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Pretty Holic初出(2021年 → 1999年に設定変更)

 涼宮さんごの母親の実家はフランチャイズ加盟店だった…ということですかね。で、肝心の第一号店ですが、映像を見る限り品揃えがそれほど充実してなさそうですが大丈夫かしら?

 それにしてもフェアリードロップブランドが完全に「無かったこと」にされてますねぇ…これには珍獣えりか嬢も涙目ですわw(苦笑)。


>仕上げは妖精の姿になってプリティスマイル
>妖精の特別な力をギュッと詰め込む
>これ一つ一つにやってるの?

 地元四国でロングラン放映中の企業CMのオマージュかしら?(↓) 一品入“コン”!(笑)
 【徳島製粉公式・金ちゃんきつねうどん】

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>情報の非対称性を使った犯人当て

 私は初見で分かりましたw。容疑者の証言をガン無視したのが偶々功を奏したかな。


>遅れて本物の花屋さんがやってきます

 まぁ現実の商売人なら、「社用車の不具合のため遅れます。誠に申し訳ございません」程度の連絡はしてくるとは思いますけれどねw。


>停止しなければ自分で調べればいいし、停止したならそれで納得しているんだから(間違いに気づけない程度の器なんだから)いいんじゃない?って私なら思う

 自分の中だけで完結するなら私も御大と同意見なんですが、他者(特に若者)に及ぼす影響を考えるとそうもいかない気がしていますね。私の場合だと塾講師という職業柄「裏のとれていない聞きかじりの知識を、我が子よりも幼い塾の生徒らにドヤ顔で開陳する」のはなるべく避けたいとは常々思っています(一度発言した内容を後日修正して伝える機会にも中々巡り会わないので)。


>論旨が一貫していて読みやすかったね。ただ、一貫しすぎていて単調というより単純化も目立つ
>地政学だけで説明するために、不都合だったり余計な理屈が必要になる部分は排除された感がある

 地政学視点をベースとする本だけに、地理以外の要素は無視しているんでしょうねぇ(あるいは著者の専門外なのかもしれませんが)。とはいえ今回米国(とイスラエル)によるイランへの軍事攻撃においても、ちょっと前の対ベネズエラの事例と比較して随分と苦心しているように映るのは、本書内の「現代の世界で、多くの国がアメリカを怖がっていない理由は、海がアメリカの勢力を抑えているから(p.99)」に合致するように私には思えます。今回トランプ大統領は、湾岸戦争に結成された多国籍軍のような他国からの軍事支援は現段階では得られていませんから、戦闘終結までには相当時間が掛かるんじゃないかな(それは下落傾向にある株式市場の値動きにも反映されていますよね)。


>ロシアとNATOとの対立説明は面白かったけど、じゃあ国境を接している中国には攻め込めないの?

 そのあたりの記述は簡略ながらp.216~221あたりに記されていますね。簡単に纏めると「1990~2000年代に300年余に及ぶ領土問題の「完全解決」が達成されて以降、現在の中露関係は嘗て無いほどに良好であるが、未だに不信感は拭えない(=軍事同盟を結ぶまでには至っていない)」ということのようです。まぁ私としてはロシアの東西でそれ程までに「温度差」のある歴史を、著者には地政学的観点から上手く説明して欲しくはありますがw(恐らくモスクワを初めとするロシアの主要都市が西側(ウラル山脈以西)に集中しているからではあるんでしょうけれど)。

 因みに中露(当時はソ)関係が史上最悪だったのは共産主義における路線対立が先鋭化した1960年代で、遂に満州の国境付近で武力衝突が起きた1969年には双方に少なからず死者も出しています(↓)。
 【世界史の窓:中ソ国境紛争の項】https://www.y-history.net/appendix/wh1603-052.html


>現代人からすると荘園の実態が掴めない

 論旨を一貫させるために記述を単純化すると誤解を生む。かといって厳密に論じようとすると一般人には意味不明 … 啓蒙とは本当に難しいものですね。改めて「専門的内容を、レベルを下げずに一般人にも理解出来るよう噛み砕いて説明出来る」能力は、その道のスペシャリストとしての能力とはまた別種の特殊スキルなんだなぁと実感します。


>重要なのは、「土地や村が先にある」という順序です。人が住み、耕作している場所があり、その上に「その収穫や支配権を誰が握るか」というレイヤーが後から被さってくる。荘園はゼロから土地を作って囲い込むというより、既存の生産基盤に対する支配権の取り合い・再編です。
>つまり「一つの土地に複数のプレイヤーがそれぞれ別の権利を持つ」構造

 専門家からすれば色々物申したい、付け加えたいことはあるんでしょうけれど、取り敢えず私の場合はこの記述でそこそこ納得しましたねw。


>今週の読書

 今年のプリキュアシリーズに触発された訳ではありませんが、今回はミステリーで。

 ● アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件(上・下)』山田 蘭訳 創元推理文庫2018
   https://amzn.asia/d/09HNblXb

 2019年度「このミステリーがすごい!」海外編1位など数々の賞を受賞(ドラマ化もされているっぽいが私は未見)

・上巻感想 → 舞台は先の大戦から十年後の英国の片田舎。アガサ・クリスティ張りの古風なミステリーという趣で決して悪くはないけれど、今の時代にどうしてこれが巷の評価を集めるの?と思いながら読了。

・下巻感想 → あぁ、そう来たか、まさに「一粒で二度美味しい」そのものww(以下ネタバレ禁止)。しかしまぁ、よくこんな物語構成を思い付くものだなぁ(呆れ)。

 読むなら上下巻一気読みがお勧めです!(いろいろ忘れてしまうのでw)。


>魔王ら周辺の情報をおさらいして欲しい

 成程、お世話になりました。ただあのパンダの化け物が何だったのか(間違いなく伏線なんでしょうが)未だに分からないw(苦笑)。『カクヨム』の原作(無料で閲覧可能)に目を通してみるかなぁ。

編集・削除(編集済: 2026年03月23日 17:58)

ゲームマスターポジションをゲットしたゴウエモンはやり手

>名探偵に助けられたのっていつ頃?
 探偵の勉強は独学でしてたみたいだし間が空いていても不思議ではないね。幼少期ってのがお約束だけど。

>プリキットぶら下げるヤツ
 おっと、そうだった。手帳みたく使ってるせいでポケットに入れてるイメージが何故かついてる。


>思考停止に陥ってしまうんじゃないかという怖さ
 その発想はよくわかんないなぁw
 停止しなければ自分で調べればいいし、停止したならそれで納得しているんだから(間違いに気づけない程度の器なんだから)いいんじゃない?って私なら思うな。あとで気づいて修正するチャンスだってあるだろうし。


>フリーレン
 黄金郷編(七崩賢の生き残りとのバトル長編)を次のクールか映画に持っていきたい魂胆が透けて見えるなw


>『あの国の本当の思惑を見抜く地政学』 https://amzn.asia/d/0iSgFig0
 論旨が一貫していて読みやすかったね。ただ、一貫しすぎていて単調というより単純化も目立つかな。
 たとえばアメリカが実は弱い国で周囲から(軍事力に反して)脅威と思われていないという説明は読んでいると思わず納得しそうになる。けど現代は地理的な問題だけでなく、そこに経済プラットフォーム(基軸通貨ドル、貿易)や情報プラットフォーム(IT)などがレイヤーとして重なっていて、アメリカは軍事力以外の手札が多い。だから他国も同盟なり貿易なり資本提携なりで折り合いが付けられるから敵対するよりも組んだ方がお得だったりする(逆に中国も一帯一路といった政策をとる)。
 中国との対立もこのレイヤーでいえば、ちょっと前になんであれだけアメリカがHuaweiを排除しようとしたかというと、通信規格に中国が入ってくると最新鋭戦闘機などのデータリンクシステムに忍び込んでくる可能性があるから。
 ……というように現代は地理以外の要素も絡んでくる複雑な様相になっていることに全く触れられていないのは弱いかな。ロシアとNATOとの対立説明は面白かったけど、じゃあ国境を接している中国には攻め込めないの?って話になる。地政学だけで説明するために、不都合だったり余計な理屈が必要になる部分は排除された感があるね。


>『税と権力 ―中世人はどうして税を払うのか―』 https://amzn.asia/d/06GWAYeW
 あ~、これはわかんないね。途中で投げた。現代人からすると荘園の実態が掴めないんだよ。土地ベースなのか、権利ベースなのか、土地=権利なのか。つーことでChatGPTに聞いたのが以下。


 起点は律令国家の土地制度の崩れです。本来は国家が土地と農民を把握して税を取る仕組みでしたが、9〜11世紀頃になると有力貴族や寺社が自分の影響力の及ぶ土地を囲い込み、「ここは自分の管理地だから国の課税を免除してほしい」と主張するようになります。これが荘園の出発点です。つまり最初から境界が明確な領地があったというより、免税特権の主張が先にあって、それが土地のまとまりとして固定化していったという順序です。

 では境界はどうなっていたのか。結論としては「あるにはあるが、かなり曖昧」です。初期は特にそうで、「あの山の尾根からこの川まで」といった自然地形ベースの区切りや、隣接する村との慣習的な線引きが多く、現代の地番のような精密さはありませんでした。しかも開墾が進むと耕地は拡張されるので、荘園の範囲も流動的に変わります。新しく開いた田畑がどちらの荘園に属するかで争いになることも珍しくありません。

 さらにややこしいのは、荘園が「面として連続している」とは限らない点です。一つの荘園の中に複数の村が入ることもあれば、逆に一つの村の中に複数の荘園の権利が入り組むこともあります。これは「土地そのもの」ではなく「収益権」が単位だから起こります。同じ田んぼでも、年貢の取り分がAの寺、別の取り分がBの貴族、現地管理が武士、というように権利が重なっている状態が普通にありました。


 重要なのは、「土地や村が先にある」という順序です。人が住み、耕作している場所があり、その上に「その収穫や支配権を誰が握るか」というレイヤーが後から被さってくる。荘園はゼロから土地を作って囲い込むというより、既存の生産基盤に対する支配権の取り合い・再編です。

 当時の荘園領主(貴族・寺社)は、単なる実力ではなく、朝廷からの認可や古い権利文書を根拠にします。例えば「ここは免税地として認められている」「この土地は寄進されたものだ」といった形です。つまり、暴力だけでなく“権利の正統性”が非常に重視される社会です。もちろん現実には武力も絡みますが、必ず「これは正当な権利である」という形式を伴います。

 同じ土地に対して
・年貢を取る権利(荘園領主)
・現地で徴収・管理する権利(地頭)
・実際に耕作する農民

 が重なります。つまり「一つの土地に複数のプレイヤーがそれぞれ別の権利を持つ」構造です。

編集・削除(編集済: 2026年03月21日 10:07)

体育倉庫に閉じ込められるんだと思ってた…

 で、脱出するって「××しないと出られない部屋」的な意味かと…(穢れた心)

 二人(三人)の関係が盤石になった後で、連続謎解きイベントを持って来るのは説得力と安心感を与えられますね。何つーか、困難なイベントを乗り越えた後の無双展開を観てるみたいな感じに近い。
 後何気にポチタンがよく動いていたのが印象的でした。完全に守られるポジションでも親友ポジションでもない…近年見ないタイプの妖精だと思います。

>ヘソ出ししてる学校関係者ってなんだ?
 OG辺りが妥当かなぁ…と。生徒会長のお姉さんかも知れない。
 先代エクレールから新人エクレールへの継承展開があっても面白いかも知れない…探偵要素無いけど。(爆)

>あとそのノート、手帳みたいな扱いなんだろうけど目立ちすぎる。
>どこに仕舞ってるんだそれ?
 マジレスするとプリキットぶら下げるヤツに小さくなってぶら下がってます。
 で、ぶら下げるヤツは私服では腰に、制服では右胸に仕込んでるみたいですね。(どっちも上着に隠れている。)

>みくるの転校
 そういやみくるが名探偵に助けられたのっていつ頃なんでしょうね?
 名探偵に助けられた事と転校理由がリンクしているなら割と最近って事になりますが…
 転校は別の家事都合である可能性も…いや、今作の遊びの無い脚本でそこを別々にする意味は無いかな…?
 中一で転校してまで弟子入りに行くって行動力、ヤベェよなぁ…

>今週のアイスジャンキー
 割れたアイスの小さい方を手に取ったのは、大きい方を相棒に譲る優しさか?それともお楽しみは後に取っておくタイプだったのか?


>AIはそれなりに「尤もらしい回答」を示しがちなのでいつの間にか流され
 こないだ「LLMは知能なのか?」ってChatGPTで壁打ちしてたら、「LLMは統計的予測モデルに過ぎないが、人間の知能も予測モデルであると言える」とか、「侵襲型BMIを使えば、AIの説明困難な計算過程を文字と数式以外の感覚も用いて分かり易く説明できる可能性がある」とか言われて、ちょっと説得されそうになってるんですよねw
 そろそろ他のAIでファクトチェックしなきゃだなぁ…(苦笑)

>日常生活を送る上で感じる「ちょっとした疑問を解消」したいというモチベ
 自分もあまり無いですね(汗)。
 おまけに思い込みも激しい方なので、「どうせこんなもんだろう」と碌に調べもせずに自説を吹聴したりするから余計にタチが悪い。
 それでも文明の利器に取り残された老害たる両親を毎日見ていると、兎に角何でも良いから使いこなせる様にならねば…という危機感から、日記を読ませて自己分析する事を始め、AIを使う口実を何とか見付けようと日々暮らしていますw


>勇者のクズ
>魔王ら周辺の情報をおさらいして欲しい
 言われて整理してみたら、固有名詞(略称含む)の多さに反して対立構造は結構シンプルですね。
 EDで一緒に走っている面子毎に勢力が分かれていると思って問題無いです。
 学校に侵入していた男女が所属しているのがハーフドラゴン(武器商人)で、大体黒幕的組織。それを追っていたメガネが○された。
 で、ヤシロ達は敵討ちしたいんだけど、ハーフドラゴンの情報が無い。
 色々調べてたらマスクしてて腕飛ばして来る魔王(諸手の楔卿)が捜査線上に上がるが、何も知らんかった。
 なので更にその上司って感じの大魔王(ナントカの柩卿)から情報を引き出す為に、そいつが出て来るパーティに乗り込んだ。(←イマココ!)
 …ぐらいの認識で充分ではないかと思ってますケド…

>フリーレン
 そういやシュタルク前もアタッカーやる時は相打ち狙いだったなぁ…
 魔法の代わりに気とかが使える訳じゃないので、せめてあれくらい体(と武器)が頑丈じゃないとあの世界で前衛はやっていけないんでしょうねぇ…

編集・削除(未編集)

体育館と屋外グラウンドが隣接していないのか

 屋外で体育の授業中に、ゲリラ豪雨に見舞われたりしたら移動しにくいだろうなぁ(まぁ作中においては時代的にまだ心配しなくていいのかな)…それは兎も角、 それにしても何の前振りも事前説明も無い、いきなりの転校(?)イベントには面食らいましたね。


>盗品の隠し場所、犯人当て、推理競争、トリック当て、脱出ゲームなど様々なバリエーションで視聴者を飽きさせない工夫がされていて今作は脚本と演出のレベルが高い

 確かに。今回はこういう物語フォーマットもあるのかと正直感心しました。ご指摘の要素一つ一つは過去作の中でも単発回としてなら見覚えがあるものばかりですが、年間通じてと言うのは画期的ですね。長期シリーズにありがちなマンネリ展開に少しでも変化をつけんと試みる東堂いづみの工夫と苦心の跡が窺えます。


>知識を発言主体(責任主体)と強く結びつける場合、その保証がない情報全般は便所の落書きって扱いになるの?

 便所の落書きとまでは言いませんが、「不確定情報」として参考程度の扱いには留めますね。例えばこの板においてもメインはどなたかの著書や公式ブログの引用に依拠しつつ、Wikiに触れるとしてもあくまでサブ扱いでこれまでプレゼンしてきたつもりです。
 
 同様にAIの回答そのものも、主にこれまでの読書で得られた知識に照らしてみて(偶々手元に本があれば当該箇所に目を通すなどして)、内容を大筋で受け入れるか話し半分程度に留めるかを判断するように心掛けてはいます…ただAIはそれなりに「尤もらしい回答」を示しがちなのでいつの間にか流されて、思考停止に陥ってしまうんじゃないかという怖さはいつも感じていますね。

 あともう一つ付け加えるなら、「AIの回答そのもの」には懐疑的だけれども、「私が信頼出来ると判断した人物がAIの回答に対して下した評価」については信用しています(以下でも言及しますが、先日のアメリカの中東戦略を扱った御大によるAIとの質疑応答の記事とかがまさにそうですね)。これこそ「知識が発言主体(責任主体)と紐付けられた」実例そのものではないでしょうか。


>第一人者の定義は論文の被引用数になるでしょうから(中略)それで大体イケそうな気がする
>自分で仮説を立てて、この理解であってる?ってAIに検証もさせてる

 誠に嘆かわしいことに私の場合日常生活を送る上で感じる「ちょっとした疑問を解消」したいというモチベが余り湧かないんですよ。偶々読んだ本に触発されて深掘りしたくなったら時にググってみる、程度の知的好奇心しかどうも持ち合わせていないみたいですねw。
 

>英語では特定の魔女を指すのではなく、「魔女というもの一般」 に帰属するものを表すとき、複数形の所有格が慣用的に使われます
>「魔女たちが代々やってきたような(善意を装った害をなす)パン」という含意で複数形が使われている

 成程、men’s wear[紳士服]と似通った用例ってことですね。その説明には私も納得です(笑)。


>連続2クール

 個人的には魔王ら周辺の情報をおさらいして欲しいですね。テキトーに流し見しているので誰が誰の部下なのかが今イチよく分からないw。2クールなら尺には余裕がありそうだからエド(酒場の主人)あたりに解説させるとか、あるいは一枚絵でいいから提供前後のアイキャッチに人物関係図を入れるとかしてくれると助かるんですが。


>前方防衛戦略」
>「自国領内で戦う前に、敵を周辺地域で消耗させる」という発想

 佐藤優が「ロシアは国境を「線」でなく「面」で捉える」と語っていたのを思い出しますね(↓)。

◆◆◆

 ロシア人が線で国境を考えるのは、隣国が友好国の場合にかぎられます。少しでも隣国が侵入してくる危険性がある場合には、線で国境を引いたとしても、国境の外側の一定の幅のところに緩衝地帯をもつことを重視します。ロシアにとっての緩衝地帯とは、自国領ではないけれど、いつでも自国の軍隊が自由に移動できる地帯のことです。これは平原の大陸国家であり、「タタールのくびき」に苦しめられた長い歴史的な経緯からロシア人にすり込まれている国境観です。…… たとえば第二次世界大戦後のソ連は、東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーといった国々を、バルト三国と同じようにソ連に併合することは可能でした。…… にもかかわらず、ソ連はこれらの国々を併合しませんでした。併合すると、西側諸国と直接国境を接するようになり、衝突リスクが生じることになるからです。
 (佐藤優『大国の掟「歴史×地理」で解きほぐす』p.117~118より抜粋)

◆◆◆

 そういや地政学的には海洋国家に属するとされる日本も、中国大陸に植民地を抱える以前から敗戦までの半世紀以上に亘り、ロシアと同様の対外戦略を堅持していましたっけ(↓)。大陸国家ロシア(そしてイラン)が抱えているのと同じような、無限に拡大していく「安全保障ジレンマ」という名の宿痾に、当時の大日本帝国もかなり苦しめられていたようです。

◆◆◆

 1890年、第3代内閣総理大臣の山縣有朋(長州閥)は施政方針演説の中で「主権線(=日本の国境であり、絶対に守るべき防衛線)」と「利益線(=主権線を守るために必要な地域(要するに緩衝地帯のことで、演説時には朝鮮半島を指す)を含む外側の防衛線)」という地政学的概念を唱えました。…… 緩衝地帯のもう1つの欠点は、それを得ようとする行為自体が「攻撃的意志がある」ように見えることです。本来、緩衝地帯は戦争の可能性を下げるものです。しかし、それを設置する行為、特に武力で無理矢理得ようとする行為は、他国に「次は自分たちが攻撃されるかもしれない」との不安を抱かせます。…… さらに、一度緩衝地帯を獲得しても、「それをどう守るのか」という問題が発生します。結局、新たに獲得した緩衝地帯が強固な自然的障壁に守られていない限り、敵国に取られる可能性は常に消えません。よって、緩衝地帯にはそれを守る「別の緩衝地帯」が必要になります。

 例えば、開国後、日本はロシアの南下に対抗するために韓国を緩衝国としました。しかし、しばらくすると韓国を取られることを恐れたため、ここを併合しました。すると、今度は韓国を守るために満州を緩衝地帯にする必要が出てきました。けれども、満州が危なくなると外側に内モンゴルを確保、さらにそれを守るために外モンゴルと中国を確保しようと、どんどんと大陸の奥深くに入っていきました。…… このように、大陸では国同士が距離的に近く、防御に役立つ障壁もありません。緩衝地帯を作ろうにも、その行為自体が「攻撃の意志あり」と他国には映り、お互いを信用できません。この攻撃有利の状況が、大陸で安全保障のジレンマを構造的に悪化させます。 
 (社會部部長『あの国の本当の思惑を見抜く地政学』p.93~94, p.274より抜粋)

編集・削除(未編集)

AIは教科書として使ってない

>AIの使い道
 これ個人差あると思うんだけど、私が実際に使っているケースの大半は「ちょっとした疑問の解消」なんだよね。具体例をひとつ上げると、近年日本でよく耳にする民泊問題。

 これ、元々は2010年前後にアプリで家や部屋をシェアするサービスが世界的に広がったらしいのよ。当初の想定は空き部屋活用だったみたいだね。でもこれはモグリの宿泊だし、脱税の温床になるし、地域住民にも影響が出る。なので民泊法としてシェアリングを追認する形で可視化した。
 だから民泊法が問題なんじゃなくて、元々あったシェアサービスが際限なく広がるのを防止する目的から作られたんだね。けど、合法化に伴ってさらに民泊を不動産投資として売り出す人たちが増え、それに乗っかる人も増えて今のような状態になっている。これは欧米でも同じで面倒事になっている。
 日本でもっぱら民泊が言われるのは東京と大阪だけど、これは稼働率が高い場所でしか民泊は儲からないから。仙台民の私からするとピンとこないのは当然。仙台じゃ儲からん。逆にホテルがない田舎では民泊を活用しようって話もある。これはインフラの脆弱性を補おうという発想だね。まあ、需要そのものがないから無駄なあがきだと思うけど。

 ……っていうのを本で調べようとしても資料がない。Amazonで民泊って検索しても金儲けの本しか出てこない。こういうのをある程度時系列的に、海外事例を含めて、法的な比較もしながら整理しようとするならAIが一番てっとり早い。
 こういう疑問の解消を積み重ねることが私にとっての知の循環なのよ。上の話も実際にはAIとそれなりにやりとして情報引き出してる。自分で仮説を立てて、この理解であってる?ってAIに検証もさせてる。
 私の経験上これで問題がない。元々の知識のストックがあるし、疑問(好奇心)を解消したい動機もあるし、肌感覚で納得したいから「それ実際にはどうなってるの?」「誰が動いて、誰が金払っているの?」みたいな質問もバシバシするから解像度が上がる。

編集・削除(編集済: 2026年03月11日 11:18)

あんな「怪盗団なんて1クールあれば余裕でしょw」

 「そう思っていた時期が私にもありました…」

 前回のあんなの言動は、思ったより額面通りに受け取って良かったって事ですかね。
 雨降って地固まる。各々が各々の居場所や役割を見付けて(気付いて)、キュアット探偵事務所の地盤が固まったって感じですね。

 一方のニジー君。
 僕は憶えてないけど、彼は「プリキュアを倒す」と宣言して出て来たらしいので、ミッション達成度合は半分だから帰れなかったみたいですね。
 つまり、マコトジュエル二個差し出しても消される恐れがある…シークレットライブも前回(半分)失敗した手前、合わせる顔が無かったからの様な気もしますね。
 何だかウソノワールに対してビビり過ぎな気もしますが、その猜疑心がウソで覆われた世界を連想させます。

 因みに処刑装置ですが、「奈落」の単語から歌舞伎の舞台装置を拝借したのかと思いましたが、オペラにも似た装置(と言うか似た地下空間)が存在するみたいですね。
 もっとも、オペラの舞台装置は人間を運ぶ物ではなかったらしいので、今回の処刑装置はやはり歌舞伎モチーフっぽいです。

>アイスジャンキー
 ジェット先輩のオヤツから、アイスを全て差し出せば仲間になる可能性の高さよ。


>Witches’ Loaves(直訳:魔女達のパン)
>タウゼント トイフェル(=ドイツ語で「千匹の悪魔」)
 成る程…作中に残った最後の謎の答えを題名に持って来る、か…洒落てますね。
 その一方で、リンク先でも諸説ある様なので、AIにも訊きましたが、やっぱり諸説提示されました。
 こうなると自分で選ぶしか無いですね。自分の責任において。対等な立場での雑談なら大した責任にはなりませんが、教師と生徒みたいな上下関係が出てくると責任が重くなる分、口も重くなりますね…
 で、Claudeの答え。(↓)

 理由:民間伝承・慣用表現としての「魔女たちの~」
 英語では特定の魔女を指すのではなく、「魔女というもの一般」 に帰属するものを表すとき、複数形の所有格が慣用的に使われます。
 同様に、"Witches' Loaves" も「魔女が作るようなパン」という類型・概念を指しています。
 民間伝承では、魔女の贈り物は善意に見えて害をもたらすとされています。
 「魔女たちが代々やってきたような(善意を装った害をなす)パン」という含意で複数形が使われていると考えられます。


>比較的新しい学問領域や、
>同一事象に関して複数のものの見方が出来たりする研究分野
 それこそAIの出番だと個人的に思いますね。
 第一人者の定義は論文の被引用数になるでしょうから、被引用数の多い論文を10本。
 最新の論文を10本。
 加えて代表的な論文を10本。
 これらを要約して貰って勉強する。
 それで大体イケそうな気はするんですが…(数は適当)

 原典については自然科学には不動のカノンが幾つかありますので、寧ろ新しい情報に慎重になる必要があるとは思います。
 他の学問領域については分からないですけれど…
 取り敢えず自分としては、「知識の信頼性は何で担保するか(納得するか)」は自己責任という立場を取りたいと思います。
 「自分はこれこれこう思いますが、そちらについては分かりません。更に間違っていたらご免なさい。」
 それで叱られたり、恥かいたり、反省したり、アップデートしたり…そうやって間違えながら進んで行くのが勉強なんじゃないかなぁ…なんて。


>フリーレン
 一級魔法使いって基本根は悪い人は居ないんだろうけれど、どうしようも無く溢れ出ているあの胡散臭さは何なんでしょうねw

>勇者のクズ
 何やら連続2クールあるらしく、水増ししているエピソードもあるとか。
 だとしても、今回の魔王の事情や勇者の仕事術の設定説明に一話使う必要があったかどうか…
 設定のリアリティをひけらかすタイプの作品じゃないでしょう?っていうね。

編集・削除(未編集)

んじゃ掲示板らしく連投するか

>議論の足場
 逆に聞くんだけど、この道の者さん的にウィキペディアってどうなの?
 学問って知識体系なわけじゃん。AさんがA理論を立てて、Bさんがそれを元にA+B理論を立てて、Cさんが……っていう連続性(引用)を持った系譜なわけじゃん。ベースとなる理屈があってそこが議論の出発点になっている。当然誰が論じたかも辿れるし発言主体もはっきりしている。だからそこを基点にしたいってのはわからなくもない(私は何の専門家でもないから知らない人達が勝手に更新しているなー程度でしか認識してない)。

 で、ウィキペディアは不特定多数の寄せ書きみたいなものじゃん。誰が書いたかもわからんし主体もない。間違っていることもある。これは情報源としてどう扱ってるの?っていう。
 要は知識を発言主体(責任主体)と強く結びつける場合、その保証がない情報全般は便所の落書きって扱いになるの?っていう。

編集・削除(未編集)

一日に二通記すのは何年振りかなぁ

>10年後20年後に変わっている可能性もあるから(可能なら)更新すればいい
>新しいバージョンのソフトウェアやOSを使うように、道具も知識も新しいものを使えばいい

 (↑)このあたりは私も同意見です。ただChatGptの登場以降、あらゆる学問分野に関して最新知識がアップデートされる度合いが加速度的に増したようには思いますので、10年どころか5年前の新書の内容ですら既に過去の遺物になってしまっている感が個人的にはありますね。2015年に野村総研が発表した「AIやロボット等による代替可能性が高い(低い)100の職業」のリストを改めて眺めてみると、未来予測が如何に難しいものであるかがよく分かります。https://www.nri.com/content/900037164.pdf


>知識や正しさは変わっていく、と思っているから原典に重きを置かない

 ここは御大と見解が分かれる部分ですね。たとえ現代では間違っているとされる知見であっても、少なくとも原典発表当時は「(暫定的ながら)正しいもの」として世間に受容されたという点を私は評価します(その原典を批判したり修正したりを繰り返しながら今がある訳ですから)。つまり原典を金科玉条の如くそのまま鵜呑みにはしないが、学問の歴史的において果たしてきた役割を重んずるスタンスといえば良いでしょうか。

 そういったいわば「叩き台」的な役割をAIが担えるか?となると個人的にはちょっと疑問なんですよ。プロンプト次第で出力される内容が大きく変動するというのは、議論の足場がフワフワと定まらない( = 議論が深まっていかない)感覚が先立ってどうにも落ち着かない気持ちになります。私の場合、少々間違っていても構わないから、生身の人間たる当代の第一人者に「自身の責任において、現段階で私はこう思う」と断言して欲しいのかもしれません。思えば私がAIに質問を投げ掛けるのを余り好まないのも多分にそのせいなんでしょうね…まぁ、ここまでくると単なる好き嫌いの問題ではあるのですが。


>この道の者さんはおそらく権威主義寄り

 ご指摘の通り私自身「権威主義寄り」思考の持ち主だと思います。それは自身の感性が世間一般からズレているように感じることが多いので、自身の価値判断に我ながら信用が置けないという不安感の裏返しでもありますね。


>投資とか配当金で働かなくてもいいレベルの収入を得ている。もしくは会社を辞めても致命的にならない(給与が下がる職についても十分暮らせる)。そういう状況であれば常に「会社を辞める」選択肢を持ちながら働けるから精神衛生的に楽になる
>「降人」は生きる知恵、処世術に近い印象

 成程、安部公房『砂の女』のラストで、溜水装置の発明により、村人から毎日配給される水に最早依存しなくてもよくなった主人公が、今や「出て行こうと思えば何時でも村から出て行ける」からこそ、敢えて村に留まることを選んだみたいなものですねw(←読んだ人にしか分からない譬え)。

◆◆◆

 … べつに、あわてて逃げだしたりする必要はないのだ。いま、彼の手のなかの往復切符には、行先も、戻る場所も、本人の自由に書きこめる余白になって空いている。それに、考えてみれば、彼の心は、溜水装置のことを誰かに話したいという欲望で、はちきれそうになっていた。話すとすれば、ここの部落のもの以上の聞き手は、まずありえまい。今日でなければ、たぶん明日、男は誰かに打ち明けてしまっていることだろう。

 逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。

編集・削除(未編集)

あんなもニジーも子どもとして描かれている

>ニジー
 幹部含めて全員妖精なのか、ウソノワールだけが妖精で幹部は彼が作った人形(駒)なのか、あるいはウソノワールは人間で幹部はお供妖精なのか現状わかんないんだよね。
 これで何が変わるかと言うと、ニジーの言動って子どもが親にアピールしている態度そのものなんだよね。アゲセーヌとの言い合いも子どもの順番決めのソレに近い印象の方が強くて。だからあんながみくるに気を遣って独断専行したように、ニジーも親の歓心をかいたくて独断専行したという解釈も腹落ちする(私は半分その路線で見てる)。
 いずれにしても幹部、特にニジーは部下ってより子どものソレに言動が近いから、こいつを序盤で印象付けることでプリキュア側との対比や敵のポジション取りしてるかなって感じますね。


>比較的新しい学問領域では~暫定的に依拠するしかない
 そこは別に否定も消極態度も取ってないよ。実際私色んな新しい本読んでるし。
 この話の根本って「知識の信頼性は何で担保するか(納得するか)」だと思うんだけど、この道の者さんはおそらく権威主義寄りだよね。第一人者の原典をまず当たる。そこを基準に置く。学問的には王道。
 それに対して私は実証主義とか実用主義なんですよ。とりあえず使えれば良い。

 前提として私は人間をアホだと思っているので信じていません。今信じられていることでも100年後覆っている可能性は十分にある。それは100年前と比較すれば容易に実証できる。だからといって人間が言っていることが何もかも間違っているとは思っていない。使えるなら使えば良い。
 だから「その分野の第一人者の見解に暫定的に依拠」は当然する。だってそれが現在最新の「使える」ものだから。でもそれは今この瞬間であって、10年後20年後に変わっている可能性もあるから(可能なら)更新すればいい。新しいバージョンのソフトウェアやOSを使うように、道具も知識も新しいものを使えばいいんじゃない?っていう考え。
 知識や正しさは変わっていく、と思っているから原典に重きを置かないんですよ。機能的に代替できるならそれでもいいと思っているからAIの活用にも抵抗がない。自分で言うけど、私、一般人よりも圧倒的に本読んでるでしょ?w でもそれも情報の一つでしかないって思ってる。


>降りるってことを意識の隅に住まわせたい
>降りるってことを肯定的選択肢として持ち続けたい
 これはFIREで例えるとわかりやすいね。
 投資とか配当金で働かなくてもいいレベルの収入を得ている。もしくは会社を辞めても致命的にならない(給与が下がる職についても十分暮らせる)。そういう状況であれば常に「会社を辞める」選択肢を持ちながら働けるから精神衛生的に楽になる。上司に理不尽なこと言われても「どーせ辞めてもいいしな」で流せるようになる。これは投資界隈でよく言われるw
 ここで重要なのは「降りる」選択肢が選べること。辞める選択は十分に肯定的選択になり得る。けど、もし本当に会社を辞めたら次の選択肢を探さなければいけない。場合によっては選択肢がなくなる。「だいたい結果はろくでもないことになる」は逃げた先が袋小路になることを示唆している。

 あの会話って確かほぼ終盤だったと思うけど、あの時点で浜野は主人公が限界であることに気づいていたはずで、そうすると仕事を辞めたあとに(何かやらかしたあとに)選択肢がなくなってしまう。だから「生きていい」って選択肢を与えているんだね。「降りる」は「生きる」ことを前提としているけど、主人公はその選択肢すら持てなくなっていたから。
 ニーチェの「超人」は哲学的思想だけど、「降人」は生きる知恵、処世術に近い印象を受けましたね。

編集・削除(編集済: 2026年03月09日 20:40)

「2人じゃない。3人で!」

 (↑)ジェットパイセン:「俺は?」

 最長老にも拘わらずしれっとハブられていて草w。やはり222歳がJCグループに交ざるのは厳しいか。

 ところで「僕には後がない」がすっかり口癖になったニジーですが、前回マコトジュエルを2個ゲット出来た時点で素直にアジトに持ち帰っていれば、取り敢えずはその功績に免じてウソノワールとて粛清を猶予したんじゃないでしょうかねぇ。現地映像をライブ配信しているだけに、上司の指示に従わない単独行動は悪手でしかないと思うのですが。


>魔女のパン
>ミス・マーサの最早ファンタジーとさえ言える夢見がちな妄想とその暴走が溢れ出る様は、「魔女」の形容が相応しい様に感じます 

 cosmos様の見解も勿論理解出来るんですが、そうなると原題がWitches’ Loaves(直訳:魔女達のパン)と、わざわざ魔女を複数形にしていることが私には疑問です。

 恐らく著者O・ヘンリー自身には余り深い意図は無く、作中の中年男性が放つドイツ語訛りの罵倒語をそのまま表題に冠したのではないでしょうか(原文の…"Tausendonfer!" or something like it in German.(ドイツ語で「タウゼンドンファー」とか何とか )の件の謎単語Tausendonferを、やや音は異なりますがTausend Teufel(タウゼント トイフェル(=ドイツ語で「千匹の悪魔」)と解釈すれば複数形であることの説明は一応付けられるので)。
【参考:https://okwave.jp/qa/q226335.html#goog_rewarded

 個人的には、あの有名な「地獄への道は善意で舗装されている」の格言をも想起させる、やや皮肉を効かせた新潮文庫版(大久保康雄訳)の『善女のパン』のタイトルの方が好みですね(中坊の時分に氏の訳で読んだので愛着があるというのもありますが)。


>『最後の一葉』とか『賢者の贈り物』とか有名短編多い

 腕っこき刑事の“粋なはからい”が光る『よみがえった改心(原題:A Retrieved Reformation)』なんかもイイですよね。https://www.aozora.gr.jp/cards/000097/files/46342_23166.html なおどなたが出処かは不明ですが、戦前に本作を『改心以上』と大胆に意訳された方がいらっしゃいます。蓋し名訳だと思いますね。https://ameqlist.com/sfh/henry.htm


>木野寿彦『降りる人』[第16回(2025) 小説 野性時代 新人賞受賞作]

 四ヶ月待ってようやく借りられたので一気読みw。選者の一人である辻村深月氏による「この作品の一番のよさは、その「控えめさ」にある」との作品評には強く共感しました。

 何と言っても、主人公の同僚にして唯一の友人であるAVマニア浜野の造形が秀逸ですね。職場の空気は読めない(というよりも読もうとしない)し、協調性皆無で主人公に輪をかけて世渡り下手。加えて工場の期間工という、景気動向次第でいつ何時解雇されてもおかしくない派遣労働に従事しているにも拘わらず、卑屈にもならず開き直りもせず、今の生活に対する心からの満足を表明しつつ堂々かつ淡々と「我が道(AV道)を貫く」姿勢にどこかしら惹かれていく主人公 ― 譬えるなら主人公が島崎で、浜野が成瀬あかりみたいなものかな(どちらも大分薄汚れてはいますが)。それこそ二人で漫才コンビを組む世界線もあったかもしれないw(笑)。

 冗談はさて置き、物語終盤で二人が「なんてことのない海岸線の風景」を眺めながら交わすやり取りはちょっと感動的でしたね(↓)。

◆◆◆

 「ねえ、浜野の言う降人は、どうして降りる人なの?選択することを重視するんだったら、選人とかの方がいいんじゃない?」

 風が吹いた。何か見えないものがせまってくる感じがした。風が通り過ぎると、浜野は答えた。

「降りるってことを意識の隅に住まわせたいんだ。まあ、実際に何かから降りると、だいたい結果はろくでもないことになる。その責任を引き受けながらも、降りるってことを肯定的選択肢として持ち続けたい」

「なんだか難しいね」

 それから、一分くらい海を見て過ごした。やがて、
 
 「生きていい」

 と浜野は言った。「今のお前には誰も言わないだろうから、俺が言う。お前は生きていい」

 波が砕ける音がした。 (本書 p.212~213より抜粋)

◆◆◆

 浜野の言わんとしていることは、アレかな…『カラ兄』でアリョーシャ相手にイワンが熱弁を振るったあの有名な件とシンクロしているようにも思いますね(上手く言語化は出来ませんが)。

―――

「…… たとえじぶんがまちがっていても、おれはこの復讐できない苦しみや、癒せない怒りを抱いているほうがずうっとましなんだ。…… だから、自分の入場券は急いで返そうと思ってるんだ。おれがせめてまともな人間だというなら、できるだけ早くそいつを返さなくちゃならない。だからおれはそうしているわけだ。おれは神を受け入れないわけじゃない、アリョーシャ、おれはたんにその入場券を、もう心からつつしんで神にお返しするだけなんだ」(亀山郁夫 訳)
 

>情報の正確さを目的とするならば、そこは大して重要ではない
>専門書や研究書、実務書の類は私は原典主義を取りません
>誰が書いたかより、それが(今現在)正しいかの方を重視

 自然科学分野であればお二人の仰る通りだと思いますし、人文・社会科学分野でも(御大が例に出されたマズローの欲求段階説のピラミッドのように)発表年が古く先行研究が積み重なっている場合においては、「(現下において)正しいか否か」の判別は(AIに質問するなどして)門外漢でもある程度可能かと思います。しかし比較的新しい学問領域や、同一事象に関して複数のものの見方が出来たりする研究分野では、取り敢えずは「その分野で目下第一人者と目される人物が、著書や講演などで何と発言しているのか」に暫定的に依拠するしかないのではないかと思いますが、その点如何でしょうか? まぁ結局は「第一人者が述べている主張」にせよ「AIに質問を繰り返して得られた回答」にせよ、「個人的に納得出来るのはどちらの方か」が全ての判断基準になるのだろうとは思いますが。

 マズローの例が出たところで序でに私も一つ。宗教改革者カルヴァンが唱えた教義と言えば真っ先に「予定説」[=救いについて神の選びは予定されており、人間のいかなる意志も介入出来ない]が思い浮かびます(手元の世界史の教科書にもそう記述されている)。ところが私の手元にもある全4編80章に及ぶ大著『キリスト教綱要(1559年)』においては、かの「予定(の教理)」に関しては神論やキリスト論、信仰義認などの主教理に大幅な紙数を費やした後に、いわば補助的に言及されるのみです(具体的には第3編第21~24章の4章分。もっと言えば予定説自体カルヴァンのオリジナルでは無く、中世後期の14世紀にカトリックの神学者らが既に唱えている)。予定説を(現在へと至る)改革派神学体系の中心に据えたのは、彼の教説の熱烈な擁護者テオドール・ド・ベーズに拠るところが大きいみたいですね(ネタ元はA.E.マクグラス『キリスト教神学入門』教文館2002より)。

>今週の読書
 ● 似鳥 雄一『税と権力 ―中世人はどうして税を払うのか―』
  https://amzn.asia/d/05v3rBtu

 成程、分からんw(苦笑)。

 日本の中世期で税の問題を扱うと必ず税の徴収場としての荘園がセットで付いて来ますが、毎度ながらこれが何とも分かりにくいw(馴染みの無い地名の数々・時代によって変遷する役職名のオンパレード・乏しい記録資料etc.)。著者の主張をざっくり纏めると「荘園で働く百姓らは、それが神仏の加護(=呪力)であるにせよ具体的な武力の裏付けを伴う安住の保障であるにせよ、荘園領主に対し何らかの“見返り”を求めて納税していたのであって、決して常に一方的に収奪されるままだった訳では無い。一揆までは起こさずとも減額交渉のため領主宅に押し掛けたり、税金の使途にもの申す事例すら存在した。」ということのようです。

◆◆◆

 荘園の歴史を最後までみてくるとわかるのは、中世人が税を払ううえで重要なのは、誰が税をとりに現場に姿を現すかということであった。住民が望んだのは、本所や領家の組織に属する人物が実際に荘園にやってきて、現地の実情をみて、人々の声を聞いて、それらに適切に対応し、領主としての責任を果たすことであった。…… 中世前期の荘園では、その出自によっては、預所が領主の在地性を担う存在となった。中世後期には、預所が実務から離れがちになり、代官が現地を任されることが増えた。直接経営が困難な遠方の荘園では、経営の外部委託と納税の定額契約へ、移行が進んだ。そうして経営者が楽をして高い収入を得ようとすればするほど、経営は破綻に近づいていったのである。…… 税を払う者と運用する者とがじかに顔を合わせる関係をつくることが、中世という時代にあっては有効な手法だった。税が貸借に近いものであるからには、「納めれば保障で返してくれる」という信用を、住民に顔をみせつつ構築することが、領主の立場としては大事だった。いわば、税にとって重要なのは「顔のみえる権力」だったのである。(本書p.283~p.285より抜粋)
 
◆◆◆

 現在で言うなら立候補者が「ドブ板活動」で地道に有権者の心を摑む努力を怠らない―みたいなものかな。結局「人と人との繋がり」が何よりも優先されるという点は、今も昔も変わりは無いみたいですね。


>勇者のクズ
 
 作劇的には「溜め」の段階なのかもしれませんが…それを差し引いても全体的にどこかしら展開がモタついているという印象ですかねぇ(苦笑)。

編集・削除(編集済: 2026年03月09日 20:00)
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