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「つまりはこういうことなんだ」
そう言うと
きみは
森羅万象に
いとも簡単に
補助線を引いていった
なんと不思議なことか―
きみに補助線を
引かれたとたん
あれほど難解に思えた
幾何学の仮説が
容易に証明され
中世の古文書に記された
謎めいた暗号も
あざやかに
解読されていくのだ
そんなきみにとって
残されたのは
「神とは何か?」
という問題だけだった
この最後にして最大の課題に
没頭するきみが
あるとき語ったことがある―
「果たして
神とは何か?
それは例えば
宇宙の根源であり、
人間を含めたあらゆる事物に
意味を与える存在かもしれない。
あるいは
魂が不死であるための
不可欠の前提として
人間が考え出した概念だろうか?
それとも
人間の運命には
まったく無関心な
気まぐれで放埓な
裁き手なのだろうか?
確かにこれは
難問には違いない。
ただ、
いかに複雑な対象といえども
合理的な解釈へ導く切り口、
いわば補助線のようなものが
必ず存在するはずだ。
それさえ見つかれば
目下の課題の解決も
意外に早いと思うよ」
こんなふうに
きみは
哲学や禅宗から学んだ
厳密かつ柔軟な
思考様式を十全に
活用しながら
「神とは何か?」という問いと
格闘していたようだった―
ところが…
ある日とつぜんに
もたらされたのは
きみの訃報と
死の直前に
わたし宛に送ってくれた
きみの手紙だった
「前略 ご健勝のことと存じます。
当方は多少体調を崩していたものの
だいぶ回復しました。
今日は気分もよいので、
かねてより取り組んでいた
課題の途中経過をお伝えすべく
筆を執った次第です。
ひと言で言えば
予想に反して
かなり苦戦しております。
その理由は
以前にお話したこともある
問題解決のための手がかり、
つまりは補助線を
どのように引くべきか、
なかなか決められないからです。
特に最近
病気をしてから
気づいたことなのですが、
本来この問いに答えるには
人間の五感や思考を超えたものを
要求されているのではないでしょうか?
この3次元の世界に閉じ込められた
われわれ人間には把握できない
神という超越的な対象であるがゆえに
幾何学の問題を
解くときとは違って
容易に手がかりが得られないのでは?
そんなふうに思えて
少し弱気になっております。
さらに、もし
人間の存在のあり方そのものが
この問題を解く際の
障害になっているとするならば、
その場合
人間が人間でなくなるような瞬間、
人間が人間を超え出る瞬間にしか
解決の糸口は見つけられない、
ということになります。
もう
わたしの言いたいことは
おわかりでしょう…
『死ぬ瞬間』になるまで
補助線は引けないかもしれない、
そう考え始めているのです」
ここまで読んで
わたしは思わず
慄然としてしまった
もしかして
きみは
問題の解決に一途に
のめり込むあまり、自ら
死を早めてしまったのではなかろうか…
しかし、
きみが暗示している内容には
思い当たる節がないでもない
なぜと言うに
仏教でも
教えているではないか―
死ぬときに初めて
悟りを得る、と
投稿した詩『春と空』に重複した言葉があったので修正しました。
一行目、「晴天の」→「晴れ渡った」
チェックしたつもりでしたが失礼しました。
晶子
遅くなりました。
投稿した「氷片」について的確な分析をしていただけて嬉しかったです。
抽象的でありながらも日常的でかつ普遍的なことを描けていたら幸いです。
高評価ありがとうございました。
拙作「ことばの葉と歯の間には」をお読みくださり、ありがとうございます。
ご指摘の通り、本作では「歯」と「言葉」をめぐる思考の過程で、「父」や「壁」という像が立ち上がってきましたが、その関係性を読み手に十分伝えきれなかった点は課題として受け止めています。
何を書くかと同時に、どう書くかという問題の難しさを、あらためて考えさせられました。ご指摘いただいた点は、今後の推敲や次作に活かしていきたいと思います。
また、これまでのご助言のおかげで、詩を読むこと自体が以前よりもずっと楽しくなっています。今回の評にも感謝いたします。
今後も書き続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「入道雲と花の日記」にご講評頂きありがとうございます。
この作品を書いた時、中盤に違和感があったのですが、ご指摘頂いた季節の流れと表現が合っていない点だったようです。
絵画的な一行はインスピレーションの核だったので、上手く表現できていた事が分かり、嬉しい限りです。
また書かせて頂きますので、ご講評頂ける際はどうぞよろしくお願い致します。
青島江里様、今回も詩を読んでいただきありがとうございます。
先生が指摘されていた箇所気づいていませんでした。
確かに、高く登るもんねだけだと余韻に浸るための行が明らかに足りないと感じます。
不覚です。もったいない事をしました。
子供の時に思った事を書こうとしすぎて忘れていました。
今後の試作ではその点は意識して制作していきたいと思います。
次回もご指導の程、どうぞよろしくお願いします。
横浜市は日本有数の(政令指定)都市である。
十八の区を持つ。その中に「泉区」あり。
昭和六十一年、戸塚区から分区して成立。
面積は市中第九位。 農地面積は市中最大。
自然環境と都市機能の双方に恵まれている。
調べると、
大変興味深いことがわかる。
*
鎌倉幕府御家人に、
泉 親衡(いずみ ちかひら)という武士がいた。
あまり聞かない名前だ。通称は小次郎。
私の印象では多分にいかがわしい人物である。
幕府の大きな内乱のひとつ「和田合戦」の端緒
を作り、時の執権・北条義時を亡きものにしよ
うとした、言わば謀反人。追手を逃れ逐電。*
その後、行方知れず、生死知れず。幕府も真剣
に追跡した気配がない。どこかに”裏“がある。**
鎌倉期、不思議な事件のひとつではある。
この怪人物、今も歴史の闇の中。
*
その泉 親衡の居館跡が、今は横浜市
泉区の「泉中央公園」になっている。
付近に彼ゆかりの寺や神社も存在する。
その男、謎と事績の谷間に名を刻み、
現代の地名とも繋がっている。
*
この区の成立時、命名にあたり、
その男の名が影響したか、どうか?
実際は「泉」という清新で豊穣で、
永遠のイメージを尊重したようだ。
ただ、彼の館跡の湧き水が発祥らしい。
*
どうして、こんなことを書いたかというとー。
私はその泉 親衡ゆかりの寺を訪れた。
初めてだ。
姉が亡くなり、
嫁ぎ先の菩提寺。
彼女の眠る場所になったからだった。
ひとつの縁(えにし)であるらしい。
* 逐電……すばやく逃げて行方をくらますこと。
** “裏”がある。……泉 親衡の乱は北条義時がライバル・和田を滅ぼす前哨戦として
泉をそそのかしての、いわゆる“やらせ”ではないか、という異説もあり。
ちなみに泉は埼玉県川越市まで落ちのび八十八歳まで生きた、という伝承もあり。
晴れ渡った
空を見上げて
あなたを思う
そのとき
私の心は
あなたと同じ青年になる
雨の日に
舗装されないままの
ぬかるんだ土を見る
そこにいる私は
母に愛されているか
自信のなかった
あの日の私で
今のあなたのようだ
あなたを思う
この心は私のものだ
たとえ
醜いと罵られようと
どうせ全てが空しいならば
私は
この心を抱いたまま
仏と違う道を行く
数多の生命(いのち)は
連綿と続く大河の一滴になる
悠久の流れのなかで
水粒が寄り添って
時間という平野を下りながら
対岸が霞むほどの河幅になった
銀色に輝く大河は
眺めるだけでは底も知れぬほどに
深くの水をたたえる
ときに嵐に晒されることはあれど
拡がる水面は今日も波立ちぬ
この世界にわたしは
愛によって生まれた
父と母から辿る軌跡を遡れば
さらに多くの人びとが
願った愛によって生まれた
途方も無い流れに溶け込んでいた
小さな滴のわたしを
父と母が選んで
その温かい手が掬いあげてくれる━━━━━
かつて幼少に見た夢は果たして
それは数多の生命の記憶
大河の岸辺で遠い昔から
名も無き人びとたちも
同じように選び
繰り返し掬ってきたのだよ
その滴を愛するために
いつかわたしも
大河を前にしてひざまづく
掬いあげた
貴方を心から愛するために
******
(解説)
※弱水三千(じゃくすい-さんぜん):中国の故事成語。「任凭弱水三千,我只取一瓢飲(弱水三千ありといえども、我ただ一瓢を盛りて飲まん)」。
元々は「世の中に魅力的な人は大勢いるが、自分が愛し、選ぶのはただ一人だけである」という恋愛専一を表す表現。
これを新たに、「世代を超えた愛の専一」という解釈に拡げて書いた詩です。