評判・興収とも絶好調のようで何よりですね
>この映画はハピネスチャージの映画『人形の国のバレリーナ』とコンセプトがほぼ同じです(脚本も同じ人)
そういや我が子を溺愛する余りモンペ化していく母親を扱った作品もあったなぁ…と思いつつググってみたら、映画『プリキュアオールスターズNewstage3 永遠のともだち』(2014年春)のマアム(ユメタの母親)がそうでしたね(こちらも成田脚本でしたわw)。
本作ではマアムに相当するキャラはアランですが、新たに「(プリキュアに指摘される前に)自分のやっていることは本当にかりんのためになっているのか?」を自問する存在としてのレインを配置したところ含めて、単なる過去作の同工異曲にさせまいとする制作者サイドの工夫が随所に滲み出ていたように思います。
>この映画の良いところは「ダメダメ」というキャッチーさ
>2、3歳くらいの子でも終始「ダメダメ」言いながら楽しんで見ていました
>映画が終わった直後、近くの席にいた親御さんが子どもに~言っていたのが印象的
この反応には制作者サイドも思わずニッコリw。まさに教育番組としての面目躍如ですね。
ネット上の映画感想ブログでも多数指摘されていましたが、「ダメダメが貼った×印は、貼られた当人自身は剥がすことが出来ず、周囲の人間が取り除く他無い」との描写が徹底されていた点が心に残りました。「自己肯定感の欠如を克服するためには他者からの承認が必要不可欠」との抽象概念を、子ども向けに非常に分かり易く可視化していることに感心した次第です(しかも「結構簡単に剥がせる」という描き方も妙にリアルでしたしね)。
>味方になるのを前提にした)悪のプリキュアは作劇コストが重すぎる
『デリシャス』のあまねの場合、るるかほどは「贖罪」に尺を割いて無かったような気がするなぁ…とつらつら考えてみるに、彼女の場合:
① 闇堕ちした経緯について一切触れないことで、ブンドル団に加わっていたのは「心を操られていた」からであって、彼女の自覚的選択に拠るものでは無いとする「言い訳」が成立する余地を残した。
② 「デリシャスフィールド」を利用するなどして、一般人と直接関わりを持つシーンを極力描かないように配慮した。
③ ジェントルーを扱ったグッズ展開が存在しなかった。
あたりがその理由なのかなぁと思っています。
>名探偵プリキュアRPG
9/21(月)に公開ということは、るるかが光堕ちしてから僅か三週間で作っちゃったってことですよね?相変わらずネットの世界は広大ですねw(昔からゲームはやらないのでプレイしてはいません)。
>『遅刻の誕生』
>章ごとに執筆者が異なるタイプで、個々の事例は詳細だけど全体としてはややまとまりに欠ける
御大のご指摘の通りですね。一般向けというよりは玄人向けの学術論文集という趣で、そこまで詳細な情報は求めて無いんだがなァwと思いつつ読了しました。
日本だけでなく「世界史的文脈における、近代的時間規律の導入と定着」をも含めて扱った書籍であれば、だいぶ以前に読みましたが:
● 角山榮『シンデレラの時計 マイペースのすすめ』平凡社2003(原著は1992年のポプラ社版)
https://www.amazon.co.jp/dp/4582764576
の方が、メイン読者層として中学生を想定していることもあって、分かり易く纏まっていて面白かったですね(いい機会なので再読してみました)。
◆◆◆
(小見出しより)
〈 はじめ、時間の支配者は神であった → 神の時間支配をゆるがした商人の「利子」→ 商人・ブルジョワの時間支配 〉
時計の歴史といっても、古い時代には日時計や水時計がつかわれていました。私たちの暮らしを根本的にかえてしまったのは、なんといっても機械時計の出現でした。…… かつて神が時間を支配していたときは、「利子」をとる商人が非難され罰せられました。しかしいまや、商人、ブルジョワが時計=時間を支配するようになり、仕事をさぼるものにたいしては、賃金カットの制裁がくわえられるようになるのです。…… そうした新しい社会の誕生と新しい時代の生きかたが、ようやく人びとの関心をあつめつつあったのが、[「シンデレラ」の物語が仏の作家シャルル・ペローによって民間から初めて採話された]17世紀後半です。…… シンデレラは門限の時間におくれました。そのために魔法がとけるという罰をうけました。にもかかわらず、王子様と結婚できるという幸福をつかんだのです。それというのも、シンデレラが身も心も美しい人であるというおとぎ話であったればこそで、一般の労働者や人びとにとっては、時間におくれると、賃金をさしひかれたり、ときには解雇されるというきびしい現実があったのです。 (本書p.31~32などから断片的に引用)
◆◆◆
ただし、今回再読してみて一番面白かったのは、幕末に「黒船一番乗りィ!!(ドヤァ)」を宣言した川越藩下級武士・内池武者右衛門の数奇な人生でしたね(↓)。若気の至りが呼び込んだ思わぬ拾いモノが、後に副業に従事するための切り札になろうとは、時代の巡り合わせというのは面白いものですね(単発ドラマの題材として十分イケそうですけれども、当時のセットを組むのが大変かなw)。
【個人ブログより】
https://ameblo.jp/hiro-1/entry-12861440221.html
>日本と海外の価値観の違い
以前NHKの中国語講座で聞きかじった情報を思い出したので、Geminiに投げてみました(↓)。
――
〈私の質問〉
中国では約束の時間に遅れた際に、日本とは違って遅れた理由を詳しく言う必要があると聞きました。本当でしょうか?
〈Geminiの解答〉
結論から申し上げますと、「中国では遅れた際に、日本以上に具体的な理由や言い訳を詳しく言う傾向がある」というのは、実際の文化やコミュニケーションのスタイルにおいて事実と言えます。
日本と中国における遅刻に対する捉え方や、理由を説明する背景の違いには、以下のような特徴があります。
① 日本と中国の「遅刻と理由」の違い:
● 日本(理由より「まず謝罪」が最優先)
o 日本では、理由を細かく説明しすぎると「言い訳をしている(反省していない)」と受け取られがちです。
o そのため、まずは「申し訳ありません」と非を認め、謝罪することが最優先されます。
● 中国(「不可抗力だったこと」を証明するための詳細な説明)
o 中国では、単に「遅れました」とだけ言うと、「自分勝手な理由で時間を軽視している(誠意がない)」と誤解されやすくなります。
o そのため、「なぜ遅れたのか(大渋滞に巻き込まれた、乗る予定の地下鉄が止まった、家族の急用など)」の具体的な事情や状況証拠を詳しく説明し、「自分なりに努力したが、どうしようもない不可抗力だった」という正当性を主張することが重視されます。
② 背景にあるコミュニケーションの文化
1.「不可抗力」の強調 中国の都市部(特に北京や上海など)は交通渋滞が非常に激しく、予測不能なトラブルも起きやすいため、遅刻自体に対する周囲の許容度は日本ほど厳格ではないケースもあります。ただし、「怠慢による遅刻」と「やむを得ない遅刻」は明確に区別されるため、後者であることを証明するために詳細な理由が必要になります。
2. 自己主張とコミュニケーションのスタイル 中国の社会では、自分の状況や言い分を率直に言葉にして伝えることがコミュニケーションの基本です。「言わなくても察してほしい」という文化(いわゆるハイコンテクスト)よりも、言葉ではっきりと伝える(ローコンテクスト)傾向が強いため、理由を細かく話すことが自然な行動とされています。
――
同じアジア圏でもこんなに違うw(苦笑)。こういった細かい文化的違いを頭に入れておくだけでも、お互い要らぬ誤解やディスコミュニケーションを避けられそうな気がしますね~。
>『酒の起源』
・約9,000年前の中国の土器からその痕跡が見つかっているのが、現在判明している世界最古のアルコール飲料(ブドウとサンザシのワイン、蜂蜜酒(ミード)、米のビールを混ぜた発酵飲料らしい)。
・中央アジアのジョージアでも、約8,000年前のワインの痕跡が発見された(2017年)。
・上記のように「ほぼ同時期にアジアの両端で見られる酒の起源に関係する遺跡」が、それぞれ独立したものなのか、それとも一方の知識が(シルクロードを経由して)もう一方に伝播したことを示すものなのかは現段階では不明。
分厚い本ですが細部をそぎ落として、骨子となる記述だけを抜き出したらこんなところでしょうかw(苦笑)。個人的には「古代のメソポタミアやエジプトでは大麦などの穀物からピールを作る際、表面に浮かぶ大量の酵母やもみ殻などの不純物を濾しとる手間を掛ける代わりに、各人がストローを突っ込んでビールを飲んでいた(当時の絵が残っている)」あたりの記述が興味深かったです。