還る 理蝶
野菜ジュースが血に見えて
吐き出してしまったところで
彼女はもうおしまいだと思う
彼女は海へ向かうことを決める
ありがちだなと口の端を歪める
でももう構わない
通俗だとかそうでないとか
そんな次元にはいない錯乱の中
彼女は海へ還るのである
漣の一つとなるまで
細かく解けて
彼女は大いなる循環に
身を置くのだ
彼女は10年落ちの
青い車へ乗り込み
エンジンをかける
流れていく車窓の中
彼女は彼女の生きたことを
振り返ったり見つめたりする
それに伴うはずの胸の痛みすら
もう彼女には訪れない
いくつかの愛と憎しみは
彼女が残せる数少ないものであるけど
それも波の満ち引きのように
誰かの心で
本当に時折顔を見せたり
2度とは見せなかったりするのである
尾を引く愛や憎しみで
誰かの中に生きていたいだろうか
彼女が生きた意味を
示す物は本当にないのだろうか
そんなことを秋の霧のような頭で考えている
それも全て
海へ還ればわかる
心の答えや魂の在りかも
全てわかる
罪を背負った猿の言い訳を
聞き飽きた地球が
まだ青い水をその体に
とどめているうちに
彼女は音もなく溶けてゆくことにする
さようならなんて言わない
ただ元に戻るだけなのだから
大いなる循環に
形を変えて
加わるだけなのだから
彼女は重たいドアを開け
潮風を浴びる
ここで孤独に錆びて行く
青い車を見る
そして彼女はこの星の誰よりも
丁寧に目を閉じた後
静かに海へ歩き出す