小さな中庭 荻座利守
麗らかな昼下がりの
やわらかな陽射しがそそぐ
大学病院の片隅
法医学教室がある建物から
ピアノの音が聞こえてくる
その優しげな旋律は
色とりどりの花が植えられた
小さな中庭を隔てた一角にある
古い部屋にも届いていた
今では使われていない部屋
そのドアに貼られた
くすんだ表示板には
「遺族待合室」
と記されていた
今までにその部屋に
どれだけの苦しみや悲しみが
満ちていたのか
想像することすら難しいが
法医学によって
死の様相が明らかにされ
法のもとに正義の裁きが
下されたとしても
その部屋に満ちていた
苦しみや悲しみは
決して消え去ることは
ないのだろう
正義が語られ
正義が求められ
正義が行われるところには
常にその傍らに
苦しみや悲しみが踞っている
何故なら正義とは
拭い去ることのできぬ
それらの想いにより
支えられ
保たれているものだから
その場に今なお残る
身を焼き尽くすかの如き
怒りや憎しみを
和らげようとするかのように
小さな中庭に
やわらかな陽射しはそそぎ
色とりどりの花は咲き
ピアノの優しげな旋律は
たおやかに流れてゆく
その小さな中庭は
我らの平穏な生が
過去に流された数多の涙に
支えられてこそある
ということを
伝えているかのようだった