【国東が呼ぶ】西専寺──シャボン玉の道しるべ
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廃寺に寄るわよ、と鏡子さんは言った。
両子寺まで彼女にハンドルを預けてみたら、もう寄り道とは──まあ、いいか。
「←西専寺」という案内板のままに県道から入ってみたら、行き止まりだった。
それも個人宅の駐車場で。
やっぱり迷っちゃった。
県道に戻りましょう。
車を置いて、歩きましょう。
鏡子さんは車をバックさせる。
曲線をなめらかに操舵する。
そして、途中の個人宅のコンクリの前庭に乗り入れた──方向転換。
そこに、少女がいた。小学3、4年生ぐらいか。
一人でシャボン玉を飛ばしていた。
鏡子さんは、その子に頭を下げた。
庭(駐車場)を使わせてもらったことへの黙礼だろう。
少女も、黙って頷いた。
ただ、それだけのことだった。
・・・・・・旅先ではよくあることだと思う。
なんでもない出来事や風景に大きな意味があるような気がして、価値観も優先順位も関係なく心に刻んでしまうことが。
あの少女がシャボン玉で遊んでなかったら記憶にも残らないのは間違いない。
一期一会とは、こういうことか。
もう会えないのか。さびしいものだな。
ハンドルを握っていた鏡子さんには、彼女と黙礼(目礼)を交わす幸運が与えられた。羨ましいな。
──拈華微笑(ねんげ-みしょう)。
知る人のほうが少ないであろう仏教用語を思い出した。
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