そして、ちぐはぐなセッションはつづく 鯖詰缶太郎
そのひとは
作業行程を間違え
違う箇所に
穴を掘っている
そのひとは
私が
どん底にいた時に
言葉をかけてくれた人だった
そのひとは
この店のおでんは
はんぺんが
一番、うめえんだ
この味が、たっぷり染みててよ
な、濃くてうめえだろ?
と、言い、
数本、歯が抜けてしまっている口を
大きくあけて
いい仕事をしたあとの
閻魔大王のように
からから、笑った
私は
そうですね
と、言いながら笑ったが
どちらかと言えば
適度に噛みごたえのある
牛すじの方がおいしいと思った
そのひとは
穴を掘り続けている
私は
出来るだけ
汚れていない
スコップを
持ち
そのひとの横で
一緒に穴を掘った
来るのがおせえぞ
いつまでたってもお前は。
さっさと終わらせるぞ
と、そのひとは
私の方を見ずに
言う
近くで見ると
前よりも
動きは緩慢になり
あのひとの
スコップは
何度も
硬い石に弾かれていた
私は
間違えている
作業行程だと
わかりながらも
懸命に穴を掘る
いつだって
近道も
遠回りしている事すらも
わからないから
こんな穴の
ひとつくらい
笑いとばしてやろうじゃねえか
ふと、そう思った時、
そのひとの顔をちらっと見た
一瞬、笑ったような気がしたから。