老舗の親父 ピロット
眉間に皺を寄せて
牛の舌を凝視する
赤い炭火 禿げた頭をてからせる
黒縁眼鏡 丸顔の親父
焼き網の上
太い指に菜箸握り
慣れた手付き
丁寧に 素早く 肉を返してゆく
しわがれ声で お喋りに興じる
出勤前のマダムたち
上司の愚痴に 口角泡飛ばす
会社帰りのサラリーマン
無表情の親父は 客に目もくれず
ただ黙々と
寸胴鍋のテールスープ
ゆるりゆるり かき混ぜる
暖簾のしみ 黒光りした柱
壁に貼られた 色褪せた切り抜き
親父そっくり 調理衣の初代
人知れず 沈黙の中語られる 老舗の歴史
麦飯 牛たん テールスープ
伝統が培う優しさ 体中の血と共に駆け巡る
旨味 塩梅 言葉も滅する妙なるものの
滋味深く ほんわか湯気に包まれる
カウンターの前
親父は脇目も振らず 肉を焼く
無愛想な顔に
人情の皺 刻み込んで
みかん色 裸電球の火影は揺れる
「伊達の夢」 盃重ね
穏やかにたゆたう 重たい頭
仙台の夕餉 仙台の夢幻……
客のざわめき 熾火のはぜる音
巨大な飾り駒 「王将」背後に従えて
きらっと 静かに光った 親父の目
そのふくよかな厚い手は 休むことを知らない