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スレッドNo.453

アイル君戻って来ませんね。まぁ別に名残惜しくありませんが

>ヤモーさんは貴重なツッコミ担当
>視聴者と一番目線が近いのこの人

 校長以下大人ポジの魔法学校関係者不在の中、仕方無く幼稚園児の集まりを引率せざるを得なくなった保護者代表…といった趣でしたね。彼のお蔭で話の運びもスムーズで、久し振りにストレス無く視聴出来ましたw。

 番組の季節改編的に恐らく来週あたりが最終回だと思いますが、特にどんでん返しも無く決着しそうですね。深夜にわざわざ1クールも掛けてやらなくても、前後編各50分ぐらいの特番で良かったんじゃないか?というのが今のところの正直な感想です。

 例えば、別に「ひーちゃん」なる別人格の設定を持ち出さなくても、はーちゃんがアイルに力を奪われて再び幼児化 ⇒ みらいの両親や祖母には「はーちゃんそっくりの従妹のひーちゃん」とでも説明して言い抜ける、とかで良かったと思いますけれど。「アイルの母親が魔法学校出身」という設定も別に本筋に絡んで来ている訳じゃないですし、全般的に夾雑物が多く物語のテンポを阻害している感は否めないですかねぇ(苦笑)。


>著者の本で庭にレール敷いて電車走らせて遊んでるみたいな記述あった

 「暇に飽かせた高等遊民による手すさび」感が漂って来ますね(笑)。


>イスマイル・カダレ
>オススメはしないw

 既にこの板でプレゼン済でございますw(↓)(「夢宮殿」で検索するとヒットします)
 (No.164この道の者2023年6月13日 00:18)

 今回カフカの『城』を読んだ切欠は、職場に行く途中で聞いている『NHKラジオ まいにちドイツ語応用編』でカフカ作品を特集していたからですが、まぁ代表作の『変身』以外はどれもこれも粗筋を聞いただけで、(完結・未完を問わず)読みたいという気を見事に起こさせない訳ワカラン物語ばかりですね。不条理文学の「先駆者」という以外、特に評価すべき点の無い作家なんじゃないでしょうかw(暴言)。
 
 「カフカっぽい作品」と聞くと、私は筒井康隆編のアンソロジー『'72日本SFベスト集成』
https://amzn.asia/d/atT3Y7E 所収の短編・山野浩一『メシメリ街道』が真っ先に頭に浮かびます。思えばこれが私が高校生になって「初めて自分の小遣いで買った」大人向けSFでした。思い出補正が多分にあることは承知の上で、このアンソロジー(60年代は一括り・71年~75年は各年度ごとに編まれた全6冊シリーズ)は、今更ながら珠玉の名作揃いだったなぁと懐かしく思い出されます。


>永劫館超連続殺人事件

 「ブラッドベリ家」に「ヒースクリフ」と来たかww…仮に本屋で見掛けたとしても間違いなくスルーするタイプの本ですね(苦笑)。気にはなりますが最寄りの図書館はまだ改装中だし、今のところちょっと読む術が無いかなぁ…。


>今週の読書

 ●ジョージ・オーウェル『パリ・ロンドン放浪記』
  https://amzn.asia/d/jgga2o4

 世界恐慌(1929)を挟む足掛け3年間に『動物農場』・『1984』の著者が、最初はパリで、次いで故国ロンドンで体験した最底辺の生活記録です。同じ極貧生活でもパリとロンドンとで「お国柄」の違いが感じられるのも含めて、興味深く読めました。

◆◆◆

 この三週間は悲惨でやりきれないものだったが、さらにひどくなることは目に見えていた。というのも、まもなく部屋代が切れる日がせまっていたからだ。それでも、予想していた四分の一もひどくはなかった。というのは、貧乏のどん底にちかづくと、あることを発見して、あとはたいていどうでもよくなってしまうからである。退屈で、けちなやりくりに追われるうちに、飢えがせまってはくるものの、貧乏には同時に大きな救いがあることを発見するのだ。将来というものが、消えてしまうのである。金がないほど心配も少ないというのは、たしかにある程度まで真理である。百フランでも持っていれば、気が狂いそうなほど心配になるだろう。だがたった三フランしかないとなれば、話はまるで違う。三フランあれば翌日までは食える。そしてその先のことは考えられない。退屈ではあっても、怖いことはない。「あしたは餓死するだろうなあ ― えらいことだな」とぼんやり考えはする。だがそれっきり、また別のことで気がまぎれてしまうのだ。マーガリンつきのパンという食事は、それ自体である程度の鎮静剤にもなるものだ。

 この他にも、貧乏なとき大きな慰めになる感情がある。どん底に落ちたことがある人なら、誰でも経験していることだろう。それは、自分がついにほんとうのどん底に落ちたと悟った解放感というか、喜びと言ってもいいほどの感情である。零落するという話は始終していたわけだけれども ― ついに、いよいよ零落してまさにどん底まで落ちたというのに、それに耐えられるのだ。そう思うと、不安はあらかた消えてしまう。
(p.27~8より)

◆◆◆

 体験者ならではのリアルさが漂ってくる記述です。「貧すれば鈍する」という諺の本来の意味とは微妙に異なりますが、「トコトンまで窮乏すると不安感が鈍磨する」みたいですね。これも人間が生まれながらに持つ「生存戦略」の一つなのかもしれません。

 あと興味深かったのは「物乞いに施しをすれば感謝してもらえる」というのは「全くの思い違い」だと喝破する件でしょうか(↓)。

◆◆◆

 全く奇妙な、何ともやりきれない光景だった。[教会堂の]下には一握りの純真な善意の人びとがいて一生懸命にお祈りをしようとしているのに、上では、その人たちに食わせてもらった百人の人間が、故意にその邪魔をしているのだ。…… それは、食わせることによってわれわれを侮辱した人間に対する、復讐だったのである。…… これは興味ぶかい光景だった。いつもの浮浪者たちとは、あまりにも態度が違っていたからである。ふだん慈善にあずかるときに彼らが見せる、虫のように卑屈な感謝の態度とは大違いだったのだ。むろんその理由は、われわれの方が会衆より数が多くて怖くなかったからである。慈善を受ける者は、必ずと言っていいほど、与えてくれる人間を憎むものだ ― それが人間性の抜きがたい性癖なのである。そこで、味方が五十人なり百人なりいるとなれば、その憎しみをあらわにするのだ。(p.245~6より)

◆◆◆

 「恩を仇で返す」ことこそが「人間性の抜きがたい性癖」なのだとするオーウェルの洞察力には感服しますね。そういや『カラ兄』の「神に召された修道苦行司祭ゾシマ長老の一代記より」の中で、50代の地元の名士が「14年前に犯した殺人の罪」を自分からゾシマに告白・懺悔して赦しを請うておきながら、今や自らの後ろ暗い過去を知る唯一の人物となった当のゾシマその人を憎悪し殺そうと考えたという、これとちょっと似たような話があるのを思い出しました。


>「無用の長物」と化したロスト・テクノロジー

 私はローテクの手法を駆使したコンピュータの元祖とでも呼べる「バベッジの階差機関(difference engine)」を思い出します。これは記事の中でも言及されているウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング合作のSF小説『ディファレンス・エンジン』を通じて初めて知りました(因みにヴィクトリア朝時代の英国の雰囲気が伝わってくる以外は、大して見るべきところの無い小説ですw(毒))。
https://madamsteam.com/column/6881


>魔改造の夜
>何処にもリーチしない内輪ウケで盛り上がってる

 ん〜、私は逆の意見です。営利が絡んでくる開発案件は民間会社の場合本業で散々やっているでしょうから。むしろ「直接的には何の役にも立たない」テーマだからこそ、プロの技術者ら(とそのタマゴたち)の本気の遊びゴコロが観る側に純粋に伝わって来るように思いますが、どうでしょうか? あと放送媒体がNHKですし、将来エンジニアを志す人向けの「教育番組」という側面も無視出来ないような気がします。

 どちらかというと私は、このようなコンセプトを持つ番組そのものが成立しなくなってしまう(=大学にも企業にも経済的・精神的余裕が無くなる)時代がいずれやって来るのではないかと、そちらの方が心配ですね。


>『チ。―地球の運動について―』アニメ全25話完結

 一通り視聴しました。思想を異にする登場人物らの激しい言葉の応酬に興味を惹かれた部分も多少ありましたが、話が漸く盛り上がって来たかと思ったら「仕切り直し」が三回もあり、ブツ切り感が半端無かったです。ラストもあっさりしたもので、半年間追い掛けてこれかよ、と正直ちょっと期待外れでしたw(苦笑)。

編集・削除(編集済: 2025年03月18日 05:43)

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