「打倒エクレール」の願でも掛けて、アイス断ちでもしているのか…?おいたわしい…(泣) それは兎も角、デッチさん。サブタイトルにもなってるしウソッチ配下のファントムとは明らかにデザイン違うしで、ただ者ではない期待感があったのに普通に嫌みな悪役って感じでしたね… 性格よりも彼を観察して得られる情報の方が重要という事か… ウソとマコトの使い分けとか、特殊能力で盗むというミステリのルールへのこだわりの無さとか、対立構造の拡張を匂わせていますが、さて。 マコトvsウソの対立構造が今後変化するとしたら、名探偵プリキュアの敵は「人を悲しませるウソ」であって、ウソそのものではないという形になりそうですね。何故なら本来あって然るべき「人を悲しませるマコト」が未だに出てきてないですもん。 あるとしたら「エクレールはラスボスとの戦いで相打ちになる」とか「みくるはあんなの母親になれても名探偵になれない」とか色々見当は付くんですけどねぇ。 さて、あんなのマコト「自分の道は自分の足で歩く」は「人を悲しませるマコト」に対峙した時、どんな選択をするのでしょうか… >キュアアルカナとシャドウの力 力を完全に使いこなしたら左目に十文字の入ったオッドアイになりそうw ますます浄化技から遠ざかって行きますねぇ… >エクレールイリュージョンの直後に目を回さないのは何ででしょう? 分身が居るから速そうに見えるだけで、実は普通に走ってるだけ…というのはどうでしょう?(適当) >現状は「未来は決まっている」側に傾きつつありますね それぞれの自分の望む未来が実現したら破綻しますからねw 「マコトの未来」の中に隠された「人を悲しませるマコト」と戦っているのが、るるかやファントムである、というのはよくある展開ですが… >あんなのマコトジュエル >つまるところペンダントの行方だと思う 第一話のペンダント…どうしても自分には「第三の人物」が居た痕跡に思えるんですよね…勘としか言いようが無いですが… 整合性ぶっちぎってエモさだけに特化するなら、みくるを助けた名探偵が本編終了後のあんなのマコトジュエルを渡すか埋め込む→本編終了後のみくるのマコトジュエルが入ったジュエルキュアウォッチが2027年のあんなの部屋の机の上にある→1999年に行って初変身。 この展開なら、実はあんなはみくるの、みくるはあんなのマコトジュエルで変身していたという事になり、別人だから記憶は蘇らないけど、親子だから暴走せずに力が使えた。という事になって実にエモい。「お互いの中にお互いが居る」という台詞にも新しい意味が加わるし。 >全国津々浦々どこも暑いとばかり こっちは早朝と深夜に奇妙な寒暖差がある様な気がしてますね… 真っ昼間はエアコン必須なんですが…当該時間帯になると何かエアコンが利き過ぎる様な、無いと暑い様な… 年々変な気候になっていきますね…お互い気を付けていきましょう。 >作家と編集者とナントカ賞 「賞に飲み込まれていくのは寧ろ編集者」みたいな話を聞いた事あったな…とYouTubeを発掘したら、お目当ての動画を発見(↓)。動画内でも「プライズ」のタイトルが挙がってましたね。 このチャンネルの中だけでも「編集者:黒岩里奈」の動画が沢山ありますね。 「直木賞には直木賞らしさがあって、直木賞らしさのある作品が受賞する」という、過去を引き摺っている賞と作家の相性の問題って所もあるんだろうな、と思います。
VIDEO
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>これ描いて
先生の担当編集だった人が、たった10年で老け込みつつ副編集長まで出世していた事に全俺が泣いた。
No.697 cosmos 8月11日 15:07
>東北は冷夏か?ってくらいに涼しい。雨ばっか降ってる 従来冷害を齎す元凶として敵視された「やませ」に、今年は逆に助けられてるってイメージで正しいんでしょうか?こっちは梅雨明け(7/12)以降大方一ヶ月近く、纏まった雨が降らず酷暑一歩手前の猛暑が続いているので、てっきり全国津々浦々どこも暑いとばかり思っていましたわ。加えて東北地方には台風も接近しているみたいですし、くれぐれも身辺お大事になさってください。 >今週の探偵の皆さんと愉快な怪盗団 エクレールイリュージョン(影分身の術)の直後に目を回さないのは何ででしょう?「きらめきタイム(オッドアイ)」を経ないとグルグル目にはならない…ってことでしょうかねぇ。 あと今回またしても「シャドウの力」なる謎ワードが追加されましたかw。まぁ次回るるかとくれあの仲違いに至る経緯が漸く明かされそうで、楽しみですね。 >『親友は山へ消えた』 読了しました。正直著者の自分語りが過剰で気持ちが萎えましたわw(苦笑)。段違いに高スペックの相手と凡人の自分とを事あるごとに比較して落ち込んだり嫉妬心を抱いたり…まぁ人生の一時期だけならまだしも、心の健康を損なうほどに抱き続けるっていうのも甚だシンドイ生き方というか、エネルギーの無駄遣いだなってどうしても私は感じてしまいますね。 あと作中でも何度か「非対称な関係」とありましたが、筆者にとっては唯一無二の親友でも、お亡くなりになったご友人(平賀淳)にとって著者はあくまで高校時代の友人の一人に過ぎず、数多存在した親密な人間関係の一つに過ぎなかったということがはっきり窺える本でもありました。本書のそこここに挟まれる「良い人エピソード」や葬儀への参列者の多さからしても、平賀氏はいわゆる「人徳ある人」だったんでしょうねぇ。 >「何者にもなれなかった自分」を「親友との物語を生きた自分」に書き換えているように見える >自分に酔ってるだけじゃない? 自分を飾りたいだけじゃない? ほんそれ。最終章の墓参のエピソードなんて、普通ならもっと事実のみを圧縮して記して数ページで終わらせるところですよ(毒)。 あと「自分を飾りたいだけ」と言えば、本書末尾に記される「墓参から帰国した直後の著者の言動」に典型的に表われている気がしますね(↓)。 ◆◆◆ 遺族、知人、友人はじめ、関係者に無事の帰国と取材概要を報告すると、皆口を揃えて「淳に会えたんだね」と言う。(略) 私は「はい」とだけ言う。そのあとに続く「本当に会えたんです」とは言わない。それは口には決してしない。胸にしまう。それは、俺と淳だけのもの。体験というものはいつだって極めて個人的なものだ。これは心のペンダントだと思った。(「エピローグ」p.321より) ◆◆◆ 本当に「俺と淳だけの個人的な体験」だと言うのなら、それは墓場まで持って行くものであって本に書いて公開したりはしないんだわw(呆れ)。市井の一般人であるにも拘わらず、「著名人のマブダチ(真偽不明)」を公言することで自らを価値付けようとするメンタルの持主が時折いらっしゃいますが、読んでいてまさにそれが頭によぎりましたね~。 あと登山繋がりで、序でにこちらも読んで見ました(↓)。 ● 河野啓『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』集英社文庫2023 https://amzn.asia/d/0anKWbHn ◆◆◆ 栗城史多さん。「夢」という言葉が大好きだった登山家。(略) 山を劇場に変えたエンターテイナー。不況のさなかに億を超える遠征資金を集めるビジネスマンでもあった。しかし彼がセールスした商品は、彼自身だった。その商品には、若干の瑕疵があり、誇大広告を伴い、残酷なまでの賞味期限があった。(「序章」p.9~10より) ◆◆◆ 第18回(2020年)開高健ノンフィクション賞受賞作。著者は短期間ながら取材対象として栗城氏と関わったテレビディレクター。 内容を簡単に纏めると、本書では: ① サービス精神と自己顕示欲とが並外れて強いパフォーマー ②「時代の寵児」をプロデュースし、視聴率を稼ぎたいマスメディアの中の人 ③ 日々新たなエンタメを求める移り気な視聴者 この三者の思惑が噛み合って生まれた「劇場型登山」なる新エンタメジャンルおよび①の滑落死に至るまでの顛末とが、間接的にせよ①の死の片棒を担いだのは他ならぬ自分なのでは?と自問し続ける②の視点から縷々語られてゆきます。 本書を読む前の栗城氏に関する私の知識としては、事故死の報道の際にネットで目にした「お騒がせ登山家」程度のものでしかありませんでしたが…まぁ、読んで見て大方予想通りの内容ではありましたw(苦笑)。参考までに巻末の別のテレビ関係者(報道畑)の方の解説を引用します(↓)。 ◆◆◆ … 河野さんはテレビ屋としてみずからの感覚を信じ、面白いと思った人物に肉薄し、自分の製作するテレビ番組の中で描こうとする。成功するテレビ番組をつくりたいという「野心」をもつ。「私の作る番組が一番早く放送される」ことをめざす。これはテレビ屋としての本能のようなものだ。 「山と一対一で向き合いたいから単独で登る」。栗城氏のこんな言葉を河野さんは一番最初に聞いてしまった。型破りの登山家に出会ってから彼の動きを黙ってみていられなくなった。栗城氏がテレビというメディアに積極的に登場した時期、いや、テレビが栗城氏を熱狂的に取り上げ始める比較的初期の2008年から2009年にかけて、河野さんは栗城氏を取材して、その結果をテレビ番組化しゴールデンタイムで放送した。… だが栗城氏の登山のスタイル、資金集めや公私の生活のありよう全般を知るにつれて、河野さんのなかに彼に対する疑問と不信感が徐々に醸成されていく。栗城さんは山に登る自分の姿を、自ら撮影(自撮り)していた。 「だって、もったいないじゃないですか?こんなに苦労して登っているのに誰も知らないなんて」 「エベレストで一番重要なのは、実は単独で登ることではなく、インターネット中継にあります」 「単独無酸素でのエベレスト登頂はボクの夢。これをみているあなたはどんな夢を見ていますか?その夢をボクも応援したい。(略)」 書き写しながらムラムラと僕の中に複雑な感情が湧いてくる。この人は登山家なのか、と。…… 自分の仕事にたとえてみれば、戦争地域に入って危険な場所を取材しながら自撮りやネット生中継をする、という極限的なことまで想像してしまう。多くのテレビ局やインターネット運営サイトが、栗城氏側の提案に乗って、あるいは栗城氏側に逆提案して。インターネット独占生中継番組を立ち上げて、あるいは立ち上げようとして、劇場型登山番組が現れた。 「撮る」は英語でshootという動詞を用いる。かつ銃で人を撃つときの動詞もshootだ。撮ることは命を奪うと同義になる。日本語の「撮る」も「獲る」と同音だ。獲ることが相手から何かを奪うことになる。それを承知で獲られることを好む人々がいる。…… 長年テレビ報道に関わってきた身だからわかるのだが、僕自身も自戒と反省を込めて言う。取材者と非取材者が「共犯」関係になることがままある。表現したいという欲望が取材する側と取材される側の双方にあって、なおかつ観客がその「共犯」関係を支える役割を果たす。…… (p.375~377) ◆◆◆ ただ、ここからはいつもの私の毒舌なんですが、こういったマスメディア関係者が表明する「自戒と反省」絡みのお気持ち表明そのものが、「私も内心では良くないと常々思っていました」的な、批判を受けた場合に備えての「予防線」というか「言い逃れ用の布石」に聞こえて仕方が無いんですよねぇ。 あと加えて言うなら、パフォーマーを余りにもガキ扱いし過ぎているようにも見えます。栗城氏にしても享年35歳ですから少なくとも死亡時にはそれなりの大人ですし、「一方的に踊らされた」だけでなく、戦略的にマスコミを活用して「自ら進んで踊った」側面も当然あるでしょう(寧ろ本書はそちらの記述の方が多い気がする)。裏を返せば「最終的にそんな(破滅的な)生き方を選んだのは栗城氏自身」であり、冷たい言い方をしてしまいますが、自業自得ですねとしか私には思えませんでした。 まぁ2冊に共通して言えるのは「世の中にはこれだけ自分とはかけ離れた思考様式の方がいらっしゃる」ということに改めて気付かせて頂いたという点でしょうかw。どちらも御大のプレゼンが無ければまず読まなかったであろう本でした。良い切欠を与えてくださり有難うございます。 >鉄鍋のジャン! >30年前の作品を現代人が半ばツッコミ入れながらやっているという妙な感覚 偶々私も視聴し続けていました。秋山醤のキャラ絵はこれまでネットで散見していたので見覚えはありましたが、ずっと「善良な主人公を一方的に敵認定して事ある毎に喧嘩を吹っかけてくる噛ませ犬的ライバルキャラ」だとばかり思い込んでいましたw。仰る通り、オリジナルそのままのアニメ化だと主にコンプラ的に時代錯誤が過ぎて観ていられなかったと思うので、それこそ上手い塩梅に「料理しました」って印象を受けましたねw。 それにしても最新話ラストで、シャワーを浴びた後タンクトップ1枚で歩き回って…って、背中の傷全然隠す気無いやんけw(笑)。
No.696 この道の者 8月10日 15:30
西日本は猛暑みたいですが東北は冷夏か?ってくらいに涼しい。雨ばっか降ってるし。 >プリキュアになるには? →実務経験 まさかの免許制。 子ども番組的には「未来は無限」がベターだけど、タイムスリップ設定も相まって現状は「未来は決まっている」側に傾きつつありますね。これを覆すのか、綺麗に始まりと終わりを繋げるのか。 >きらめきタイム 玩具がなくても子どもが真似しやすいなって改めて思った。 >あんなのマコトジュエル つまるところペンダントの行方だと思うけど、 ・みくる:お婆ちゃんから貰う。その後少なくとも本編終了間際まで持っている(と思う)。 ・あんな:1話冒頭で(たぶん)ポチタンが持ってくる。 なので単純に繋ぐなら、最終決戦後に2人のペンダントを統合→あんなは元の時代に戻り、ポチタンは1話冒頭に行く。……ってすればみくるは自分のペンダント(マコトジュエル)を手放すことになるから記憶を失う。 でもここにみくるが名探偵に助けられたエピソードが(物語的に)挟まるだろうから、ルートがよくわかんないんだよなぁ。あんな&みくるの軸とるるか&くれあの軸が現状独立してるんで、これが交差するのかも気になるところかな。あとこの流れだとポチタンがずっとループし続けるw >鉄鍋のジャン 色々切っていった中で残っているアニメ。くれあの中の人が中華料理人してる。 30年前の作品なので当時の情報が陳腐化していることもあるんだけど、その度に「諸説あります」とテロップ入ったり、ナレーションで「この当時は~」と補足入っているのが何か面白い。30年前の作品を現代人が半ばツッコミ入れながらやっているという妙な感覚が楽しめる。
No.695 いっしゅう 8月6日 07:05
「でっち上げ」で「デッチ・アゲイン」なんだろうけれど、アゲインって何をもう一度なんなのか…?つか、アナグラムでアゲチ(明智)になったりします?w くれあのデビュー回という事で、事件そのものは仕込みが事前に済んでいたり、小説の展開をなぞったりして省エネ化している印象を受けますね。 つか、ポアロの話題が出たという事は、「帆羽」の元ネタはポアロで決まりですかね。 >るるかが個人的に助手として受け入れてくれた そのシーンでイギリスのパスポートと航空券が出てくるのを見るに、助手になったのは日本に来ると同時ですね。ならイギリスでくれあは何をしていたのか?お供妖精が居た事を考えると、ロンドンのキュアット探偵事務所と無関係だったとは考え難いのですが… やはりキュアット探偵事務所的には、くれあを戦地に送り込む計画が進んでいて、それを察知したるるかが日本で開業する事を口実に逃避行を決行したのでは… くれあ(エクレール)関連資料は(あるとすれば)トップシークレットだから表向きの資料には残らないだろうし、るるかとしてはくれあに逃避行である事を悟られる訳にもいかないから、シュシュタンの同行も黙認した…とか? 後はロンドンからの追っ手が来たかどうか…ですが、どちらにせよ 愛 が 重 い ! ! ! >予言そのものが間違っているとなると話が変わってくる >そもそも予言って19日で合ってるの? ねぇ?やっぱ予言の類いって推理を撹乱しますよねぇ。 大体、元ネタの予言に引き摺られて「大王」が悪人っぽく解釈されてますが、こっちの大王に善悪の形容は無いんですよね。「世界をウソの影で覆う」の主語が大王かというと微妙な言い回しですし。 何なら「大王」になる条件の件を「プリキュアに変身する」と拡大解釈すれば、力の大王はエクレールだし、権力の大王は(ファントム乗っ取った)アルカナ・シャドウだし、本来存在しないアンサーや、アンサーが居なければ恐らくあの場に居なかったミスティックも後々「大王」として覚醒するかも知れないし…で、やっぱどうとでも言えてしまうんですよねー… >きらめきタイム 今回の発動演出が専用バンクですかね。固有技がバフ系のプリキュアというのも珍しい。ひろがるスカイのあげはおねーさんのパレットを思い出します。 因みにオッドアイといえば、小説版ドキドキ!でプリキュアになったレジーナのデザインが描き下ろされていましたが、赤と青のオッドアイで「ちょっとキツいデザインかも知れないな…」と思った事を思い出しました。 >探偵としての体験と経験がマコトジュエルを育てる くれあの場合、助手としての体験と経験でも何らかの閾値を超える事で変身できた様なので、みくるの場合も独学とはいえ探偵修行していた経験が結晶化した可能性もありますね。 或いは、未来から来たウソを吐かない少女が「みくるちゃんは名探偵になるんだ!」と言った事で、現時点では確定していない未来を先取りした…と考えるのは、流石に主人公の能力としてチート過ぎますか… 個人的にはあんなのマコトジュエルが気になりますね〜。「探偵漫画読んでたから」は流石に無いだろうし、今着けてるジュエルキュアウォッチの出所も依然と不明… 「選ばれし者」になりようがない人間を無理矢理「選ばれし者」に仕立て上げようとする様な…そんな作為を感じます。 何かもう、解説役のジェット先輩が「奇跡の二人」で納得してるんだから、それで最後までゴリ押しそうな気さえしてくるんですよね。…彼に二心が無ければ…ですが。 >名探偵と対になるラスボスってなんだよ?って話よね これが「マコトもウソも使いよう」って話だったら、魔法つかいの闇の魔法の後のムホーの様な、魔法でもどうにもならない理不尽な現実…って事になるのかも知れませんが…そういう概念系ラスボスと戦うのは名探偵の仕事から外れると思いますしねぇ。 名探偵が解く謎は、天然自然の謎ではなく誰かが意図的に仕掛けた謎。この「仕掛けられた謎」という敵からは、名探偵を名乗り続ける限り抜け出せない様に思いますね。 となると、「古の時代に起きた、世界が滅びる程のヒューマンドラマ」の類いになりそうですが…痴情の縺れでない事を祈ります…(苦笑) >SFだとあんなの世界線とみくる達のいる世界線が異なるとか、 >実はるるかがタイムリープしてるとか どっちも前例があると言えばあるのがプリキュアの恐ろしい所w HUGはエピローグで世界線が分岐した事を匂わせていましたし、ヒーリングの映画はタイムリープものでしたし。 となると、問題は二つ以上を同時にやるかどうか?だと思います。 名探偵は既に「あんなのタイムトラベル」というカードを切っている。そこに含まれる範囲なら、世界線の分岐も(あんなの)タイムリープもあり得ると思えますが、そこに含まれない…例えばあんなとは縁もゆかりも無い人物のタイムトラベル、とかはあり得ないと思います。 …そこで出て来るデッチ・アゲインとかいうタイムリープしてそうな名前の怪盗(汗)。あんなと重要な関係を背景に持つ怪盗なのかどうなのか…? >天幕のジャードゥーガル 現皇帝の妃の義理の娘が、先代皇帝の妃で現皇帝の義理の母!! …とか挟み撃ちでボコボコにできそうな人脈じゃね?…と思ったのですが、あのチンギス・ハーンに嫁いだ女の子。ChatGPTによると実在するか怪しいらしいですね。 という事は、今後は出番は無さそう。
No.694 cosmos 8月4日 22:32
SFだとあんなの世界線とみくる達のいる世界線が異なるとか、実はるるかがタイムリープしてるとかあるけど。ここもどれだけ設定盛ってくるか今作はわかんねーなw >エクレールは伝説の時代のプリキュア 名探偵と対になるラスボスってなんだよ?って話よね。 鎧の◇とか、きらめきタイムの瞳も「十」でファントムの人らと同じ風にも見えるし、同じものを起源としている風を匂わせてるんだよなぁ。結局、名探偵プリキュアってなんだよ?ってなるんだけど。村山脚本だとその辺の起源に言及しそうな気もする。 >その発想はあった…けどやるとは思わんかった 目に見えてリスキーだからね。 白るるかを徹底して可愛く無垢に描いて「この子はほんとはいい子なんです!」アピールに余念がない。そのせいでわりとマジで主人公食ってるんだよなぁw >中々複雑な設定~ついていけるか まあ、子どもの視聴なんて話についていけるかどうかってよりも見てて楽しいかどうかだからねぇ。 つまるところアルカナ・シャドウを好きでいられるか?に帰着すると思ってます。怖いとか嫌いになっちゃうとテレビから離れちゃいますからね。逆に今回であれば大人を手玉に取っている、頭良さそう、大人っぽい、強そう、みたいにポジティブに受け止められるなら楽しめるだろうし。 >親友は山に消えた >自己の物語化 私が自分の半生を振り返っても過去録は1ページで事足りちゃうんだよね。自分の過去に興味がないから。語るなら今の自分を語ればいい。それが自分の全てだから。って考えているから著者のように長々と自分を物語にして語るのはめんどくせーことしてるなーって印象になる。
No.693 いっしゅう 7月30日 18:45
今回ラストの顔もアイスが切れた顔に見えるwww それにしても、予言の類いは良くも悪くも推理ものとの相性が悪い様に感じますね。 事実や証拠との関係は限りなく無いに等しいのに、想像力だけは無駄に掻き立てるものだから、推理を必要以上に撹乱させる効果がある。 今作の純粋な事実と証拠を整理すると、殆ど何も分かってないから推理のしようも無いというのに… ただ、予言なら幾らでも話を膨らませられるから、話題には困らないのでしょうがw >めっちゃるるかさんが荒んだ表情してる ま、くれあとシュシュタンの間にしっかりした合意があった上でのお供妖精関係であったとしても、るるか的にはシュシュタンが唆した様に感じるのは人間感情的に自然だからね。しょうがないね。 >キュアエクレール・プロファイリング 「きらめきタイム」は個人的にモノクル的なイメージ。スカウターとかクロボン、V2の眼帯スコープとかそんな感じ。丁度ファントムも左目に仮面みたいなの着けてるしね。その対称としての右目。 最初は片ニーソエロかわなだけだと思ってましたが、フライング・インフィニティの蝶の羽も左右で色違いだし、何故かアシンメトリーを押し出してますね。 ミラールーペはジェットが復元する元になった物かも知れません。つまりは伝説の骨董品。エクレールは伝説の時代のプリキュア。遥か太古からの因縁を背負って戦う宿命がある様に感じます。 つまりはエクレールのマコトジュエルか何かがラスボス封印の鍵となり、それが解かれた今、ラスボスの遺物である鎧の星印も怪しく光り、復活の予兆を告げている… え?でもるるかマコトジュエル砕こうとしたじゃん?ってなりますが、あの子普通にウソ吐きますからね。あれはウソノワールとの利害を一致させる為の狂言で、実際は自分がエクレールになってラスボスと戦うつもりかも知れない。 くれあはプリキュアとしてはレベル1。つべの予告の概要欄を読む限り探偵としてもレベル1。幾ら運命の子といっても、そんなど素人をラスボス戦に独り送り込むなんて事をるるかが了承する訳が無い。 そんな尊くも何処ぞの猫屋敷レベルの過保護さを、るるかの言動を総括すると感じるのです。 >アルカナ・シャドウの反乱 その発想はあった…けどやるとは思わんかったw ラスボスの開示のタイミング次第では、クリスマス終わるまでガチな敵ポジションで居続ける羽目になりかねないですからね。 下手すりゃ今後の共闘も(最終盤を除けば)映画だけになりかねん… 幼女先輩の性癖が狂うなぁw >すっかり忘れかけている主人公のタイムスリップ設定 そもそも人々の真実の想いが結晶化した物をエネルギー源としたタイムトラベルって何やねん?っていうw マコトのエネルギーが作る未来が本物の未来…なんて設定だと、また1999年から世界線が分岐するっていう難し過ぎる設定になっちゃいますし。 過去を知る知識の妖精。未来を知る占いの妖精。その間を行き来する時空の妖精。この配置も中々意味深ですね… >権利(技術・サービス)を持つ者が経済の中心になる セブンイレブンの日本支社がアメリカ本社を買収した…なんて話も聞いた事はありますが、激レアケースでしょうしねぇ。 そんな事がアフリカやインドでボコボコ起こりでもしない限り、今まで通りの世の中なんでしょうね。 >天幕のジャードゥーガル 相互理解の無意味さを感じる… 長兄の言い方も言い方ですが、なら相手の文化に敬意を払えば何かが変わるのか?っつーと何も変わらんですよね。 モンゴルで暮らす以上、モンゴルに最適化された文化と法に従わないと生きていけないんだから。 >これ描いて こっちもエンジン掛かってきた感じですね。 つか、ノリは軽いが意外と主人公に容赦が無いw 闇堕ちは先生が担当しているから、主人公が闇堕ちする事は無いんだろうけど、ならどう話を運ぶのか?
No.692 cosmos 7月28日 17:27
>おそらくエクレール(の力)が大王で、それを封じることがるるかの目的 嘗て仲の良いバディでもあったにも拘わらず、どうしてキュアアルカナ・シャドウが自分に対してつれない態度を取るのか、エクレールも身に覚えが無い訳では無いみたいな描かれ方をしていましたね…まぁこれから徐々に開示されていくんでしょうけれど。 しかし話の展開が全く読めないな~、御大の仰るように「今のところラスボス(大王)としての自覚が全く無いパティシエ兼名探偵」と「大王(あるいはその力)の完全復活を阻止するために敢えて汚れ役を買って出た元相棒」という理解で正しいんでしょうか、それともラスボス(「未来自由の書」の執筆者?とか?)はまだ姿を現していないだけなのか…。 これだけでも中々複雑な設定である上に、当初からのタイムスリップ要素も組み込まれたままな訳ですから…メイン視聴者(未就学女児)が付いてこれますかねぇ、これw(苦笑)。 >「絵に癖がありすぎる」という理由で敬遠 プロットが秀逸なだけにビジュアルだけで手に取ってもらえないのは残念ですよねぇw(苦笑)。 『サンキューピッチ』は冒頭の無料お試し分だけ読んでみましたが、作画は『ハイパーインフレーション』よりかなり上手くなっていたように思います。完結したらまた購入を検討してみようかな。 >常に合理的で公正であろうとし現実的な判断を下す帝国の為政者、というおよそ普通の漫画では登場しない組織の使い方が上手かった 仰る通りですね。「無能な味方が足を引っ張る」物語は枚挙に暇がありませんが、「(平時では)有能な味方が逆に足枷となる」展開は確かに珍しく新鮮に写りました。 >現紙幣に切手を貼って新紙幣とする案は、日本でも戦後に証紙を貼ることで新札発行までの繋ぎにしたことがあり~ 何処の国の何を踏まえたエピソードなのかと思っていたら、本邦における1946年の「新円切り換え」が元ネタの一つだったんですね。成程、一つ知識が増えました。 >現代の資本主義構造は消費の中心=経済の中心ではなくなってるんじゃないかな。権利(技術・サービス)を持つ者が経済の中心になる >市場と経済は必ずしも重ならない 成程、言われてみればそんな気がしてきました。以前御大に紹介頂いた唐鎌大輔『弱い円の正体』でも触れられていた、「デジタル赤字=AmazonやNetflixに徴収されるプラットフォーム使用料」なんかが分かり易い例ですよねぇ。 あと数年前に以前の板で、やはり御大にプレゼン頂いた平野克己『経済大陸アフリカ 資源、食糧問題から開発政策まで』中公新書2013 https://amzn.asia/d/08LCfSOr も改めて再読してみました。 ◆◆◆ 先進国がたどってきた経済発展の道筋は、どこでも農業の生産性向上からはじまっている。それはつねに政府や公的機関の介入をつうじておこなわれてきた。…… このイノベーションが第二次世界大戦後に開発途上国へと波及していったのである。これが「緑の革命」とよばれた一大開発事業だった。 だが、緑の革命がアジア農業を変革した1960年代において、アフリカはその対象ではなかった。…… 独立後のアフリカ諸国を魅了した南北問題テーゼにおいては、焦点があてられていたのは外貨を稼ぐための輸出用商品作物であり、とりわけその価格だった。1970年代以降アフリカ農業はバランスを逸しはじめ、都市の食糧である小麦や米の輸入が増えていった。食糧穀物の生産性を向上させるという開発の王道を等閑視したままでは、いかなる政策や事業をおこなっても貧困は削減されない。…… さらに農業の低開発は、じつはアフリカの製造業にとっても深刻な足枷になっているである。安くて豊富な財は、強い企業と強い産業しかつくれない。優れた供給能力とはそういうことだ。供給能力に劣る弱い産業は、財を少なく、高価格でしか提供できないのである。…… 低開発とは、低所得を意味するのみならず高コストであることを意味してもいる。脆弱な生産力しかもたない国では概して物価が高く、人々は低所得なうえに高い生活コストにも苛まれているのだ。 高物価、とくに食糧価格の高さは賃金水準をおしあげる。…… 国は貧しいのに賃金は高いのだ。製造業平均賃金が一人当たりGDPに数倍するというのはサブサハラ・アフリカ特有の現象で、さきにみた都市経済と農村経済の乖離を反映している。 通常は経済成長にともなって都市人口が増え、都市の購買力があがっていけばそれだけ食糧全般に対する支出が拡大して農産物が買われ、それが農村部の所得になる。その所得は、生産性向上によって減少した農村人口のあいだで分配されるから、農民の所得水準が絶対的にも相対的にもあがっていく。欧米ではおおよそ農民のほうが製造業の労働者より高所得だ。経済成長の成果が都市と農村を循環して農村に裨益していく経路がこれだが、アフリカではこの経路が閉ざされているのである。国民の大多数を占める農民層が都市経済からきりはなされているので、都市部の賃金水準と農民の所得水準とのあいだにうまれる格差を縮小するメカニズムが働かないのである。 経済発展の水準が低いにもかかわらずこれだけ賃金が高いと、当然ながら労働力をあてにした投資ははいってこない。アジアの開発途上国の投資誘因である「安くて豊富な労働力」がアフリカには存在しないからだ。それどころか、もしアフリカ諸国の経済が開放されれば、いまある製造業企業もアジアに移転してしまうだろう。…… 割高な労働コストにたえてアフリカでいきのこっている製造業は、高い資本装備率によって高賃金をカバーできる装置産業だ。装置産業は多額の初期投資を必要とするので、かつての国営企業、あるいは外資系企業がほとんどである。つまりアフリカの生産環境は労働集約型産業や中小企業にとってはきわめて不利なのである。経済発展に飛び級はない。農業が発達していないところでは製造業も育たないのだ。(本書p.118, p.126~127, p.135~138より抜粋) ◆◆◆ アフリカが今後如何に人口が増えようとも、その大多数が「主に自家消費分の農作物だけを生産する貧しい農民」に留まり、都市部における熟練労働者の絶対数が相変わらず少ないままである限り、数の力で「消費の中心地」にはなり得ても「生産的経済活動の中心地」にはなり得ないということのようですね。 そんな現状を変えるべく、本書第5章では低所得者層(Base of the Pyramid・略称BOP)を対象とした、いわゆるBOPビジネスに携わるグローバル企業の取組みが述べられています。ただし①当然のことながら商品価格を安く設定しなければならない ②せっかく商品を作っても低所得者層の居住地には販売店舗が無いことが多いため物流インフラを事前に整備しなければならない ③貧困層を相手にする以上、投資現場周辺での教育支援や衛生環境向上など、本業以外での「地域社会への貢献」義務も付随してくる…など、中々ハードルが高いみたいです(苦笑)。②③なんて本来国がやるべき仕事を営利企業が肩代わりするようなものですからね。 なお「執筆当時の現在進行形」としての本邦の事例も幾つか述べられていますが、軽くググってみた限りでは味の素とかJTとかYKKとかは相変わらず健闘しているっぽい。他方資源開発分野では既に事業から撤退しているところもあるようです(↓)。 【住友商事のマダガスカルでのニッケル開発事業】https://diamond.jp/articles/-/389996 【三菱商事の南アフリカ共和国での鉱山経営】 https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/news/release/2017/0000033196.html (因みに上手くいっていた頃 → https://www.jftc.jp/monthly/archives/001/201711/6092243c9d3199495d1f1ce0ac7ddd2a.pdf >『天幕のジャードゥーガル』第5幕 漸く話が動き出してきたかなという印象。取り敢えず視聴継続で。
No.691 この道の者 7月27日 13:49
公式投票結果に推理ポイントが書いてありますが、密室に入れたのはシュシュタンが居たから。きらめきの有無じゃなかったのかwhttps://www.toei-anim.co.jp/tv/precure/camp_cureeclair/ くれあが記憶を取り戻したということは、るるかの情報をかなり握っていると思うんだけど、果たしてどこまでるるかは神秘をベールで包んでいられるのか。 アルカナ・シャドウが敵対を続ける場合、エクレールに水を差すような格好になるし、アルカナ・シャドウ自身も泥を被る格好になるのでその辺の塩梅が気になるところですね。ビジュアル(可愛い作画やシーン)でるるか可愛い!絶対正義!とゴリ押しする手もありますがw >塾生には勧めにくい 漫画好きで『サンキューピッチ』も愛読している友人ですら「絵に癖がありすぎる」という理由で敬遠してました。 キャラの個性と金融ネタが綺麗に融合していて漫画としてはほんと上手いんですけどね。常に合理的で公正であろうとし現実的な判断を下す帝国の為政者、というおよそ普通の漫画では登場しない組織の使い方が上手かった。 ちなみに作中で現紙幣に切手を貼って新紙幣とする案は、日本でも戦後に証紙を貼ることで新札発行までの繋ぎにしたことがあり、特に戦時中ではしばしば見られる対応のようですね。 >世界市場の中心は大西洋中心からインド洋周辺に移るだろう >西洋諸国が経済を牛耳る時代は、もうすぐ終わろうとしている これについても私は懐疑的。「世界市場の中心」って具体的に何を指すの? インド洋周辺の所得などが順調に増して世界的な消費地になったとして、イコール経済(工業、金融、サービス)の中心地になることではないんじゃない? 消費が増せば自国でも生産力が増強されると思うけど、現実的には先行している欧米や日本、中国、韓国などのメーカーが参入するんじゃない? 資本投下の点ではむしろこれらの方が有利ですらある。 消費はインド洋周辺に移るかもしれないけど、その富を得られるのはむしろ既存の先進国や企業じゃないの? だから中国は自国で取り込むために世界の工場からの転換を図ったわけで。 ChatGPTのにこの辺を問い詰めたら、以下のような返答。 つまり、「世界市場の中心がインド洋周辺へ移る」という予測をより厳密に言い換えるなら、「世界最大の需要と人口増加がインド洋圏に集中し、企業活動の重点もそこへ移る可能性が高い」ということです。しかし、それだけで世界の富や技術、金融の中心まで同時に移るとは限りません。むしろ現代経済では、需要、市場、生産、金融、技術、ブランド、知的財産はそれぞれ異なる地域に分散しており、それらをどれだけ自国に取り込めるかが国家間の競争になっています。 現代の資本主義構造は消費の中心=経済の中心ではなくなってるんじゃないかな。権利(技術・サービス)を持つ者が経済の中心になる。今だってアメリカと中国では人口は圧倒的に中国が多いけど、経済的イニシアチブは依然としてアメリカの方が強いわけで。市場と経済は必ずしも重ならない。 もちろん歴史的にはイギリス→アメリカ→日本→中国のように市場と経済(工業生産力)はシフトしていっているけど、価値を生み出すモノを作るには人的・インフラ資本が必要で、これをインド洋周辺が担えるのか? 複雑化した現在のサービス材を担えるのか?というのは10年、20年のスパンで見ても私は疑問に思うんですよね。 ……っていうことを個人の投資活動に当てはめると、今後もS&P500(あるいはオルカン)でいいんじゃね?ってなる(インデックス脳)。
No.690 いっしゅう 7月22日 11:01
エクレールがロンドン事務所に登録されていなかったのは、日本で加入した(押し掛け)見習いとかだったからではなく、ロンドン事務所側の不都合によって登録抹消もしくは隠匿されたから…って事かもですね。 改めて、名探偵にも怪盗にも(大王にも?)なれる「プリキュアとは何か?」が問われる段階に来たと思います。 これが男児向けとかだったら、プリキュアはキュアット探偵事務所が開発した戦闘兵器で、キュアエクレールはそのプロトタイプで、それ故に使用者の寿命を削る副作用がある…みたいな物騒な設定ができる所ですが。 何にせよ、表舞台に立ってはならないエクレールが現れた事で物語が動くなら、今後暫くはエクレール防衛戦が繰り広げられるのかも知れませんね。 …尚、防衛対象が最大戦力の模様…惑星のさみだれか!!! >妖精と人間の繋がりを肯定 元をただせば、キュアット探偵事務所と怪盗団ファントムとの諍いは、妖精同士の内ゲバの様にも見えますね。 ウソノワールは人間を鬱陶しがってる素振りを見せましたが、彼の本来の目的は要は世界征服。人間に個人的な恨みがあるかどうかはまだ未定。ならば世界征服を止める為に人間を巻き込んだ探偵側の妖精は人間をどう思っているのか? 仲が良かったのは過去の話かも知れない…人間がプリキュアという力を手にした事で、妖精側は「お供妖精」という名の監視役を付けて、様子を探っていたのかも知れない… まぁ要するに、現状敵対組織にできそうなのは(ロンドンの)キュアット探偵事務所ぐらいしか無いって話と、そうすれば(くれあと妖精の板挟みになりながらも)るるかもアルカナ・シャドウを続けられるんじゃね?って話ですね。 >白くなるのは例外的処置か(商品展開に影響を与えない)最終盤かなと おっと丁度良い所に劇場版専用フォームの枠が… >キュアエクレール杯感想戦 色々と見て見ぬ振りをして来ましたが、れいがプリキュアになれない決定的な理由が一つありまして。 それは中等部の生徒会長であると思われる一方で、年齢が15歳だという事なんですよね。つまり、プリキュアになる前に既に誕生日を迎えてしまっている。 最近のプリキュアは誕生日に妙にこだわっているので、誕生日の一枚絵やら何やらを用意できない点でも、れいはエクレール候補から外れてしまってたんですよね… ところで推理と願望のギャップに苦しむのって、捕まえたくない相手を捕まえざるを得ない探偵みたいで、ちょっとハードボイルドだよねw >ハイパーインフレーション アニメか何かのCMを見掛けた程度でしたが、あれ贋札を射幣してたのか…道理で汁っ気の多い描写だった訳だ…w
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あ、アニメになったのはPVだけで、本編アニメ化はまだなんだ…
>公的・大規模な経済ではみんな便利で透明性の高い方を選ぶのが得になるので、
>ローカルな慣習や商習慣は残るとしてもベースは資本主義的アプローチに上書きされていく
人口増加は文化を運ぶけれど、人間は染まる生き物でもあるって事ですねぇ。
世界市場の中心が、人口で決まるかどうかは分かりませんけど…
No.689 cosmos 7月21日 18:43
とは言え、まだ暫くの間は取り敢えずのラスボス的役回りとして機能しそうな様子ですが、いつまでもって訳にはいかないでしょうし…あれ、本格的に敵キャラ不在になっちゃったぞ?どうすんのこれ? それにしてもエクレール復活をるるかが全然喜んでなさそうというか、寧ろ苦々しく思っていそうなのが実に不思議ですね。シリーズ当初に比べてプリキュアのメイン視聴ターゲット層は低年齢化しているように思うんですが、脚本はというと総じて逆に複雑化しているように見受けられますね(謎をテーマに掲げた今年度は特に)…う~ん、大きなお友達にも先々の展開が全く読めません。 >「キュアエクレールの正体は誰!?」推理結果発表 しるく嬢がもう少し票を獲得するかと思いましたが意外でしたね、逆にれいは大健闘でした。四人の中で唯一妖精(ポチタン)の正体を知っていたというのと、個人回でのアツイ心情吐露が理由かな…やっぱり創作物においての「対決モノ」は後攻めの方が圧倒的に有利ですねぇw(料理対決とかが典型)。 >ハイパーインフレーション ◆◆◆ 「このままでは味方がまともすぎて国が滅ぶ!!」(←ワロタw) ◆◆◆ 電書にて先ほど漸く読了しました。前々から気になっていたタイトルの一つでしたが、(全6巻と割と手頃とはいえ)ハズレを引いたら嫌だなぁと思って購入を躊躇っていましたが…いや、大満足でした、ご紹介頂き有難うございます。 未開人出自の主人公・マジョリティに対抗するための軍資金獲得・身体に障碍を抱えた敵役・ノリツッコミ的なギャグ描写・何より全編を貫くBL要素(本作ではオネショタも含む)などは以前に読んだ『ゴールデンカムイ』を思わせますが、攻守が目まぐるしく交代する話運び、畳みかけるように繰り出される頭脳戦の数々、そして一切の蛇足無しに怒濤の大団円へと収束していくスピーディな展開などを鑑みるに本作の出来映えの方が上かなぁ。あとご紹介頂いた『贋札の世界史』も借りて併読しましたが、漫画と相互に補完し合う形で贋札の歴史をざっと概観出来、大変勉強になりました。 >エピソードも形を変えて漫画で拾われています。 4巻ではいわゆる「銀行の信用創造」や「世界初の先物取引市場となった堂島米相場会所のシステム」、5巻では有名な「第一次世界大戦後のドイツのハイパーインフレの顛末」、最終6巻では「第二次世界大戦後に世界経済が金本位制から管理通貨制度へ移行した理由」が分かりやすく説明されていましたねぇ。あと6巻ラストで「ルークの故郷の村に誕生したガブール人国家」は、近代アフリカ初の独立国家リベリアがモデルになっているんでしょうね。 【世界史の窓】よりhttps://www.y-history.net/appendix/wh1402-052.html それにしても有名無名問わず、実際の世界史エピソードを換骨奪胎してこれだけ魅力ある物語を紡ぎ出した作者の手腕にはただただ脱帽ですね…ただ難を言えば(マニアックな題材というだけでなく)ちょっと塾生には勧めにくいかな(苦笑)。特に女生徒にはw。 >公的・大規模な経済ではみんな便利で透明性の高い方を選ぶのが得になるので、ローカルな慣習や商習慣は残るとしてもベースは資本主義的アプローチに上書きされていく う~ん、やっぱり従来通りのまま変化無しなのかな。ただ将来の商慣行がどうなるにせよ、ハンス・ロスリング『FACTFULNESS』(原著2018年発表)の中で「もしも国連の人口予測が的中し、アジアとアフリカの所得がこのままのペースで伸びていったら、恐らく次の20年間で世界市場の中心は大西洋中心からインド洋周辺に移るだろう(p.178)」とある通り「西洋諸国が経済を牛耳る時代は、もうすぐ終わろうとしている(同前)」との予測が実現する可能性が極めて高そうです。アングロ=サクソン人の末裔たちが主導してきた経済活動の終焉を、どうやら私が生きている間に目撃出来そうでちょっとワクワクしていますw。
No.688 この道の者 7月20日 21:43
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