華毒 紅桃有栖
帽子を被るあなたの顔に影がおち
ふと挨拶をされたとき
恋愛という神話の一端を垣間見て
健康を知ればまた病気も知られるように
あなたを知ればその不在を感じるほかないので
もとより欠けていたのかはともかく
日々会わないときの心細さはさながら
己の欠落を指でなぞるよう
愛神というものは
あなたの涙にいったい何を混ぜたのでしょう
恐るべき毒薬の一滴は
形なき私を欠かしたのですから
動かさずして鼓動を速める唯一の人よ
日常を飛ぶひとりの男を射貫き
底なしの幽谷を下らせて
放ったそれなど気にも留めず
崖の上で歌うとは何事ですか
すべてを掌中にしながら
気づきもしない恋神の愛娘
風圧で眠れるというのなら夢をみて
その胸に抱かれ
あつい春に純白の花園から立ち上るように
素肌を重ねて祈り
桜色の口の中
四季混淆の華々しい色情に
舞い踊り
四肢溶け悲喜去り……