自分から願い求めて無理くり「悪のドーピング」を実行 → やっぱり漂白されちゃいました、の黄金パターン
(↑)『フレプリ』のイースとか『スイート』のセイレーンとかが思い出されますが、近年のシリーズでは珍しい気がします。改心キャラに相当する『Hugプリ』のルールーにしろ『デパプリ』のあまねにしろそんな風には描写されていなかった筈ですし(『ひろプリ』終盤のソラの「闇落ち選択」はましろを人質に取られていたので別カウント)。
>エクリプス・シャドウ
「エクリプス(eclipse:日食・月食)」の名付けは、「長時間続かない」ことを含意しているのかもしれないですね。
>私だけが世界の真実を知ってます、みたいな雰囲気を出していますがシンプルに攻略チャート間違っちゃったと思う
くれあとるるかの関係性は、人物の立ち位置や物語展開も含めて、『まどマギ』のまどかとほむらを彷彿とさせるものがありますね。「一見普通の少女だが類い希なる資質を備えており、しかも本人はそのことに無自覚」な点でくれあとまどかは共通していますし(まぁくれあは恐怖の大王では無いとは思いますがw)、「孤高の強者キャラかと思いきや陰キャでぼっち」・「誰にも相談せず自分の思い込みだけで暴走する」るるかはほむらに重なって見えますし。
偶々ですが、そういや『まどマギ』の新作映画が今週末公開されるんでしたっけ?まぁ私の中では既に「終わった作品(毒)」なので観に行く予定は無いんですがw。
>天は赤い河のほとり
>情報密度も高過ぎないし、話も王道だしで大変観易い
>観易過ぎて印象が薄くなる
全く仰る通りだと思います。如何にも少女漫画らしい王道展開だけに意外性が無いんですよねぇ(笑)。
あとやっぱり物語の舞台が余りにも古代過ぎるので、「当時は鉄製武器が最先端の軍事テクノロジーだった」以外の当時の文化風習に纏わる蘊蓄エピソードが皆無なのもマイナスポイントかな。
>『天幕のジャードゥーガル』第9幕
モンゴル帝国中枢部の内紛を画策し自壊に至らしめようとする主人公の奮闘が描かれていくんだろうとは思うんですが、今のところ宮廷政治を主導するどころか翻弄されてばかりいますね。この物語のペースだとせめて2クールは無いと中途半端なところで終わりそうですねぇ。
>普通の「好き」が、なぜ一部の人では人生の中心になるほど肥大化するのか。こっちのほうが、むしろ心理的には面白い問題です
興味深く読ませて頂きました。勿論生身の人間が入力するプロンプト次第ではあるんですけれども、人間心理に関してAIがこれ程までに的を射た分析が行えるとは正直驚きですねw。
御大が指摘される「当たり前から少しずつ外れて沼って行く心理の方が重要」という点は私も同感です。前にもこの板で書いた気がしますが、マイノリティの立場から発信された作品は既に巷に溢れかえっていて正直お腹いっぱいなので、「至ってフツーの市井の人が、どのような過程を経つつ道を踏み外していくか」を説得力豊かに描いた創作物を読んでみたいとは常々思っています(世間的にも絶対その方が需要があると思うんだけどなぁ…)。
>最近の読書
多忙な夏期講習会の最中にも何冊か読んではいるんですが、ハズレが殆どでプレゼンする気が起きないw(苦笑)。どうにか唯一これくらいかな(↓)
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夢野久作・江戸川乱歩・小松左京ら、戦前・戦中を生きた作家達による戦争を題材にした短編アンソロジー。表題は巻末の坂口安吾のエッセイから引用したもの。
私が小中学生だった時分に読んでいたなら、最近の言葉で言い表すなら「はいはい戦争体験者の老害マウント乙」ぐらいの受け留め方しかしなかったであろう作品群ですが、今や「戦争を知らない子供たち」が傘寿を迎える時代に改めて読み直してみると、あの時代を生きた人ならではの実体験に裏打ちされた描写、文言の一つひとつに思わず襟を正す気持ちにさせられてしまいますね。
以下、収録作品の一部について一言感想を記します。
・坂口安吾 『アンゴウ』:
タイトルには聞き覚えがありましたが…まさかこんなにもの悲しい、切ない話だったとはw。
・夢野久作 『戦場』:
あの『ドグラ・マグラ』の著者の遺稿なんだとか。てっきり戦中に執筆されたものの内容的に発禁扱いとなった作品なのかと思いきや、1936年(日中戦争勃発の前年)発表と聞いて驚きました。
・山川方夫 『夏の葬列』;
私の世代は中学国語の教科書で読んだ思い出があります。その時も衝撃を受けましたが、再読してみてやっぱり短編のお手本と呼んで差し支えないなと素直に思える名品ですね。執筆時の年齢が32歳というのが信じられんわw(なお1965年に交通事故死・享年34歳…若いなぁw…)。
・小松左京 『召集令状』:
生前「戦争がなかったら、おそらく僕はSF作家にはなっていない」(『SF魂』)と公言されていた小松御大の“創作の原点”が窺える作品です。氏の膨大極まる著作においては、短編『地には平和を』・『戦争はなかった』・『春の軍隊』・『くだんのはは』と同系統の“戦争もの”ですね。私にとっては中坊以来の再読ですが、年齢のせいか昨今のきな臭い世界情勢のせいか、初読時に感じた“説教臭さ”はやや薄らいだように感じました。
・仁木悦子 『山のふところに』
著者について私は存じ上げませんでしたが、Wikiによると「児童文学からミステリー畑へと転進し、“日本のクリスティー”と呼ばれていた」らしいですね。あっけらかんと描かれる老婆の“心の闇”が読みどころです。
・坂口安吾エッセイ 『もう軍備はいらない』
相変わらずいつもの安吾節が炸裂しています。戦争末期に東京を繰り返し見舞った空襲に纏わる以下のエピソードは、心理学でいうところの「解離」に相当する描写でしょうか(↓)。
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… すぐ目の前で小さなバクダンの筒に頭を砕かれて大の字にひッくり返って死んだ人間については全然無感動であったと云ってよい。雨に打たれて誰かが○んだ。それがオレでなかっただけの話にすぎないのである。…… あの時の大半の人間というものは自分の手で人を○ことも忘れていたようなものだ。どうせみんな○んじまい、焼けちまい、バラバラになっちまうんだ。我我の理性も感情も躾もみんな失われ一変して、戦争という大きなケタの違うデカダンが心や習性の全部にとって代っていたのだ。……(p.243~244より)
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なお巻末解説はありません。まぁこのアンソロジーに関しては無くて正解ですねw。