奥から巨大な腕が
>最後の敵ダークイーネの出現
 次回は開口一番「あんなに大きい座席用意してないよ!」で決まりだなw(名推理)


>考察と批評
 確かに中々しっくりくる説明ですね。特に批評はレビュアーの個性を楽しむものだと自分も思っています。(だから点数とか星とかに意味は無いとも思う。)
 考察は自分でするから他人のを見る気にはなれないし、考察そのものに大した意味や価値があるとも思ってないですね。何なら「公式が解釈違い」もアリだと思ってます。
 作品は観た時点で観た人のものだと思います。つまり、公式だろうと誰だろうと俺の世界を破壊するんじゃねぇ!ってこってすね。
 要は考察は遊びでやってます。報われるのを期待するもんじゃない。

>報われたい
 更に進んで「報われる保証が欲しい」時代だと僕なんかは思いますけどね。
 例えば「ドラえもんののび太が将来天才になる」なんて妄想は昔からありましたが、今ではのび太より出木杉の方が人気があるクラスタがあったりする。
 「報われないのび太が、いつか報われる」というリスキーな物語よりも、「出木杉ぐらいハイスペックなら、流石に報われるだろう」という成功が保証された(様に見える)キャラクターに魅力を感じる様になってると思いますね。


>駅前でよく見かける人たち
 そういえば、僕の行ってる作業所でもそうですが、このテの人達って鉄道とか路線バスとか好きな人多いですよね。
 「何で?」ってChatGPTに訊いたら、「規則性と予測可能性が高いから安心できる」と答えられました。
 更に感覚過敏に対しても、刺激が予測できるお陰で耐えられ易いそうで、これは成る程と思いましたね。

 「鉄道やバスは、動く機械であると同時に、秩序が目に見えるかたちで流れていく存在です。その流れが、ASDの人の思考や感覚と、美しく共鳴する。そう考えると、この嗜好はとても自然で、むしろ人間的です。」

 …と最後に纏められていました。


>「機動新世紀ガンダムX」30周年記念企画第一弾
 SNSでいきなりトレンドに上がってて何事かと思ったら、唐突にティファの美プラが発売されたそうでw
 全国のファンがガロードに罪悪感を感じながら、あんな事やこんな事をして遊んでいる背徳感が見ていて面白いw
 付属品も無駄に多く、担当者の本気が伝わってきますねw特に表情パーツに2話で絶叫してた時のあの顔を採用したのは分かってる人の所業www

編集・削除(未編集)

令和最新の平成アニメ

・敵ポジション
・黒を基調としたゴシック
・杖持ち
・変身前は銀髪
・クールな面持ち

 キュアアルカナ・シャドウちゃんの一人勝ちやんけ。
 なお、私はキュアミスティックちゃんのニーソに頬ずりしたいと思いました。


 折角なんで明智小五郎シリーズの一冊『蜘蛛男』を読んだんですが、集英社の「明智小五郎事件簿」シリーズは現代訳されているのか非常に読みやすかったです。
 ただ、内容が現代のミステリとはだいぶ毛色が違う。終始犯人である「蜘蛛男」が警察を翻弄し好き放題。真打ち登場とばかりに出てきた明智もポカミス連発でうだつが上がらない。結局あっさり犯人が自害して幕引き。現代の感覚で読むとフラストレーションが溜まる内容。
 ChatGPTに聞いたら、この当時のミステリは怪奇犯罪スペクタクルで探偵はどちらかというと「常識と理性を代表する市民的存在」ということでした。少年探偵団(と怪人二十面相)の方も一応手を出してみるかな。


>メタ発言
 今作は敵への倫理コストをゼロまで下げているので、一切悩まないんですよね。悩むくらいならライブしようぜって発想になる。敵に悩まなくても味方(とのお別れ)に悩むパターンもあるんだけど、今作はそれもない。徹底して主体的にライブしようぜで一貫している。


>必要なのは、自分らしさではなく、自分的なキャラクターである
 それを聞いて思い出すのは土井隆義『キャラ化する/される子どもたち』 http://isshuu.blog.fc2.com/blog-entry-983.html ですね。
 この本は2009年に書かれたものですが、今見ても古さを感じない論考だと思います。当時は携帯端末やSNSが今ほど普及していなかったので物理空間(学校)に比較的限定されていたと思いますが、現在はそれがネット空間に無制限に拡大している。土井氏が述べている「類友」を「界隈」に読み替えるだけでほぼ通じるのはその証拠でしょうね。

 両名の主張に共通しているのは現代人の過剰なコミュニケーション環境だろうと思います。要するに接続が切れない。現実の友人とリアルで接して、SNS上でも「いいね」し合う。既読スルーもできない。人間は多かれ少なかれ状況に合わせてペルソナ(外面)を取り繕うけど、これが24時間付けっぱなしになってしまっている。こうなると他人軸になりやすい。
 ChatGPTがさくっと纏めたのが以下。


【まず前提として何が変わったのか】
 三宅氏や土井氏が共通して見ているのは、「自分は何者か」という問いに対して、内側から答えをつくるより、外側から与えられる反応によって暫定的に確定させるほうが合理的になった、という状況です。
 かつては、学校・会社・家族・地域といった枠組みが半ば強制的にアイデンティティを与えてくれました。不自由ではあるけれど、「自分はここに属する誰かだ」という最低限の答えは自動的に手に入った。しかし今は、その枠組みが弱くなり、自由度が増した代わりに、「自分で自分を定義し続けなければならない」状態になっています。

【なぜ「他者基準」が有利になるのか】
 この環境で内面基準を持ち続けるのは、かなりコストが高い行為です。自分なりの価値観を言語化し、それを守り、ズレた評価にも耐える必要がある。一方で、周囲に合わせれば、少なくとも「大きく間違ってはいない」という安心が即座に手に入る。
 ここで重要なのは、同調が「弱さ」ではなく、「リスク回避として合理的」だという点です。正解が可視化され、逸脱が即座に指摘・共有される環境では、他者に合わせることは自己防衛になります。評価経済のなかで生きる以上、評価を落とさない行動を選ぶのは、かなり自然な判断です。

【人間関係が「セーフティネット」になった】
 もう一つ大きいのは、人間関係そのものが生活の安全装置になっていることです。仕事、情報、居場所、承認、娯楽、その多くが人づて・コミュニティ経由で手に入る。すると、人間関係を壊さないことが最優先課題になります。
 土井が言う「自己肯定感を他者の反応に委ねる」状態は、感情の問題というより、生活構造の問題です。関係を失うリスクが高すぎるからこそ、空気を読み、ズレを最小化し、「この界隈の正解」に寄せていくインセンティブが異常に強くなる。


>この時代に生まれなくて良かった~
 これは友人とも話しますね。俺らの世代ってSNS世代から外れてるから楽だよなって。
 まあ、私レベルのシゾイドだとどの時代でもこんなもんかもしれないけど。


>『汝、星のごとく』
 読んでないけど、アマゾンレビューが5000オーバー。発売後3年経って仙台市図書館にも26冊あるのに未だに70人待ち。すごい人気作だね。手が空いたら読んでみるか

編集・削除(編集済: 2026年01月13日 20:16)

明智小五郎と小林少年が出所なんですね <江戸川乱歩『少年探偵団シリーズ』

 まぁ読んだことは無いから何も語れないんですけれどw(苦笑)。それはそうと森亜るるかの元ネタは何だろうな…ひょっとしてモリアーティ教授かしら?(←完全な悪役じゃんw)


>名探偵プリキュア!

 タイムスリップの要素を入れて来るとは驚きだなぁ。メインの舞台を前世紀末(1999年)に設定した必然性って何なんでしょうか(時代考証も大変だろうし)?しかも主人公と相棒とでリアルでの年齢差が28年ということはほぼ親子と言ってもいいほど違っている訳ですから、ジュネレーションギャップ的な話題も出すつもりなのかなぁ… 探偵モチーフのせいなのか、本編開始前から既に謎だらけですねぇ(笑)。


>メタ発言
>わざとやってますね
>うたが「キミ」と言うときカメラ目線になっています

 みのりんパイセンのネタ回含め箸休め的に使用した事例はこれまでもちょいちょいありましたが、作品テーマそのものにガッツリ絡めてきたのは、何気にシリーズ初かもしれないですね。


>三宅香帆『考察する若者たち』

 読了しました。前著の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』よりは論点が絞れていて同意出来る点も多かったかなという印象でした。第一章の「考察と批評の相違」から論を展開していった件とかはちょっと面白いなと思いましたね(なお紹介頂いた動画は、思考がブレるので敢えて観ていません)。

◆◆◆

 批評の時代から、考察の時代へ。いま、そのような変化が起きているとするなら、背景にはいったい何があるのだろう?…… 考察には、作者が提示する(とされる)「正解」がある。『君たちはどう生きるか』を観て、モデルとなった人物を推察すること。『変な家』を読んで、不可解な間取りの理由を考えること。…… これらはすべて、作者から提示された「正解」がある。

 一方、批評に「正解」はない。『君たちはどう生きるか』を観て、眞人の母が眠り続けている理由を考えること。『変な家』を読んで、なぜ本作の最後にムラ社会的なテーマが入り込むのか考えること。…… そこに「正解」はない。

 だからこそ、批評にはゴールがない。

 せっかく批評しようと頑張って努力しても、正解がなければ、その努力は報われない。だが考察には、正解がどこかにあるため、「わざわざ努力する価値がある」のではないか。報われやすく、やりがいもある。…… 令和。それは、物語を楽しむことにすら「報われること」を求めてしまう時代なのではないか。(第1章「批評から考察へ」p.43~45より抜粋)

――

 「報われたい」という欲望が、現代の若者を読み解く一つの鍵である。…… アイドルのライブを楽しむだけではなく、アイドルを応援した結果がほしい。ドラマを楽しむだけではなく、考察が当たってよかったという正解がほしい。仕事の面白さだけではなく、仕事で成長できたという証がほしい。アニメを観ることを楽しむだけではなく、アニメを履修したという事実がほしい。

 ― 報われたい。

 行動の報酬、つまり「報われポイント」が見えていた方が安心して行動に移せる。実体験に対して報われ度が見えるものに、若者の手は伸びる。(第8章「ググるからジピるへ」p.167~168より抜粋)

◆◆◆

 私は引用した両作品ともそれぞれ未視聴・未読ですが、確かにネットニュースとかで「連続ドラマの今後の展開を考察する」といった惹句付きの記事を目にすることが増えた気がしますね(『VIVANT』とか『名探偵津田シリーズ』とか)。そして三宅氏は更に以下のように論を進めます。

◆◆◆

 …… テレビや新聞や雑誌のようなマスメディアが文脈を紡ぎだしていた時代は、皆が知っておくべき作家がいた。しかしマスメディアの力が弱まり、プラットフォーム全盛期になったいま、むしろ皆が知らないけれど面白そうな内容のほうが重視される。作家名はそこにはいらない。

 つまり付帯文脈のある固有名詞とは、マスメディア時代のものだったのだ。「この固有名詞に意味がある!いま皆が知るべき固有名詞はこれだ!」と言っていたのは、テレビや新聞や雑誌のような、皆が見るものだった。

 逆にプラットフォームの時代においては、人それぞれ好きなものを見ればいい。そうなると、皆が知るべき固有名詞なんて消失していく。ただただ、アルゴリズムのおすすめだけが、ある。

 そして面白いのは、たしかに「考察」と「批評」の違いも、固有名詞の有無にあるということだ。作者の正解を当てる考察文化は、誰が考察しているかは重視しない。SNSや動画で考察動画を観るとき、考察者の思想の個性を求めはしない。わかりやすさは必要かもしれないが、考察者の価値観や解釈の個性は必要とされない。

 しかし批評文化では、解釈は人それぞれ違う前提になっているので、むしろ批評家の個性こそが必要とされる。小林秀雄、柄谷行人、吉本隆明など過剰なまでに固有名詞が意味をもつのが批評文化だった。…… (しかし)自分らしいことは、プラットフォーム社会では、価値ではなくなっている。なぜなら自分らしすぎると、それぞれの世界に最適化できないからだ。

 つまり現代において、自分らしさとは、生きづらさになっている。なぜなら「界隈」化がどんどん進んでいく時代にあって、こういうふうに生きるのがこの界隈では正解だ、といううっすらとした最適解が共有される時代になった。すると最適解から外れた自分らしさは、正解をもてない生きづらい自分に変わってしまう。最適解から外れるとすなわちそれは生きづらさになってしまう世界に、私たちは生きている。…… 必要なのは、自分らしさではなく、自分的なキャラクターである。…… もともと特別なオンリーワンであることよりも、適性の正解、最適化する方法を教えてもらえるラベリングのほうが、報われやすい。…… 大げさに言えば、そういう風潮がうっすら広がっているように私には見える。(第9章「自分らしさから生きづらさへ」p.191~205より)

◆◆◆

 「他人の評価はさて置き、私は○○がいいと思う」みたいに自己の意見や感情を曝け出したところで“いいね!”を貰えるどころか、「それってあなたの感想ですよね」と一刀両断されるし、挙句はAIにまでもやんわりダメ出しされるしでちっともいいこと無い(=報われない)から、個性なんてあったところで世渡りしていく上では邪魔になるだけ ― と若者が感じざるを得ない風潮がますます勢いを増しつつある、という理解でいいのかな?どの程度正鵠を射た現代社会分析なのかは兎も角、肌感覚として何となく理解はできますね。

 私の場合読書の傾向も含めて「己の感性について他者からの同調や共感なんて貰えないのが当たり前」と思いながら小中高と大きくなった(恐らく「この道」に首を突っ込んで以降その傾向は一層強化された)ので、正直「ふーん、今の若者もそれなりに大変ですね、この時代に生まれなくて良かった~。」と、(愛娘二人を念頭に置きつつ)どうしても上から目線で見てしまいます。実にヤな父親ですねw。


>今週の読書

 ● 五十嵐律人『不可逆少年』https://amzn.asia/d/0dqGgdP

 著者は『法廷遊戯』の人で、これが二作目に当たります。冒頭部からてっきり未成年サイコパスを扱ったありがちな猟奇殺人モノかと思っていたら、いつの間にか「毒親家庭の下でそれでも前を向いて生きて行こうとする健気な高校生たち」を軸に据えた、まるで凪良ゆうの『汝、星のごとく』を思わせる「ほろ苦い青春小説」要素が主体になったのには驚きました。場面転換・物語展開などは相変わらずぎごちなさを感じるものの、前作より人物描写も総じて掘り下げられているように思いますし、主人公(とその周辺)が家庭裁判所の調査官(Vtuberのかなえ先生みたいなイメージ)というのもチャレンジングな試みで好感が持てました。取り敢えずおススメということで。

 なお作品の重要なモチーフとして「神経犯罪学」なる実在の学問分野が登場します(私は初耳でした)。邦訳書としては巻末で著者が参考文献の筆頭に掲げているコレ(↓)があるくらいでしょうか(今日借りて来た)。

○ エイドリアン・レイン『暴力の解剖学 神経犯罪学への正体』https://amzn.asia/d/arHgHWE

 (↑)訳者あとがきによると「脳や自律神経系などの生物学的な構造や機能の欠陥が、いかに反社会的性格を生み、ひいてはその人を犯罪に至らしめるのかを研究する(p.558)」らしいのですが、この引用だけでも分かる通り「(少年に限らず)教育的手段では更生出来ない犯罪者が一定数存在する」との認識の下、従来犯罪学においてタブー視されてきたテーマを扱う“センシティヴな”学問分野みたいですね。まだ未読(しかも本編だけで557ページ…)なので、時間と体力が許すようならまた後日プレゼンしますねw。

編集・削除(編集済: 2026年01月12日 23:09)

精神的な保険の支払いが過大な社会

>変身能力剥奪で強制卒業の流れ
 おっと、去年の無能上司の悪口はそこまでだ。


>ココア
 前にバンホーテンの1リットルパックを買っていた時期もあったんですが、最近はスーパーで見なくなりましたね。


>Z世代論の動画





 全部見ると長いから、各自AIで要約するなりして。
 この動画に限らずZ世代論の共通項として「正解(最適解)を求める」「失敗したくない」がよく指摘されてますね。これはおそらく情報の(歪な)可視化が要因だろうと思います。SNSで成功体験やマウンティングが横行していること、反対に失敗(炎上)なども強調されること、それらが合わさって「どこかに正解があるはずだ」「成功している人がいる」という先入観が加速している。
 安い物を買うときですらAmazonレビュー見ちゃうけど、その感覚があらゆることに広がっているってことなんだろうね。何ならこの文章書くためにAIにファクトチェックかけさせているからね。この見立てでどう? 補足意見ある?ってな感じで。
 あとは社会が成熟したことで成功ルートと失敗ルートがほぼ出来てしまっていて、一代で成り上がるイメージがなくなっているのもあるかな。成功や失敗もシステム化される(と思えてしまう)と個人の裁量が感じにくくなる。

 これが悪魔合体すると「正解が存在したのに、それを選ばなかった(選べなかった)自分が悪い」になるから自己責任論が悪化する。で、正解を求めるのループになる。


>東畑開人『カウンセリングとは何か 変化するということ』 https://amzn.asia/d/afeW4RW
 新書で400ページはちょっと長いな。しかも妙な喩えや修飾が多くて読み疲れる。まあ、要するに一番のカウンセリングは愚痴を聞いてくれて、ときどき本音で指摘してくれる友人を持つことだね。特にメタ認知が低い人。

 大抵の人は勝ち(その人のデフォルト)パターンを擦り倒す。処世術でも思考法でも。それは人間が自分が得意なことで、そして楽な方法でやろうとするから。現実を自分の形に無理やりはめ込もうとする。結果として思考・行動が固定化して加齢とともに柔軟性を失う(私の言葉で言うと性格が悪化していく)。
 で、どっかで躓く。基本的にこの手のパターンは同じことを繰り返す。だから同じ負け方をする。その起源が幼少期や親にあったりなかったりするんだけど、本人に自覚がないとそれを掘り起こすのに時間がかかる。……って話。

編集・削除(編集済: 2026年01月07日 20:15)

こころのアホ毛観てるだけで二周目終わるなw

 新年明けましておめでとう御座います。今年もまぁ無理の無い程度に。

>ウインクははなみぃちゃん推し
 おせちを前に物欲しそうなはなみぃちゃんにすかさず小皿を差し出し、はなみぃちゃんが食べようにもカメラを気にするとアップで前に出てインターセプト…
 これが…ガチ勢の動き…!!

>ココア
 ココアってストレートで飲む前提じゃないのか、砂糖とかミルクとか面倒臭いんですよね。下手すりゃ珈琲より美味しく淹れるの難しそうで苦手です。

>会話そのものは終盤のソレなのに微塵にも悲壮感がない
 言われてみればそんな感じもしますね。てっきりお約束通りラスボス倒したら変身能力剥奪で強制卒業の流れ…とばかり思ってましたが…
 考えてみれば、その後(映画客演とかの都合もあって)変身能力は取り戻すんですよね。だったら強制卒業の件要らなくね?っていうのはそれはそうだし、ドラマに必要無ければ端折ってしまうのも道理だと思いますね。

>この世界の住人雰囲気に流されやすすぎだろ
 藤子先生のヒーローものとかでもよく見る、「助けられる側がクズ問題」に近いものを感じます。
 要は「こんな掌ドリルな連中の為に、何度も何度も歌って踊るのバカらしくなんねーの?」って批判ができる。
 ただこれももうプリキュア側が先手を打っているというか、作品テーマ的にも双方向性が確保されているので、その確認にしかならない気がしますねぇ。

>ダークイーネの闇を感じるカズマ
 カズマから裏が取れちゃう事が今回分かったので、完全にアイドルプリキュアの闇営業(本業)その他諸々は、カイトに情報共有されるでしょうね。
 という事は最終決戦でも何らかの役割があると考えられますが、はてさて何をさせる気やら…

>プリキュアvs怪盗(男子)
 「奴はとんでもないモノを以下略」とかやりたくてウズウズしてそうだよなw

>シリーズ本編で「登場人物が視聴者に呼び掛ける」メタ発言を行う
 トロピカルの「10本立て」のみのりんパイセンとか。


>冬アニメ
>「勇者のクズ」
 どういう経緯で知ったのかすっかり忘れてしまったけれど、Twitterでフォローしてる人にエラく心酔してる人が居るんですよねぇ。
 ただの「アンチ勇者もの」にしか見えませんが、はてさてその実態は…?

>昭和リバイバル
>これ系でヒットしたものってあったかぁ?
 鬼太郎とか?
 後はおそ松さんが結構イイ線行ってた気がしますね。三、四期はやったんだっけ?

編集・削除(編集済: 2026年01月06日 20:42)

じゃあ2コメ目GETでw

 2026年も宜しくお願い申し上げます。


>「約束したの!アイドルプリキュアは何があってもキミを!」「キラッキランランにするって!」
>作中および現実の視聴者に向けてメッセージを送っている

 「TV(orスクリーン)の前のお友達へ」と断ってこそいませんが、劇場版のミラクルライト関連以外、しかもシリーズ本編で「登場人物が視聴者に呼び掛ける」メタ発言を行うのは極めて珍しい事例のように思いました(『スイート』のクイズ回でのキュアリズムぐらいしか思い浮かばない…他にあったっけ?)


>はからずも双方のメディア戦略対決になっている異色の戦い

「キラキラ」VS.「クラクラ」で、はなみちタウンの一般人から獲得した票数の多い方が勝者ってことですかね?なんか紅白歌合戦的な様相を呈してきましたね(笑)。


>『名探偵プリキュア!』

 舞台は約十年後のはなみちタウンで、今度は妹のはもりの方を主人公にする可能性も微レ存(名探偵はもりん回は伏線だったということで)。こうすればアイドルニーズは「現メンバーを(オトナプリキュアでやったように)適宜若返らせて客演の形で使う」ことで満たされるのではw?(我ながら名案&迷推理)。


>キャラも話も淡白

 (↑)私も全く同感だったので、ここは一つ古典に戻ってみました。

 ●オノレ・ド・バルザック『娼婦の栄光と悲惨 ― 悪党ヴォートラン最後の変身―』(四部構成) 1838―1847年発表
  https://amzn.asia/d/ikoEBZC
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 『ゴリオ爺さん』・『幻滅』に続いて、いわゆる“悪党ヴォートラン三部作”の掉尾を飾る作品です。全二作を上回る大量の登場人物に加えて、ほぼ200年近く前のお世辞にも読み易いとは言えない装飾過多の回りくどい文章を延々826ページ読まされるのには中々骨が折れましたw(社畜には長期休みぐらいしか読む機会が持てないものですから)。

 何と言っても、およそ考えられる限りの悪事を全て犯してきたにも拘わらず、ヴォートランという強烈なキャラクターが放つ「悪の魅力」をこれでもかとばかりに活き活きと浮かび上がらせ、通常なら勧善懲悪を期待するであろう読者(私)すら味方に付けてしまうバルザックの筆致には驚かされるばかりです。だからこそクライマックスで(一徒刑囚の身の上にも拘わらず)海千山千の検事総長相手に大胆にも「司法取引」を持ち掛け、手持ちの「交渉カード」を巧みにチラつかせながら丁々発止の息詰まる対決を行い、遂には検事総長から「治安警察のトップ」に任じるとの言質を取り、その命令通り「およそ15年間の間、その職責を行使した」とのある意味“バッドエンド”を迎えても、私の場合モヤモヤ感よりはむしろカタルシスを覚えるんですよね。

 ― なんて、今やどこぞの発展途上国を舞台に構えたとしても「リアリティが無さすぎる、書き直し」と編集者からダメ出しされそうな衝撃の展開ですが、フランス革命&ナポレオン第一帝政の余燼まだ消えやらぬバルザックの執筆当時はそうでも無かったようですね(↓)。以下は巻末対談・フレンチドリームの栄光と悲惨 池内紀×山田登世子からの抜粋です。

◆◆◆

 池内:結局、一代で成り上がった男の物語が成り立つということは、逆に小説が書かれていたころにはすでに、そういう可能性がほとんどなかったということでしょう。

 山田:もう終わるんですね。娼婦も銀行家も小説家も全部、一代で成り上がる時代なんですが、それの終わりの時代に位置しているんです。

 池内:小説の舞台のころには、つまりラスティニャックとかリュシアンとか、ああいう青年が野心を抱いてパリにやってくるわけですが、そういう野心そのもに、わりかし現実性があったわけですね。

 山田:バルザックが至るところで言っていることですが、ナポレオンの果たした役割が大きいんです。ナポレオンは、無から成り上がった。それで、出版界のナポレオンとか、法曹界のナポレオンとか、ナポレオンだらけになる。そういうことを夢みさせた、一種のフレンチドリームが生まれたんです。…… バルザックの実人生そのものからしてそうです。それでこの小説は、一代記の極限を、娼婦版(エステル)、銀行家版(ニュシンゲン男爵)、それから青年版(ラスティニャック、リュシアン)と、その挫折と夢を描ききっているんですね。それと悪人(ヴォートラン)で、悪人も一代ですね。一代で転身するということがありえた、そんな時代の終わりなんです。黄昏なのだということをバルザックはわかって書いていた。

 池内:ヒーローがありえた時代の最後と言うことですね。…… 結局、この舞台は主に王政復古[ナポレオン失脚(1814)から七月革命(1830)まで]ですね。それまでのアナーキーな状態とナポレオンのある時期が終わって旧に戻るという、いわば空白時代。そこで急にいろんな地位とか金がワッと手に入るかのような幻想が生れてきたんですね。…… たかだか15年。ただ、そのあたりから確かにぐんと変わりますね。…… 法的な整備が非常に進んでいって、急速に世の中全体が一種、官僚化していったんです。

◆◆◆

 誰しもがフレンチドリームを夢見た激動の15年間か。本邦に喩えるなら先の大戦直後から所得倍増計画発表あたりまでをイメージすればいいのかな?離れて見ている分には面白そうですが、その場に身を置くのは私なら断じてお断りさせて頂きたい時代ですねぇw(苦笑)。

編集・削除(未編集)

今年最初の初コメゲット(インターネット黎明期的なノリ)

>未就学女児向け&成人女性向けニーズ
 プリキュアvs怪盗(男子)vs怪人って形式には落とし込みやすそう。


↓ChatGPTのDeepResearchの結果
 教育関係者や児童心理の立場からは、探偵・ミステリ要素は幼児の好奇心・探究心を刺激し、発達に好影響を与えると指摘されている。千葉市の子どもの参画ガイドラインでも、「探検・探索は宝探しの探検家か謎解きの探偵になったような気分で入り込んでいく」と明記されており、遊びを通じて学びにつなげる有効な手段とされている。保育士向け情報サイトでも、探偵ゲームの遊び方・ねらいとして「周りの子や物をよく観察し特徴を捉えられるようになる」「自ら考えて答えを導き出す満足感・達成感を味わう」「他児への興味・親しみを持つ」などが挙げられており、観察力・推理力の育成と社会性の向上が期待される。また、謎解きや推理パズルは幼児期の論理的思考や集中力を伸ばす知育効果も指摘されており、専門家も肯定的に評価している。

 ……と説明して上司を納得させたんやろうなぁ。


>スキミング・スキャニング
 それがあってもなくても洋書の読みにくさは何も改善されないんだけどなw
 ぜってーみんな内心では読みにくい、何を言っているのかさっぱりわからないと思いながら、でもそれを言うとバカだと思われるから知ったかぶりしてるだけなんだよなぁ。文章のブルシット化が甚だしい。


>自称“先生(ああああ)”
 このタイプもそうだけど要するに自分の世界観を守りたいだけだからね。
 人に「変われ」と要求するけど自分は変わらない。傲慢かつ怠け者。人間らしいね。


>小川哲『君のクイズ』 https://amzn.asia/d/0BpABVv
 テレビのクイズ番組で対戦相手に「ゼロ文字押し回答(問題が一文字も出題されていない状態で答えを言うこと)」されて負けた主人公が、本当にそんなことが可能だったのか?とクイズ大会を振り返る話。
 要は『スラムドッグ$ミリオネア』+『幽☆遊☆白書』。前者は本書の展開そのまま。後者はゲームマスターのエピソード。クイズの出題パターンを見抜いて「ゼロ文字押し回答」やった話。

 小説としてこなれていないというか、同じような説明が繰り返されるだけで面白みがない。主人公がひたすら回想しているだけだから動きもない。クイズの雑学本として読めばそこそこ。クイズに正解することは自分の人生(経験・体験)を肯定してくれることだ、と深堀りしているのは悪くないけど、如何せんそれだけで引っ張るには話が弱い。
 『火星の女王』もそうだけど、キャラも話も淡白なんだよなぁ、この作者。捜査官のマルは原作でも良いキャラしてたけど、メインキャラクターが弱すぎて相対的に良く見えるってだけなんよな。


>法廷遊戯
 前に読んだけどほとんど憶えてないなぁ。何かタイトルのわりに法廷じゃないところで話進めてた記憶はある。


>冬アニメ
 何があんのかさっぱりわかんねーな……と毎回思うけど
・フリーレン
・メダリスト
 あったわ。個人的にはMFゴーストを視聴。ただ車走ってるだけの認知負荷の低さがクセになってる感ある。
 サムライトルーパーとか奇面組とか定期的に昭和リバイバルしてるけど、これ系でヒットしたものってあったかぁ?

編集・削除(編集済: 2026年01月03日 11:21)

今年最後の投稿をしておかないと

 どうにも気持ち悪くて年が越せない(苦笑)。


>次年度のプリキュアは名探偵

  今年のシリーズの売上増要因の一つとして「アイドルモチーフそれ自体がヒットした」のだとしたら『GoGo』以来の2年目突入もアリかなと思っていたんですが、予想外の路線変更をして来ましたね。丸々一年を投じるだけの未就学女児向け&成人女性向けニーズがあるとも思えないテーマだと素人目には感じるのですが。


>「新書」の存在
>無駄を削ぎ落として書かれているので通読・一気読みが容易
>こうした本の存在も日本の読書文化(通読が基本)を支える格好になっているのかもしれません

 更にその新書の執筆スタイルのベースには学校教科書があるようにも思います。大人になって改めて文部省採択の中学歴史教科書を読むと、本邦の通史を知るうえで最低限押さえておくべき内容が分かり易くコンパクトに纏められていることに感心することがしばしばですから。だいぶ昔に読んだ英国のそれが扱っていた歴史の範囲が「アメリカ大陸への植民が開始した17世紀初頭以降」に限定され、更に歴史的事実の羅列そのものよりも、ご指摘の通り「議論の起点としての素材提供」を優先するかのような記述がなされていたことに驚かされたものです。


>これ、啓蒙思想かぶれにありがち
>「正しい知識があれば、より良い選択ができるはずだ」

 そんな自称「啓蒙思想家」の思想的バックボーンの一つには当然聖書があるはずなんですが…どうも彼らは使徒パウロが書簡の中で「正しい知識があっても良い選択が行えない、つまり“分かっちゃいるけどやめられねぇ”― それが原罪を抱えた人間というものであり、延いては私という惨めな存在そのものだ。だからこそ超越者の一方的な救済がどうしても必要となるのだ。」と力説した“この道”界隈では割と有名な件(『ローマの信徒への手紙』7章7節以下)を忘却してしまっているみたいですね(↓)。
https://www.bible.com/ja/bible/1819/ROM.7.%2525E6%252596%2525B0%2525E5%252585%2525B1%2525E5%252590%25258C%2525E8%2525A8%2525B3

 関連して以前一度紹介した「啓蒙思想の落とし子」たる左翼思想を論じた以下の記述も思い出されます。

◆◆◆

 佐藤:左翼はきわめて近代的な概念です。…… この左翼、つまり急進的に世の中を変えようと考える人たちの特徴は、まず何よりも理性を重視する姿勢にあります。理性を重視すればこそ、人間は過不足なく情報が与えられていれさえすればある一つの「正しい認識」に辿り着けると考えますし、各人間の意見の対立は解消される、そうした理性の持ち主が情報と技術を駆使すれば理想的な社会を構築することができる、と考えます。

 池上:19~20世紀の左翼たちが革命を目指したのも、人間が理性に立脚して社会を人工的に改造すれば、理想的な社会に限りなく近づけると信じていたからですね。
 (池上彰・佐藤優『真説 日本左翼史 戦後左派の源流1945-1960』講談社現代新書2021 p.21より抜粋)


>AIが弾き出したただの「提案」を鵜呑みにして「実行」する人間が多数派になる未来

 そういや今年の夏頃に「ChatGPTが息子の自〇を幇助した」として米国で開発元のOpenAIを提訴した…というニュースがありましたっけね。数年前の「カーナビのルート案内に従って走行したら車に傷が付いた」との主張でカーナビ製造会社と地図データ作成会社に損害賠償を求めた裁判なんかも思い出します。こんな事例が最早珍しく無くなるような「自分の頭を使って考えるのを放棄する人々が多数派となる未来」が到来しないことを願うばかりですね。


>NHKドラマ『火星の女王』

 やっと視聴出来ましたが、どうしてこのタイトルなのかは結局良く分かりませんでしたw(苦笑)。

 結末は何と言うか、如何にも“NHKらしい”無難な落としどころでしたね。私のようなSFフリークには脚本的にちと物足りませんでした (物語のクライマックスで開示される“黒い球体の謎”もやや肩透かしでしたし)。

 個人的に「嵌まり役」だなと思ったのは、ISDA(惑星間宇宙開発機構)の女性捜査員役(マル)の人で、次点がホエール社の社長サンですかね(他は主人公含め大したこと無かったw(毒)。


>田舎に生まれて、そこで暮らすしかなくて、そこの炭鉱で働くしか他に道がない人だっている
>哲学者を名乗っているくせにこの想像力のなさ

 この「想像力の欠如っぷり」は、まんまFラン大学就職チャンネルにて現在絶賛投稿中の『メタバコ』における、闇落ち前の主人公(田中太郎)や、「二層の元締め」である自称“先生(ああああ)”に通じるものがありますね。思えば私も学生時代は自身の「恵まれた環境(社会学者ブルデュー言うところの「文化資本」)」を省みることも無く「成功しない人間は努力が足りない」と公言していましたから余り偉そうなことは言えないのですが、既に最高学府に奉職している人間がこのことに“気付かない(気付けない)”のは流石にナイーヴに過ぎるやろ、と感じざるを得ません。


>改訂版に「遺伝子が意思持ってるわけじゃねーんだよ。タイトルミスってるんだよ」って書いてるみたい

 随分前に一度読んだ切りですが、確かにそんな記述があった気がします(流石に再度借り直して読み返す気力はありませんがw)。まぁでもドーキンス自身が「遺伝子が意思を持っている」かのように誤読されても仕方の無いような“紛らわしい書き方”をしていたのもまた事実だったと記憶していますよ(笑)。


>スキミング・スキャニング

 2025年1月発表のこんな論文(↓)を見つけてChapGPTで和訳させてみましたけれど「“正しい”文章の読み方などというものは存在しない。特にデジタル時代においては飛ばし読みと精読とを併用するのが内容を理解する上で必要不可欠である。」という極めて当たり前のことしか書いていませんでしたw。
 https://www.nationalgeographic.com/science/article/reading-skimming-attention


>今年最後の読書を簡易プレゼン

 ● 五十嵐律人『法廷遊戯』講談社2020 https://amzn.asia/d/5916TSi
 
 「大の読書好き」の塾生のおススメということで試し読み。著者は現職の弁護士兼作家で本作がデビュー作(ドラマ化もされているみたいですが私は未視聴)。

 底辺ロースクールを舞台に「模擬法廷ゲーム」に興ずる“法曹家のタマゴたち”という冒頭部はちょっと『地雷グリコ』っぽいなと思っていたら、あれよあれよという間に作中時間が経過してガチの〇人事件を巡る謎解きへと話が急展開していって驚きました。登場人物らの人物描写が総じて薄味な点と、終盤二転三転する「事件の真相」がややご都合主義的に開示される点を除けば、軽めのタイトルからは想像もつかない中々に読ませる骨太な作品に仕上がっていたように思います。まぁ年始の暇潰しにはうってつけですね…とはいぇ、年末年始にそもそも図書館は開いてませんでしたw(失礼)。

編集・削除(編集済: 2025年12月31日 19:49)

まさか本当にズンドコ探偵をやるとは…(違)

 アレだな。迷子の猫とか探してたら、探し物が怪人化して暴れてて変身して(武力的に)無力化。虫眼鏡で探し物が囚われてる位置(弱点)をサーチして必殺技…の流れだなw
 敵幹部は差し詰め怪盗団…だとブンドル団と被るか…もっと言えば先輩に怪盗が…(それ以上はいけない)

>マジで今作のプリキュアは実行力がおかしい
 田中を窓口にした資本力とこころの人脈(要は今まで稼いできた数)が主なリソースだとしても…それを牽引しているうたのカリスマ性が謎ですね…
 まぁ、いつものピンクらしいっちゃらしいですけどw(いちかとかお菓子作りの技術的には真ん中ら辺だろうし。)


>科学の素晴らしさを伝えるのに食べ物を使う
 他にも今回の壁打ちからは、Dr.STONEを連想するトピックが多かったですね。
 例えばゼノなんかは「科学の為に生きてる人」なんだけど、他の人は科学の為に生きてないから独裁者を目指して他人を支配する、って傲慢さに染まるしかなくなる…っていう。

>学校の成績が良くて、大学行って、研究員みたいな仕事してる奴
 僕の知り合いでも高学歴の人って人間の下層の認識が甘いですね。育ちの良い人としか付き合って来なかったからか、人類の上澄みを平均だと思ってるきらいがある。
 例えば「東大王クイズ選手権」を、「チープな問題を解かして東大生の頭の良さをアピールするなんて馬鹿げている」みたいな批判をしてるんですが、そんな訳無いんですよね。
 寧ろ逆で、「頭の良い奴が簡単な問題を間違えるのを見て、自分の抜け出せない底辺暮らしの憂さを晴らす」のがああいう番組のメイン視聴者だという事が、どうしても分からない。

 マッキンタイアも「炭坑夫は勉強し直して転職すれば良いだけなのにそれをしない人」とか思ってそう。
 「ヒルビリー・エレジー」の感想で、「俺は底辺から這い上がれたんだからお前らも…とか言うのは残酷だよね」みたいなのがあったと思うんですが、それに近いものを感じますね。
 「俺が高学歴になれたんだから、お前らも高学歴になれるだろう?」っていう。
 人間観がピュアというかナイーブというか…ある意味では幸せな人だ。


>第二次世界大戦について関係者(犠牲者)の名前をすべて列記して説明して
 ひめゆりの塔とか黒四ダムの慰霊碑とか、そういうのに名前を掘るのと同じノリで考えてる人は居そうですね。

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