わざわざミルフィーユに言及しているということは >みくるの幼少期の滞在先
私はフランス説を唱えてみます。モーリス・ルブラン(アルセーヌ・ルパンの生みの親)、ガストン・ルルー(代表作『オペラ座の怪人』・『黄色い部屋の秘密』)らを輩出した国でもありますし。
それにしても英仏の綺羅星の如きミステリー作品群を前にすると、(少なくともジャンルの草創期における)“隣国ドイツの不毛っぷり“が実に際立ちますねぇw(苦笑)
>そこで埋もれた記憶が掘り起こされる萌絵さん。自分がマカロンを食べるとき母がソファに寝転びながら見ていた。一緒に食べて、一緒に美味しくないね、と笑い合っていた記憶
幼少期に十分構ってもらえなかったという認知バイアスが先行して、あんなとみくるに指摘されるまで「忘れていた」ということでしょうが、言葉を介さずに伝わる想いってのもあるじゃん、そんな大事なこと忘れるかなぁ?というのが正直な感想でした。絵の向きについても私も最初から寝そべっている様子を描いたものに見えたので、それも含めて今回は設定自体がやや不自然という印象は拭えませんでしたかね~。
>自分も被験者やった事あるから思うんだけど、実験ってそれ自体が非日常
遙か昔ですが、私も学生時代に(確か心理学専攻の学部生の卒論研究かなんかで)被験者の一人に応募した際に同じような感想を持ちました。変に身構えてしまって「こんな解答をした方が実験者には喜ばれるかな?」とか色々と雑念が湧いて来て、全く自然体では無かったように記憶しています。
そういった「身構え」を防ぐために、ダミーの研究テーマを掲げるなどして被験者らの注意をミスリードしつつ、本当に調査したい事柄を「ものの序でであるかのように調査アンケートの隅っこに付記する」体で、あくまで何気なさを装いながら問い掛ける工夫を施している場合もあるようです(大学入試問題(英語)で目にしたことがありますw)。
>『カササギ○人事件』
確かに読んだ直後は「よく出来ているなぁ~」と感心したのですが、御大ご指摘の通り、改めて考察してみると少なからず粗が目立つ作品でしたねw(苦笑)。構想に15年を掛けたとの売り文句の割にはやや看板倒れでした(毒)。
ただ「上下巻合わせて700ページ超えで3人しか死んでないのは単純に退屈」という部分だけは異論があります。数年前に読んだ『オリエント急行殺人事件』も400ページ弱で冒頭に登場する富豪一人しか死んでいませんし。作中における死者の人数そのものが問題では無いのではないでしょうか。
上手く言えないのですが、『オリエント~』においては、かつて年端も行かない娘を誘拐し○害した過去を隠し通し法の裁きを免れた富豪を相手に、関係者ら総勢12名が結託し入念な計画を立てて見事復讐を遂げるというプロットから、単なる謎解きに留まらない「意地でも落とし前をつけさせんとする被害者遺族らの執念」がひしひしと伝わって来たのに対し、本作は「記号化されたキャラクターらがプロットの都合で作者に都合良く振り回されている」ような印象を受けました。
>『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
>ヒロインで持ってる作品
原作を読まずに映画から入った方が楽しめたかもしれないですねw。小説版にはロケットの図解以外に絵は出てきませんし、本文からはロッキーのビジュアルについて私は全く思い描けなかったので、結局「愛すべき異星人」への馴染みも湧かずじまいでした(苦笑)、
● 今週の読書
竹内康浩・朴 舜起『謎ときサリンジャー 「自○」したのは誰なのか』新潮選書2021
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「表題中のバナナフィッシュとはジャパニーズバナナ(芭蕉)、つまり松尾芭蕉の俳句のメタファーだったんだよ!!(ドヤァ)」
「な、なんだってー!?」
(↑)本書を読むと強ちトンデモな主張では無いみたいで草w。
当たり前ですが、先にサリンジャーの関連作品(五男二女を擁する「グラース一家」を取り上げた連作)に目を通しておかないと楽しめないという、大変手間の掛かる本ですw。私の場合『ライ麦畑』くらいしかまともに読んでいなかったのでこれを機会に一通り全部読んでみましたが、エンタメ的にはそこまで面白い作品群ではないので(毒)、正直読み手を選ぶ本ですね。
本書で展開される、当時サリンジャーが傾倒していた(らしい)禅に代表される東洋思想の観点から読み解いた「斬新な謎解き」には、ふーむ成程なぁと感心する要素と、流石にそれはコジツケなんじゃないのと鼻白む要素とがそれぞれ絶妙にマッチして個人的には面白かったですねw(←それは褒めてるのか?)
一応グラース一家関連の作品を以下に挙げておきますね(↓なお『ライ麦畑』はグラース一家ものとは直接の関係はありません)。
① 『ナイン・ストーリーズ(9つの物語)』1948~53発表:自選短編集(なおグラース一家の人物が登場するのは9つのうちの3つだけ。冒頭の『バナナフィッシュにうってつけの日』のラストで描かれる長兄シーモアの「自○」を巡る謎が本書のテーマ)。
② 『フラニー』1955発表:次女にして末っ子のフラニーの「若者ならではの」精神的苦悩が描かれた中編。
③ 『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』1955発表:存命時のシーモアが花婿であるにも拘わらず結婚式当日に姿を見せなかったことから生じたドタバタの顛末を、次兄バディ(サリンジャーの分身)の視点から描いた中編。
④ 『ゾーイ』1957年発表:時系列的には②の後日譚。五男のゾーイが傷心のフラニーを何とか立ち直らせようとあの手この手を尽くす中編。
⑤ 『シーモア―序章―』1959発表:主に幼少期のシーモアに纏わる他愛無いエピソードの数々を、バディが(どういう訳か)苦心惨憺しながらほぼ改行無しでだらだらと物語るという中編。物語なのかエッセイなのかよく分からない作品。
⑥ 『ハプワース16、1924』1965発表:七歳時のシーモアがキャンプ地ハプワースから家族に宛てて書いた長文の手紙をバディがそのままタイピングしたという体を取った中編。七歳児にも拘わらずお前人生何週目?と思わずツッコミを入れたくなる老成した記述が満載の、⑤以上に小説としては完全に破綻している実験的作品。なおサリンジャーが生前に発表した作品は本作が最後で、これ以降死ぬまで隠遁生活に入る。
◆◆◆
ところどころに光る部分は感じるものの、全体としては…代表作『ライ麦』は別として、正直サリンジャー作品の何処が評価されているのか私には未だに分からんですなw(汗)。例えば長兄シーモアのことをバディ以下兄弟姉妹ら揃って崇拝と言っていいほどまでに尊敬しているんですが、それほど魅力ある人物に描かれているようには到底思えませんでしたしねぇ。
>印堂は北海道
まぁどうせお話の都合上3人とも北の大地に連れて行くんやろうなぁ(白目)。それにしても女子高生トリオを連れ回す住所不定無職の男という事案塗れの構図…ペンドラゴンの父君の許可は降りるんでしょうか。