存在は その恐るべき 姿を 剝き出しにしてる
沈黙は 私と 世界を 巨大化する
また あるときは
私と 世界を 縮小する
私の沈黙と 世界の 静寂の中で
私は 私の 巨大な手に 驚く
眼前の 私の沈黙と 世界の 静寂の中で
視力と視野だけとなった 自我と
眼前に見える 巨大化した 手だけになった 自己の姿に気づく
驚き 怯えるときもあり
当然と 思うこともある
世界と 私が 縮小したときには
ものと 世界が 小さくなり
私も 小さくなるのだが
なぜか 私は 背が高くなったように思う
私と 世界は 縮小し 距離が 遠くなったのだ
何か 物が 遠く見えるという
微視感というひともいるかもしれない
私の 沈黙と 世界の 静寂の いたずらだ
こんな ことを 繰り返すと 私は
自分が 正常かどうかを 疑いだす
認識される自我が 視界と 視野でしか ないのが
不思議に思う
しかし それは 当然なのだ
目は 顔の中心に 位置していて それだけが
世界を 見ている
自我が 視界と 視野でしかないのは 当然なのだ
そのことに 気づかない 日常のほうが よほど鈍感なのだ
沈黙と 静寂のなかでは
世界は 静止し 存在だけしかしてないから
存在は その恐るべき 姿を 剝き出しにしてる
存在は静止し 微妙に震えている
サルトルの 小説「嘔吐」のなかで 高等遊民の主人公が
嘔吐したのも そのためだ
存在の 静寂と 沈黙を 私は 今日も 恐れている
私の 沈黙と 世界の沈黙と静寂
私の 巨大化と 縮小化と 世界の静止
存在の剝きだされた 姿を
今日も 恐れている