新年一発目の辛口書評
4巻以降の八咫烏シリーズを読んだので、それ。
>空棺の烏(シリーズ4作目)
時系列的にはアニメの続き。雪哉が士官学校に入って何やかんや起こしたり、神官が若宮を真の金烏と認定した理由が明かされたりする。この人の本は初めて読んだけど、読みやすい。サクサクと一気読みできる。反面話の流れが雑w
・本来の真の金烏は歴代真の金烏の記憶を保持しているはずなのに若宮にはそれがないので即位できません!
→なんで? 結婚したんだから進めろよ。真の金烏じゃなくてもそれが通例じゃないの?
・記憶がないのはおそらく先代の遺体が回収できていないから(神域に行ったまま戻らなかったから)かもしれない。
→ならもう真の金烏認定しろよ。その理屈だったら記憶の連続性は将来に渡って絶たれてるじゃん。遺体回収ミッション始めるのかと思いきや、
・再び猿が現れて案内されたらそこに遺体がありました。触ったら記憶戻りました(なお次の巻でやっぱり戻ってないことが判明)。
→雑ぅぅぅ
雪哉の話も結局長束派のあぶり出しと粛清なんで、それ2巻とやってること同じだよね?感ある。若宮が空気化してることも踏まえて、作者が雪哉でヤレヤレ系主人公やりたかったってなら納得。
>玉依姫(シリーズ5作目)
6作目とセット的な内容(1&2巻と同じような構成)。
舞台が1995年の日本、とある山の村では奇妙な風習が残っていた。お祭りと称したそれは……。突然始まる因習村。この話、いる? 名前探しの件、死ぬほどどうでもよくてマジきつかった。この巻は「山内」世界の謎を明かす、起承転結のまさに「転」。実は烏も猿も山神の眷属でしたって話なんだけど、そのぶち上げ方を人間世界側からの視点で描くのってシンプルに構成力がないと思う。散々引っ張ってこれかよ。こういうのって視聴者と作中人物の視点を同期させながら明かしていくところに盛り上がりがあるでしょ。少なくとも同時並行的に進めるとかあると思うけど、構成が面倒くさくて雑に放り込んだって解釈するのが一番スッキリする。
主人公の少女も思考がめちゃくちゃで、話に都合のいいキャラしたてて雑にぶっこんでる感がすごい。
>弥栄の烏(シリーズ6作目)
話の流れが4/5くらい玉依姫と被ってるから飽きる。こういう構成はデビュー作の2作目かつ若宮がほとんど正体不明だったからこそパンチがあるんであって、第1部最終巻でやられてもなぁ。構成そのものに何のギミック的面白さも物語的な意味もない。
毎回取ってつけたように真相が語られるのもそうだけど、この作者王道が書けないんだろうなって思う。
普通6巻分も話が進めばキャラに深みが出たりするんだけど、だんだん薄っぺらくなってる。アニメだと長束が後半から無能になったけど、若宮もそう。4巻以降ただ状況に流されるばかりで言い訳しかしてないキャラになってる。それによって若宮の弱さや不完全さにスポットが当たるようになったとも言えるけど、今起きていることに全て人格が呑まれてて、お前何やねん?って感じにもなってる。人間界で外遊していたって話だけど5作目で人間の世話をするときに全くそれが活かされてないのもそう。お前のこれまでの経験や知識はどこに行った? 雪哉も同じ。いつの間にか冷酷マシーンになってるけど、お前という人間は結局なんなんだ?
こうなる理由は単純で、そのときメインで描きたいキャラ以外は当て馬にされるから。通常ではやらない構成で引っ掻き回したり、新キャラをどんどん投入するせいで既存キャラすら割りを食ってしまってる。展開ありきでやるからキャラの感情めちゃくちゃ。そもそもこの話、誰が主役? そういうレベルにまでなってるのは作品に一貫性がない証拠だと思う。あっちかじって、こっちかじってを繰り返したらこうなる。