知ってる人 妻咲邦香
知ってる人がいる
知ってる分だけ見つめる
知らない部分が話しかける
知って欲しいと言いたげに
逃げる私を捕まえに来る
自問自答の雨あられ
記憶は既にびしょ濡れで
街は途端に頼りない
どんなに襟を正しても
照り返しのアスファルト
足を取られて歩けない
誰も上手に操るけれど
まるでふにゃふにゃ肉の塊
それらしい名前で飾ってみても
透かして見ればただの血の色
重い重いと嘆きつつ
今日も明日も幽霊は
奇妙な仕事に精を出す
埋没した骨がはみ出さないように
襲い来る激痛を丁寧に
宥めすかして
知らない人を見る
知ってる部分が立ち止まり
私に話しかける
みんな饒舌で雄弁だ
家事の手を止めて主婦は井戸端会議に夢中
学生服に身を包み高校生は改札を抜ける
大きな荷物を抱え込みドライバーはお目当ての家へ
老人はカートを押してゆっくり歩く
電気代は値上がりし
見たことない病気に今日も新しい名前が付いた
知ってる部分に問い詰められて
私は思わず目を逸らす
その隙に知らない人はいなくなる
知ってる人はたちまち知ってた人になり
私もそっと、知らない人になる