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スレッドNo.1653

アクチュアリー  香月

かつてわたしは貝だった
話さず動かず抗わず
荒波に揉まれる貝だった
ぴたりと閉じた殻の背を
過ぎる嵐が叩いて揺する
激しく響く癇声に
わたしは黙して転がった

流された沖の冷たさに
魚につつかれ気が付いた
暗いそこから出るために
短く固い脚を得た
砂地を掻いて浅瀬へむかう
わたしは小さな蟹だった

深い岩場の向こうから
さざめく水際の声がする
波の泡間に光が差して
ひらりと藻ずくのリボンが揺れる
脚を動かしはさみを鳴らし
わたしは蠢く蟹だった

押されて寄って引かれて退いて
波打ち際がわたしを運ぶ
押された先でつかんだ枝は
白く太陽に焼けている
つかんだ脚のその先を
乾いた流木があたためた

ふりそそぐ光をとりこんで
硬い甲殻を脱ぎ捨てる
とがった爪はそのままに
知り得た熱を力にかえて
はばたくわたしは鳥だった

吹き付け砂を巻き上げて
立ち上る風に背筋をのばす
かつりと鳴らしたくちばしが
潮騒をぬって初音をはいた
流された嘆きを 理不尽への憤りを
足と声を得た歓喜に変えて
すべてをつむいでとどろくそれは
長い旅路の歌だった

かつてわたしは貝だった
静かに歩く蟹だった
踠き歩んだその先で 熱と翼を手に入れた
はばたくわたしは鳥になり
旅路を紡ぐ風となる

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