フライパンを火にかけること 朝霧綾め
フライパンを火にかけること
それは
すべてのお料理のはじまり
そのあと
バターを溶かすか
オリーブオイルを垂らすかは
自分で決められる
玉ねぎを炒めるか
スクランブルエッグを作るかも
私の自由
メソポタミアの宮廷料理人も
アメリカ貴族の台所女も
イタリアンレストランの有名シェフも
ある若い主婦も
手には必ず
フライパンが握りしめられていた
人類のお料理の歴史の真ん中に
この愛らしい単純な道具があった
いま
二十一世紀の私が
フライパンを火にかける
ガスコンロのボタンを押すと
ボウッ
はじまりの音
青い炎が飛び出す
ようし
腕まくり
エプロンの紐を結びなおす
お料理をするとき
私はいつも
おいしいものを作ろうと緊張する
見えないものと戦っている
みんな戦ってきたのだ
お客さんだったり
主だったり
子供たちだったりを
喜ばせようと
フライパンの歴史は戦いの歴史
私のお料理で
大きな大きな
人類みんなのフライパンに
また一つ 錆と汚れがくわわる
戦いの美しい傷ができる
中火の青い炎
そろそろあったまってきたかな
今日は何を作ろうか
フライパンを火にかけること
それは
すべてのお料理のはじまり